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彼の戸惑いと私の変化 ~六日目 空気~

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「おはようございます」

「……お、おはよう」

驚いて目を見張る彼の顔を見ながら微笑む。
窓から差し込んだ明るい光が、彼の寝起きの瞳に反射している。

小さなサプライズが成功した事に満足しながら、まだ少し固まったままの三嶋社長の表情をたっぷりと楽しんだ。
寝起きとなれば誰でも無防備だ。

ここに来てからはいつも私は彼より後に起きていたから、ちょっとだけしてやったりな気持ちが起こる。
彼がいつも先に目覚めていた理由も、今となってはよく判る。

……寝顔、見られてたんでしょうね。多分。

今日は私の方がゆっくりと彼の寝顔を見る事が出来た。堪能出来て、満足だ。

戸惑っている彼を残し、私はベッドから離れ朝の支度へと向かった。


朝食を済ませ、彼と一緒に書斎に向かい仕事を始める。

昨日一日休んだせいか、メールも結構溜まっていて、午前中は処理に追われて過ぎていった。

やっぱり、一週間が限界よね。

いくつもの報告書に目を通しながら、朝とは打って変わって厳しい顔でパソコンに向かう彼を見る。

指先はキーを弾いているのに、携帯で指示も一緒に飛ばしているところがまた凄い。

恐らく本社に戻れば、それこそ今の比では無いほどの忙しさが彼を待ち受けているだろう。

こなさなければいけない社内会議関連も、全て三嶋社長不在の為延期状態になっている。

本来なら私の方から帰社を促すべきなのだろうけれど、もう少しだけこの二人だけで過ごせる期間が欲しいと思うのは私のわがままだ。

時刻は十二時を差す処で、そろそろ昼食が別室に用意される頃。

一段落ついた私は、三嶋社長の方へと視線を向けた。

途端、こちらに向いていた彼の目線とぶつかる。

少し驚いたのは出さない様に気を付けて、その黒い瞳に向かって微笑むと、驚いた様な表情の後、その目元が仄かに染まった。

携帯での話が終ったのか、コトリとそれを置いてから彼が席から立ち上がる。

それをじっと待ちながら眺めていると、急いた様な彼が私の方へと近付いた。

「君は、どうして――」

戸惑う三嶋社長を見ながらくすくすと笑みを零すと、彼が困った様に言葉を切る。

変わってしまった私の態度に困惑しているのが見て取れて、それがまたなんだか嬉しくて、楽しいと思ってしまう私は意地悪だろうか。

「……嬉しいんです。貴方の反応が」

「……っ……」

いつか言われたのと同じ台詞を口にする。

あの時の彼の心境が、今の私にはよく判る。
自分の言動に対して相手が反応を返してくれる事がこんなに嬉しいなんて、かつての私は知らなかった。

心の奥底にあった気持ちと、新たに作り上げられた気持ちとに気づいたからこそ、それを実感できているのだろう。

……確かに、桃色だわ。

以前、漂った同じ色の空気にはただ羞恥で悶えるだけだったけれど、今はそれすら嬉しく楽しい。

少しだけ和らいだ三嶋社長の表情を見ながら、早く伝える事が出来たらいいのに、とあと少しで迎えるこの期間の終わりに想いを馳せた。

そうやって考えに耽っていたせいか、伸ばされていた彼の手に気づかなかった。

あ―――。

私に届く寸前で、その手がぎゅっと握り込まれて離れて行く。
まるで、自分には触れる資格が無いとでも言う様に。

まだ、後悔しているのかしら。

いつの間にか落とされていた彼の視線に、ぐっと胸が締め付けられて私は思わず息を飲んだ。

ああもう、最初の勢いはどこにいっちゃったのかしら。

連れて来られた当初は、強引過ぎる程だったというのに。

あの時、私が傷ついたと思い込んでいるんでしょうね。

違うのだと、戸惑いもしたし翻弄もされたけれど、傷ついてはいないのだと知ってほしくて、握り込まれたそれに手を伸ばす。

びくりと後退る三嶋社長に構わず、ほぼ無理矢理にその手を取った。

「っ!?」

私から触れた事で彼の瞳が驚愕で瞬く。
それに答える様に微笑むと、固く強張った手がほんの少し柔らかさを取り戻した。

大丈夫。
……傷ついてはいないから。

そんな想いを込めながら、驚きと戸惑いが混じる彼の瞳を見返す。

「社長も一段落つきましたか?」

「あ、ああ……」

「じゃあ、お昼にしましょう」

反応に困っている彼をそう口早に捲し立てて、私はその手を引っ張り昼食が用意されている部屋へと歩いていった。

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