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泡沫の夢
しおりを挟む夢を見た。とても綺麗な夢だ。
それはまるで幻想郷。
妖精が住むと言われる常若の国が、そのまま姿を現したような、そんな楽園。
色とりどりの花畑の上を飛び交う妖精達。
自分はこんなメルヘン趣向だったかしら、などと思っていたら、ひらひらと飛んでいた妖精のうちの一人がふいに、私の方へと近づいてくる。
顔は見えない。
けれど、どこか覚えのある気配だった。
「リイナ、オマエニヒトツ、ハナシヲキカセテヤロウ」
妖精が私を呼んだ。
なぜ私を知っているのか。訪ねたいのこに声は出なかった。
夢だからだろうか。
少し高い少年の声のような、けれども年を経た老人のような、不思議な声だった。
妖精はほぼ一方的に、けれど耳を塞ぐことは許さないとばかりに、少し強い口調で語り始める。
「ムカシ、ベツノセカイニオトコガイタ。オトコニハ、スイタオンナガイタ。ケレド、オンナハシンダ。オトコハオンナヲ、スクエナカッタ」
どうやら悲しい恋の話のようだ。私は霞に包まれているような心地で、妖精の声に耳を傾ける。
妖精は淡々と続けた。
「オトコハ、オンナヲタスケラレナカッタコトニナゲキ、カナシミ、オノレヲケンオシタ。ソウシテ、オンナガシンデシバラクシテ、オトコハミズカラノオコナイヲクイテ、シノウトシタ」
後追いで死のうとするほど好きだったとは、なんとも激しい恋心である。いや、ある意味愛を超えた執着とでも言えるだろうか。クラッド様に振り向いてもらえない今の私にとっては、羨ましいとすら思えるけれど。
「ケレドオトコハシネナカッタ。シノスンゼンニ、ネガッタ。スベテシンリヲコエテ、コンドコソ、オンナヲタスケルタメニ。ノゾミヲカナエルタメニ、ソノミヲサシダシ、ネガッタ」
妖精は羽音だけを響かせながら、私の周りを飛んでいた。その声は波紋のように鼓膜に響いて、私の視界と意識を掠れさせる。妖精の羽の影の向こうに、誰かが立っているのが見えた。男性だ。なぜかそう思えた。
そして、その立ち姿にひどく既視感を覚える。
いや、違う。
私は、私は彼を知っているのだ。
差し伸べられた手のぬくもりを、知っている。
彼の声を、抱きしめられた時の匂いを、私は知っている。
そう、彼―――【彼】は。
私、リイナ、理依奈を―――
「……っ待って!!」
咄嗟に呼びかけて、男性の方へ手を伸ばす。けれど指先は虚空をすり抜け、彼には遠く届かない。
私の頬から涙が流れていくのを感じた。そこで気づく。
私はきっと、何かを忘れているのだと。
「思い出して。お願いよ。彼に気付いて。そして助けて。お願い、お願いよ……っ!!」
もう一人の私が泣きながら『私』に訴えている。声も身体も震わせて、その私は、破れた服を着ていた。元の世界でよく着ていた服だ。あれはそう―――確か誰かに破られたのだ。
無理矢理に。
その時、とても大事なことがあった気がする。悲しくて、辛くて、恐ろしい記憶の中に、ふと砂時計に混じった宝石のように輝く何かが見えた。
「思い出して……っ!! 私、『彼』を忘れていたくない!!」
もう過去になったはずの『私』が叫ぶ。
決して忘れてはいけないことを、私は忘れてしまっているのだと責め立ててくる。
その悲痛な声は酷く私の胸を打ち―――楽園のすべてを闇に変えた。
「サテ、オマエハアイツヲ、スクエルカナ?」
再び妖精の声がした。それは楽しむような、嘲笑うような、けれど慈しむような、不思議な声色で。
「理依奈……」
その後に、彼の声がした。
私を呼ぶ、彼の声が。
ずっとずっと、その声を、私は聞いていた気がする―――
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