生まれ変わりの恋の果て ~瑞花双鳥(ずいかそうちょう)~

国樹田 樹

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崩れた土塊と共に

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 あたしは、大切な人を裏切り、傷つけた。
 妻となるはずだった。

 ―――誰の?

 ―――カツミの。

 だけど、あたしは。
 
 何をした―――?

「カツ、ミ?」

 周囲が滅びていく轟音と土煙の中、ぶわりと記憶が蘇る。

 それはまるで、死の間際に見るという走馬燈のように。
 流れゆく景色のように。

 『全て』をあたしに見せつけた。

 遠い遠い時代。
 太古の頃。

 今よりも千三百年のいにしえの昔。

 かつて自分がアスカ姫と呼ばれていた頃の事を。
 
 あたしは思い出していた。

 艶やかなる衣装を身に纏い、胸元を玉や勾玉で飾り愛でられていた頃の事を。
 
 深く沈んでいた記憶が蘇る。
 悠久なる刻の中で、確かにあった鮮やかな事実が。

 妻となるはずだった。

 一族の長、その息子カツミの妻に。
 定められた婚姻。
 この時代では当然で。

 だけどカツミは愛してくれた。

 あたしを。
 本当の妻として。

 なのにあたしは―――裏切った。

 恋故に。

 身を焦がし焼き尽くすこの恋故に。

 カツミの従者。
 拾い子であった寂しい……黒い瞳、黒い髪を持つ彼に。

 邸の片隅で一人孤独に、悲しげに佇んでいた『スミ』に。
 身と心を、捧げてしまった。

 裏切りの代償は死。

 スミを切るなら我が身を切れと。
 夫となるはずであった人に請い願った。

 そうしてあたしはカツミに切られ―――最後を、愛しい人に押しつけた。

 その手で『あたし』を殺してくれと。
 残った息の根を、止めてくれと。

 「ああそうか。そう、だったんだね……」

 『今』のあたしが呟く。

 胸には感情の嵐が渦巻いている。
 今の明日香とかつてのアスカ。鏡あわせになった自分の顔が二つ浮かぶ。

 過去と現在の記憶が混在していて、どちらがどちらのあたしなのか、判別がつかなくなっていく。

 だけど、今、はっきりと言えるのは―――

「カツミ!!」

「アス、カ……?」

 カツミが、呆然とした顔であたしを見る。
 かつての名の音で呼ばれるとは思っていなかったのだろう。

 銅剣を手に、永い時を経て再び自分を裏切ったあたしを切らんとしているのは、その昔、夫となるはずだった人。
 頬を流れゆく涙は誰に向けてか。

 手を取れなかった人。

 そして今生でもあたしは、彼の手を―――取れない。

 胸に突き立てられた剣の感触を思い出す。スミの震えが柄から伝わっていたことを思い出す。

 生まれ直してまで、側に居続けてくれた愛しい人と、刻を越えてまで追いかけてくれた人の狭間で胸が砕ける。

「ごめんなさい……! 貴方を、裏切って、こんなところまで、追いかけさせて……っ」

「アスカ、お前、記憶が……っ?」

 今も大切な『義兄』に詫びながら、あたしは墨の腕を振り払い、彼に対峙した。

「明日香っ!?」

 『今』のあたしの名を呼んでくれる墨に振り向かずに、真正面からカツミの視線を受け止める。

 だってスミは悪くない。
 彼はただ応えてくれただけ。

 墨となってずっとあたしを守ってくれた、彼が悪いわけがない。

 全部全部、悪いのは――――

 あの時のあたしも、同じ事を思った。

 カツミに切られるのならば仕方が無いと。
 だからこれは運命(さだめ)なのだろう。

 裏切りの代償は死。

 たとえ生まれ変わっても愛しい人とは結ばれない。
 それだけの事を、あたしはしてしまった。
 
 自分でも、碌な女じゃ無いと思う。

 だけど千三百年の時を超え、それでも変わらないのは。
 あたしが墨(スミ)を好きなこと。

「カツミ……!」

「たとえ生まれ変わったとしてもっ! 許しはしない!! アスカあああああああああっっっ!!!」

 カツミの瞳が赤い激情に染まる。
 彼が振りかぶった青銅の剣が、びゅんっと空を割く。

 それはあの日、目にした光景と同じで―――だからあたしはまた、愛した人に辛い思いをさせてしまうことになるのだと、スミに、墨に申し訳なく思った。

 愚かなのはあたし。
 身の程知らずにも運命に抗い、恋で身を焼いた。
 あたし自身。

 切られるべきは墨ではない。

 『今回も』あたしなのだ。

 そして今度は、あたしは墨ではなくカツミの手で命を終える。

 『あの時』そうすべきだったように。
 今度こそ。

「明日香ぁ―――!」

 墨の声が聞こえた。
 彼が愛したのは、あたしじゃなくてアスカのはずなのに、声は今のあたしを呼んでいる気がして。

 それが無性に、どうしようもなく、嬉しくて。

 二人の人にこんなにも惨い仕打ちをした、かつての自分を胸の内で罵って。

 降りてくる刃を見に受けんと、目を閉じた、その時。

「アスカ、お前はまた、スミを選ぶのか」

 か細い、消えゆくような声がした。

「スミでは無く、お前を切れとまた僕に願うのか。どうあっても、僕を選んでは、くれないのか。……君の転生を、生まれ変わりを、僕はずっとずっと、待っていたのに……」

 泣き濡れた彼の声。

 閉じていた瞼を開けると、土埃と落ちゆく瓦礫の中、ぽつんと佇むカツミの姿があった。
 まるで取り残された幼子のように、カツミは泣いていた。
 長い髪は解け流れて、涙で頬に張り付いて。

 あたしはそれを、彼に近付きそっと指で取り払う。

「カツミ。生まれ変わってまで、求めてくれて、愛してくれて、ありがとう……でも……ごめんなさい。それでも……あたしは、」

「アスカ。僕のアスカ。知っていたんだ。本当は……君の愛情と僕の愛情が、決して同じものでは無かったことを。けど、どうしても、僕は君に、僕の花嫁になって欲しかった……」

 カツミは目を閉じながら、あの時聞けなかった言葉を聞かせてくれた。

 激情のまま、あたしの身を切った後に零したのであろう、心の内を。

「追い駆けて、追い詰めて、ごめん。アスカ……僕の妹。今生では……どうか……幸せにおなり」

「カツミ……!」

 大好きだった『お義兄様』。

 いつでも撫でてくれた温かい手を握り締めながら、嗚咽を零すあたしに、カツミはかつて見た懐かしい微笑みを浮かべていた。

 空いた手であたしの頭を撫でるカツミ。

 手にしていた銅剣は、崩れた土塊と共に、大地へと消えていた。

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