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いけ麺! からの真実!
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金糸の髪が夜空にたなびく。
神仏に仕える巫女のように纏められた長い髪は、微風に揺れる度シャラシャラと黄金の音すら聞こえる気がした。
まるで一本の金の剣がそこに在るように、狐色のスーツを着てすらりと立つ長身の男性は、先程のお狐さんと同じく金色の髪と縦型の瞳孔であたし達を見ていた。
ってちょっとまてぇーーーいっ!
「尻尾きーほるだーが! 消えた……っ!? 祥太郎さん! ゴン太が消えたよっ!?」
「咲良、一応クズ彦って名前があるから呼んであげて……あと彼はそこにいるよ。見た目は変わったけど、君ならわかるんじゃないかな」
言われて、祥太郎さんに促されるままゴン狐さんの居た場所、もとい、現在はパツ金ロン毛のイケメン外人さんをまじまじ眺めると、成る程確かに見た目はやたらハイカラになったけれど、気配はさっきのお狐さんそのままである。
「ね」
「なるほど」
祥太郎さんの『目で見るな感じろ』というどこか昭和のスポ根漫画を思わせる指令をクリアしてふむふむ頷けば、良く出来ましたと言わんばかりに大きな手で頭を撫でられ恍惚とする。しかし、それも一瞬だった。
「……いい加減にしろそこの馬鹿夫婦。あと私は葛彦だ。祥太郎の細君殿にも、ゴン太はおやめいただきたい」
「う、す、すいません」
パツ金イケメン外人さんもとい、葛彦さんに呆れと棘を含んだ声音で叱られ、首を竦めながら謝罪する。
確かに。あれだけ綺麗なお狐様にゴン太は無かったか。
尻尾キーホルダーとか尻尾チャームよりかはマシかなと思ったんだけど。
「いいよ咲良。クズ彦に謝らなくて。……された事を思えばね」
内心反省していたところ、祥太郎さんに否定と何やら含んだ言い方をされて、お?と戸惑う。
された事? って、一体何されましたっけあたし。
浮かんだ疑問符について考えてみても、あの銀色の針程度しか思い出せない。
しかしあれは、まあ言えば予防注射の針みたいなもので、刺されるとは思ったけれど、命を脅かす気はほとんど無かったのだとあたしは感じていた。
強いて言うならば『誰かのため』に行われた『行為』だったと予想している。
といっても『副作用』で例えあたしが死んでいたとしたとしても、葛彦さん達は構わなかったんだろう。
その『誰かのため』なら致し方ないと考えていたのだ、恐らくは。
「やはり葛彦の魅幻術(みげんじゅつ)も効いておらぬようだのぉ。ほんに面白き女子よ」
されたのってその位だよね? とあたしが考えていたら、刑部さんが紅を引いた唇で楽しそうに耳慣れない言葉を口にした。それに、葛彦さんが頷き、祥太郎さんは「やはりか……クズ彦が」と小さな声で悪態をつく。
うーん。祥太郎さんが思ったよりオレオレ系だったのに一番驚いてますあたし。
いやいいんだけどね。優しげなお顔にS属性が加算されてより素敵に見えますし。
自分の性癖こんなんだったかな、祥太郎さん限定かなとちょい悪な雰囲気を醸し出している旦那様を見つつ成り行きを眺める。
正直言えば、口を挟めないからってところだけど。
「のう葛彦、これならば認める他あるまいて。妾の矢尻やお前の針からも庇い、そのうえ異形なる見てくれにも動じぬどころか擦りよるとは」
刑部さんは機嫌良さげに微笑みながら、するりと夜空を滑り葛彦さんの隣に移動していく。そんな彼女に葛彦さんは騎士が主に敬服するように胸に片手を当て恭しく礼を取った。
「姫がそう仰るのでしたら……ですが、単なる変わり者という気もいたしますが」
「それは妾も同感じゃ。だがのう、面白いではないか。ああも愛しげに寄り添うておるのだ。心底惚れとるのだろう」
あたし達の真ん前で、絶世の美女と絶世のイケメンが会話を交わす。あたしは祥太郎さんの腕の中(というか羽根と腕でホールドされてる)でそれを見つつ、声を掛けるタイミングを計っていた。
まだ見たい……! 美男美女の語りをまだ見たい……!
だけど話が進みませーん!
「あのー……」
「おお、これはすまなんだな。名乗りもせずにおったの。其方の夫が呼んだ通り、妾の名は刑部(おさかべ)。みなには刑部姫と呼ばれておる。気付いておろうが人にあらずよ。古来より化生の者と称されてもおるの」
あ、やっぱり。
刑部さん達もあの黒い靄の子達と同じなんだ。だって気配似てるもんね。
にこにこと返事してくれた刑部さんの言葉に内心ふんふん頷く。
刑部姫、という名前を何かの漫画で見かけた気がしたけれど、イマイチ思い出せなかったのでとにかく綺麗なお姫様イコール刑部姫、という認識をした。
「其方、名は咲良といったの。安心おし、其方が目にしたのは我らが『人の姿』で生業(なりわい)としているものじゃ。その為あの場にいたに過ぎぬ」
「生業?」
「そうじゃ。我らの生は永くての。ただ外側から眺めておるだけでは暇を持て余すのじゃ。それに比べ、人の世はほんに面白い……乱世の昔より人間はおかしなことをしでかすが、今の世は特にじゃ。小さき箱を見ては些細な事で笑い、怒り悲しみ、そして恨み陰の気を生む……我らは陰の気を喰らうでの」
説明しながら、刑部さんはふうぅと赤い唇から白い霧状の息を吹き、葛彦さんを残して自分を取り囲んでいた異形の者達の姿を消した。
それから、身に纏っていた鮮やかな姫装束の着物をしゅるしゅると変容させ、あたしも見覚えのある洋服へと転ずる。
おお、何だろうあれ、めちゃくちゃ便利! クローゼットいらず!
でもあのいっぱいのお化けさん達は何処に……ってあれ、なんか消えたのは消えたけど、気配は残ってる気がするなぁ。
成る程。見えなくしただけってことか。やっぱり便利だ。
とあたしが感動している間に、タイトなスカートから長く白い魅惑のおみ足を伸ばした刑部さんが、葛彦さんと一緒にふわりと軽い動作で地面へと降り立った。その出で立ちは、あたしがあのホテル前で見た姿そのままである。
「ほほほ、まだあれらの陰の気を感じ取れるか。ほんに不思議な女子じゃな其方。其奴が気に入るのも無理はない。妾でも手元に置きとうなるわ」
吃驚してぽかんとしているあたしに、今度は絶世のお姉様になった刑部さんが笑いかけてくれる。その笑顔がこれまた極上で、同性ながら見とれてしまう。
何て言ったかな。ワンレンボディコン? たぶんあたしの親世代に流行った言い方なんだろうけど、ほんとまさにそれ……!
美女……! めちゃくちゃスタイル抜群の美女だわ……!
「……刑部」
「そう凄むでないわ祥太郎。試したのは悪かったがの。だがおかげで我らの憂いは晴れた。次はお前の嫁御の憂いを晴らさねばの……咲良、我らが生業としておるのは同族狩りぞ」
「同族狩り?」
「今の世で言えば、ごぉすとはんたぁというやつじゃ」
「ゴーストハンター? ……ってことは、悪いお化けとかを退治する、あの?」
「そうじゃ。人間は生業を持たねばならんのだろう? でなければ銭を手に出来ぬ。化かして騙くらかすのも良いが、互いの世の理は守る主義でのぉ。ついでに我らの理より離れたものを断ずる事もできるとあって、一石二鳥なのじゃ」
刑部さんはそう言って、白い指先でくるくると黒檀(こくたん)の髪をいじりながら、悪戯っぽく笑って見せた。なんというか、見た目の割に結構堅実なお姫様らしい。
話を聞けば、下っ端の者にやらせるより自分が動く方が楽しいらしく、葛彦さんが止めるのも構わずに祥太郎さんを巻き込み副業としてゴーストハンターをしているそうだ。
そういえば……祥太郎さんから毎月貰う生活費、妙に多いなと思ってたんだけど……うちが裕福なのって、そのせいだったのね……。
自分が元々努めていた会社だけあって、大体の給料額というのは把握している。なので祥太郎さんがいくら営業部のエースといっても、契約が纏まった月とそうでない月とでは、ある程度金額に違いが出るはずなのに、なぜか祥太郎さんはいつも一定額(しかもかなり多い)をあたしに生活費として渡してくれるのだ。
その上貯蓄も定額で出来ているのだから、恐らくその副業でかなり稼いでくれているのだろう。
定職もあるのに副業までって、祥太郎さん疲れないのかな。
そんなに頑張らなくても良いのに……。
なんて、体調を心配していたら、ぎゅうと少し強めに抱き込まれて、どしたの? と顔を見上げた。
赤い瞳は申し訳なさげに眉と一緒に下がっていて、口角も頼りなく微笑んでいる。
「黙ってて……ごめん。咲良が『視える』のは知っていたけど……俺の身体がここまで人間離れしているってわかれば、流石に逃げられるかもしれないと思って」
「そんなわけ無いよ。祥太郎さんは祥太郎さんでしょ。『今』も、出会った『あの時』も祥太郎さんだよ」
かつて彼を初めて見かけた時に感じた気配と、今の祥太郎さんから感じる気配に何ら変わりは無い。見た目の変化なんて些細な事だ。
「……咲良、其方の夫はの、最早この妾に次ぐ妖力(ちから)の持ち主となっておる。それ故に番となった其方が人間であることに意を唱える者も多い……いくら其奴が押さえ消し去ろうともな。じゃから今回、妾自らが其方を試させて貰ったのじゃ。誤解をさせたのはわざとではなかったが、ほんにすまんことをしたの」
刑部さんが、綺麗に腰を折り黒い髪を流してあたしに頭を下げる。それに習い、葛彦さんまでが金色の頭を下げ、あたしは二人を前に大いに慌ててしまった。
「い、いえっ! 頭を上げて下さい……! 暴走したのはあたしですからっ! なんかよくわからないけど、納得していただけたならよかったです! あたしも浮気じゃ無かったってわかってほっとしましたし、こちらこそ勘違いしてすみませんでした……!」
なんだかもう、こっちから土下座しましょうか、むしろ腹切りですか日本男子(女子だけど)らしく! とかあわあわなっていたところで、祥太郎さんが「刑部もういい」と一声かけてくれた。
その声で、刑部さんと葛彦さんの頭部が元の高い位置に戻る。
あー……ほっとした。絶世の美女と美男に頭下げられるとか、どんな拷問かと。
「其方らには、また何か詫びの品を贈らせよう。『喰らう者』となったお前には、それ位せねば妾の立つ瀬があるまいよ」
「……あまり、いらない事まで言わないでくれ」
刑部さんの言葉に、祥太郎さんが苦い顔で答える。あたしにはちょっと意味がわからなかったけれど、まあ聞かなくて良いっぽい事だったのでスルーすることにした。
「しかし咲良よ。妾は其方が気に入ったでの。また顔を見にこようぞ。その時はじょしかい、とやらで女子(おなご)二人、コイバナでもせぬか?」
打って変わって、ころころと妖艶な笑みを浮かべた刑部さんの提案に、あたしは一気に舞い上がり、にへら、と変な笑顔を浮かべてしまった。
うわあ、美女のお誘いですよ! なんだこの役得は!
「もちろん! ぜひお願いしますっ」
「咲良……」
上がったテンションのまま笑顔全開で返事をしたら、刑部さんにはにっこり微笑まれ、葛彦さんには呆れた溜め息をつかれ、祥太郎さんにはなぜか胡乱な目で見られてしまった。
いや、だって、美女は正義ですよ……?
「では、そろそろ我らも戻るとするか。またの。咲良、祥太郎」
「はいっ」
ふぁさり、と黒く艶やかな髪を靡かせ去って行く刑部さんと葛彦さんに手を振りながら、あたしはもしまたお会い出来るなら、今度こそ葛彦さんのふかふか尻尾を、存分にもふもふさせて頂きたいな、と考えた。
だって尻尾キーホルダーだよ? 超ふっさふさのふっかふかよ!
一度は触りた……って、え。
脳内で存分に九つのふわふわ尻尾をまさぐる想像をしていたら、背を向けていた筈の葛彦さんが突然ばびゅんと目の前まで戻ってきて、至極真面目な顔で「御免被る」ときっぱり告げた。
って貴方今瞬間移動しませんでしたか……○ードラット星にでも行ってきたんですか。
その位早かったですよ。
「あ、あれっ……? 漏れてました? 口にしたつもりは無かったんですが」
焦りに焦って若干の冷や汗を掻きつつ目を泳がせ答えれば。
「顔に書いてある」
ともの凄い真顔で言われてしまいました。
何だ。背中に目でもついてんの葛彦さん。
「ええ~」
「咲良、クズ彦と仲良くするのだけはやめて。嫉妬でコイツの事うどんにしたくなるから」
「ほざけっ」
あたしの顔は電光掲示板か、と自分の顔を両手で押さえながら悲鳴をあげたら、なぜか祥太郎さんからご機嫌斜めに文句を言われてしまった。なんとなく気付いていたけど、どうやら祥太郎さんと葛彦さんは犬猿の仲ってやつらしい。
うどん……あ! 赤い○ツネか! それは美味しそう……ってお願いだから葛彦さんジト目はやめて。
美形のジト目は迫力凄いんで。
いつの間にかあたしを無視して祥太郎さんと葛彦さんが火花を散らし始める。
が、それはものの二分で刑部さんによって中断させられていた。
「痛っ……! 姫、耳を引っ張らないでください痛いです……!」
おお、金色のイケメンが黒髪の美女に耳掴まれて引き摺られてる……あれはあれで、結構萌える光景ではなかろうか。うん。あたし的にありですな。
「はようせぬか葛彦! 今日は金曜日じゃ! 妾はえいがが観たいでの。今夜は金曜○おどしょうの日じゃぞ!」
どうやら、刑部さんは○曜ロードーショーファンらしい。結構趣味が合いそうである。
彼女はあたしも新聞の番組欄でチェックしていたタイトルを機嫌良く語りながら、葛彦さんを引き摺りつつ夜の道の彼方へと消えていった。
あたしと祥太郎さんは、そんな彼らを見送った後、ふっと互いの顔を見てお揃いの笑顔を浮かべていた。
神仏に仕える巫女のように纏められた長い髪は、微風に揺れる度シャラシャラと黄金の音すら聞こえる気がした。
まるで一本の金の剣がそこに在るように、狐色のスーツを着てすらりと立つ長身の男性は、先程のお狐さんと同じく金色の髪と縦型の瞳孔であたし達を見ていた。
ってちょっとまてぇーーーいっ!
「尻尾きーほるだーが! 消えた……っ!? 祥太郎さん! ゴン太が消えたよっ!?」
「咲良、一応クズ彦って名前があるから呼んであげて……あと彼はそこにいるよ。見た目は変わったけど、君ならわかるんじゃないかな」
言われて、祥太郎さんに促されるままゴン狐さんの居た場所、もとい、現在はパツ金ロン毛のイケメン外人さんをまじまじ眺めると、成る程確かに見た目はやたらハイカラになったけれど、気配はさっきのお狐さんそのままである。
「ね」
「なるほど」
祥太郎さんの『目で見るな感じろ』というどこか昭和のスポ根漫画を思わせる指令をクリアしてふむふむ頷けば、良く出来ましたと言わんばかりに大きな手で頭を撫でられ恍惚とする。しかし、それも一瞬だった。
「……いい加減にしろそこの馬鹿夫婦。あと私は葛彦だ。祥太郎の細君殿にも、ゴン太はおやめいただきたい」
「う、す、すいません」
パツ金イケメン外人さんもとい、葛彦さんに呆れと棘を含んだ声音で叱られ、首を竦めながら謝罪する。
確かに。あれだけ綺麗なお狐様にゴン太は無かったか。
尻尾キーホルダーとか尻尾チャームよりかはマシかなと思ったんだけど。
「いいよ咲良。クズ彦に謝らなくて。……された事を思えばね」
内心反省していたところ、祥太郎さんに否定と何やら含んだ言い方をされて、お?と戸惑う。
された事? って、一体何されましたっけあたし。
浮かんだ疑問符について考えてみても、あの銀色の針程度しか思い出せない。
しかしあれは、まあ言えば予防注射の針みたいなもので、刺されるとは思ったけれど、命を脅かす気はほとんど無かったのだとあたしは感じていた。
強いて言うならば『誰かのため』に行われた『行為』だったと予想している。
といっても『副作用』で例えあたしが死んでいたとしたとしても、葛彦さん達は構わなかったんだろう。
その『誰かのため』なら致し方ないと考えていたのだ、恐らくは。
「やはり葛彦の魅幻術(みげんじゅつ)も効いておらぬようだのぉ。ほんに面白き女子よ」
されたのってその位だよね? とあたしが考えていたら、刑部さんが紅を引いた唇で楽しそうに耳慣れない言葉を口にした。それに、葛彦さんが頷き、祥太郎さんは「やはりか……クズ彦が」と小さな声で悪態をつく。
うーん。祥太郎さんが思ったよりオレオレ系だったのに一番驚いてますあたし。
いやいいんだけどね。優しげなお顔にS属性が加算されてより素敵に見えますし。
自分の性癖こんなんだったかな、祥太郎さん限定かなとちょい悪な雰囲気を醸し出している旦那様を見つつ成り行きを眺める。
正直言えば、口を挟めないからってところだけど。
「のう葛彦、これならば認める他あるまいて。妾の矢尻やお前の針からも庇い、そのうえ異形なる見てくれにも動じぬどころか擦りよるとは」
刑部さんは機嫌良さげに微笑みながら、するりと夜空を滑り葛彦さんの隣に移動していく。そんな彼女に葛彦さんは騎士が主に敬服するように胸に片手を当て恭しく礼を取った。
「姫がそう仰るのでしたら……ですが、単なる変わり者という気もいたしますが」
「それは妾も同感じゃ。だがのう、面白いではないか。ああも愛しげに寄り添うておるのだ。心底惚れとるのだろう」
あたし達の真ん前で、絶世の美女と絶世のイケメンが会話を交わす。あたしは祥太郎さんの腕の中(というか羽根と腕でホールドされてる)でそれを見つつ、声を掛けるタイミングを計っていた。
まだ見たい……! 美男美女の語りをまだ見たい……!
だけど話が進みませーん!
「あのー……」
「おお、これはすまなんだな。名乗りもせずにおったの。其方の夫が呼んだ通り、妾の名は刑部(おさかべ)。みなには刑部姫と呼ばれておる。気付いておろうが人にあらずよ。古来より化生の者と称されてもおるの」
あ、やっぱり。
刑部さん達もあの黒い靄の子達と同じなんだ。だって気配似てるもんね。
にこにこと返事してくれた刑部さんの言葉に内心ふんふん頷く。
刑部姫、という名前を何かの漫画で見かけた気がしたけれど、イマイチ思い出せなかったのでとにかく綺麗なお姫様イコール刑部姫、という認識をした。
「其方、名は咲良といったの。安心おし、其方が目にしたのは我らが『人の姿』で生業(なりわい)としているものじゃ。その為あの場にいたに過ぎぬ」
「生業?」
「そうじゃ。我らの生は永くての。ただ外側から眺めておるだけでは暇を持て余すのじゃ。それに比べ、人の世はほんに面白い……乱世の昔より人間はおかしなことをしでかすが、今の世は特にじゃ。小さき箱を見ては些細な事で笑い、怒り悲しみ、そして恨み陰の気を生む……我らは陰の気を喰らうでの」
説明しながら、刑部さんはふうぅと赤い唇から白い霧状の息を吹き、葛彦さんを残して自分を取り囲んでいた異形の者達の姿を消した。
それから、身に纏っていた鮮やかな姫装束の着物をしゅるしゅると変容させ、あたしも見覚えのある洋服へと転ずる。
おお、何だろうあれ、めちゃくちゃ便利! クローゼットいらず!
でもあのいっぱいのお化けさん達は何処に……ってあれ、なんか消えたのは消えたけど、気配は残ってる気がするなぁ。
成る程。見えなくしただけってことか。やっぱり便利だ。
とあたしが感動している間に、タイトなスカートから長く白い魅惑のおみ足を伸ばした刑部さんが、葛彦さんと一緒にふわりと軽い動作で地面へと降り立った。その出で立ちは、あたしがあのホテル前で見た姿そのままである。
「ほほほ、まだあれらの陰の気を感じ取れるか。ほんに不思議な女子じゃな其方。其奴が気に入るのも無理はない。妾でも手元に置きとうなるわ」
吃驚してぽかんとしているあたしに、今度は絶世のお姉様になった刑部さんが笑いかけてくれる。その笑顔がこれまた極上で、同性ながら見とれてしまう。
何て言ったかな。ワンレンボディコン? たぶんあたしの親世代に流行った言い方なんだろうけど、ほんとまさにそれ……!
美女……! めちゃくちゃスタイル抜群の美女だわ……!
「……刑部」
「そう凄むでないわ祥太郎。試したのは悪かったがの。だがおかげで我らの憂いは晴れた。次はお前の嫁御の憂いを晴らさねばの……咲良、我らが生業としておるのは同族狩りぞ」
「同族狩り?」
「今の世で言えば、ごぉすとはんたぁというやつじゃ」
「ゴーストハンター? ……ってことは、悪いお化けとかを退治する、あの?」
「そうじゃ。人間は生業を持たねばならんのだろう? でなければ銭を手に出来ぬ。化かして騙くらかすのも良いが、互いの世の理は守る主義でのぉ。ついでに我らの理より離れたものを断ずる事もできるとあって、一石二鳥なのじゃ」
刑部さんはそう言って、白い指先でくるくると黒檀(こくたん)の髪をいじりながら、悪戯っぽく笑って見せた。なんというか、見た目の割に結構堅実なお姫様らしい。
話を聞けば、下っ端の者にやらせるより自分が動く方が楽しいらしく、葛彦さんが止めるのも構わずに祥太郎さんを巻き込み副業としてゴーストハンターをしているそうだ。
そういえば……祥太郎さんから毎月貰う生活費、妙に多いなと思ってたんだけど……うちが裕福なのって、そのせいだったのね……。
自分が元々努めていた会社だけあって、大体の給料額というのは把握している。なので祥太郎さんがいくら営業部のエースといっても、契約が纏まった月とそうでない月とでは、ある程度金額に違いが出るはずなのに、なぜか祥太郎さんはいつも一定額(しかもかなり多い)をあたしに生活費として渡してくれるのだ。
その上貯蓄も定額で出来ているのだから、恐らくその副業でかなり稼いでくれているのだろう。
定職もあるのに副業までって、祥太郎さん疲れないのかな。
そんなに頑張らなくても良いのに……。
なんて、体調を心配していたら、ぎゅうと少し強めに抱き込まれて、どしたの? と顔を見上げた。
赤い瞳は申し訳なさげに眉と一緒に下がっていて、口角も頼りなく微笑んでいる。
「黙ってて……ごめん。咲良が『視える』のは知っていたけど……俺の身体がここまで人間離れしているってわかれば、流石に逃げられるかもしれないと思って」
「そんなわけ無いよ。祥太郎さんは祥太郎さんでしょ。『今』も、出会った『あの時』も祥太郎さんだよ」
かつて彼を初めて見かけた時に感じた気配と、今の祥太郎さんから感じる気配に何ら変わりは無い。見た目の変化なんて些細な事だ。
「……咲良、其方の夫はの、最早この妾に次ぐ妖力(ちから)の持ち主となっておる。それ故に番となった其方が人間であることに意を唱える者も多い……いくら其奴が押さえ消し去ろうともな。じゃから今回、妾自らが其方を試させて貰ったのじゃ。誤解をさせたのはわざとではなかったが、ほんにすまんことをしたの」
刑部さんが、綺麗に腰を折り黒い髪を流してあたしに頭を下げる。それに習い、葛彦さんまでが金色の頭を下げ、あたしは二人を前に大いに慌ててしまった。
「い、いえっ! 頭を上げて下さい……! 暴走したのはあたしですからっ! なんかよくわからないけど、納得していただけたならよかったです! あたしも浮気じゃ無かったってわかってほっとしましたし、こちらこそ勘違いしてすみませんでした……!」
なんだかもう、こっちから土下座しましょうか、むしろ腹切りですか日本男子(女子だけど)らしく! とかあわあわなっていたところで、祥太郎さんが「刑部もういい」と一声かけてくれた。
その声で、刑部さんと葛彦さんの頭部が元の高い位置に戻る。
あー……ほっとした。絶世の美女と美男に頭下げられるとか、どんな拷問かと。
「其方らには、また何か詫びの品を贈らせよう。『喰らう者』となったお前には、それ位せねば妾の立つ瀬があるまいよ」
「……あまり、いらない事まで言わないでくれ」
刑部さんの言葉に、祥太郎さんが苦い顔で答える。あたしにはちょっと意味がわからなかったけれど、まあ聞かなくて良いっぽい事だったのでスルーすることにした。
「しかし咲良よ。妾は其方が気に入ったでの。また顔を見にこようぞ。その時はじょしかい、とやらで女子(おなご)二人、コイバナでもせぬか?」
打って変わって、ころころと妖艶な笑みを浮かべた刑部さんの提案に、あたしは一気に舞い上がり、にへら、と変な笑顔を浮かべてしまった。
うわあ、美女のお誘いですよ! なんだこの役得は!
「もちろん! ぜひお願いしますっ」
「咲良……」
上がったテンションのまま笑顔全開で返事をしたら、刑部さんにはにっこり微笑まれ、葛彦さんには呆れた溜め息をつかれ、祥太郎さんにはなぜか胡乱な目で見られてしまった。
いや、だって、美女は正義ですよ……?
「では、そろそろ我らも戻るとするか。またの。咲良、祥太郎」
「はいっ」
ふぁさり、と黒く艶やかな髪を靡かせ去って行く刑部さんと葛彦さんに手を振りながら、あたしはもしまたお会い出来るなら、今度こそ葛彦さんのふかふか尻尾を、存分にもふもふさせて頂きたいな、と考えた。
だって尻尾キーホルダーだよ? 超ふっさふさのふっかふかよ!
一度は触りた……って、え。
脳内で存分に九つのふわふわ尻尾をまさぐる想像をしていたら、背を向けていた筈の葛彦さんが突然ばびゅんと目の前まで戻ってきて、至極真面目な顔で「御免被る」ときっぱり告げた。
って貴方今瞬間移動しませんでしたか……○ードラット星にでも行ってきたんですか。
その位早かったですよ。
「あ、あれっ……? 漏れてました? 口にしたつもりは無かったんですが」
焦りに焦って若干の冷や汗を掻きつつ目を泳がせ答えれば。
「顔に書いてある」
ともの凄い真顔で言われてしまいました。
何だ。背中に目でもついてんの葛彦さん。
「ええ~」
「咲良、クズ彦と仲良くするのだけはやめて。嫉妬でコイツの事うどんにしたくなるから」
「ほざけっ」
あたしの顔は電光掲示板か、と自分の顔を両手で押さえながら悲鳴をあげたら、なぜか祥太郎さんからご機嫌斜めに文句を言われてしまった。なんとなく気付いていたけど、どうやら祥太郎さんと葛彦さんは犬猿の仲ってやつらしい。
うどん……あ! 赤い○ツネか! それは美味しそう……ってお願いだから葛彦さんジト目はやめて。
美形のジト目は迫力凄いんで。
いつの間にかあたしを無視して祥太郎さんと葛彦さんが火花を散らし始める。
が、それはものの二分で刑部さんによって中断させられていた。
「痛っ……! 姫、耳を引っ張らないでください痛いです……!」
おお、金色のイケメンが黒髪の美女に耳掴まれて引き摺られてる……あれはあれで、結構萌える光景ではなかろうか。うん。あたし的にありですな。
「はようせぬか葛彦! 今日は金曜日じゃ! 妾はえいがが観たいでの。今夜は金曜○おどしょうの日じゃぞ!」
どうやら、刑部さんは○曜ロードーショーファンらしい。結構趣味が合いそうである。
彼女はあたしも新聞の番組欄でチェックしていたタイトルを機嫌良く語りながら、葛彦さんを引き摺りつつ夜の道の彼方へと消えていった。
あたしと祥太郎さんは、そんな彼らを見送った後、ふっと互いの顔を見てお揃いの笑顔を浮かべていた。
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