不器用なプロポーズ 〜冷徹社長の監禁執愛〜

国樹田 樹

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彼の心と閉まる鍵 ~五日目 閉心~

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―――瞼に光が差す感覚で、目が覚めた。

朝なのだろうか。明るい光が部屋に差し込んでいる。だけど、今が何時頃なのかは判らない。

身体が酷く重い。四肢が石にでもなってしまったみたいだ。
全身のどこにも力が入らず、身体の軸が消えて無くなっているかの様に重怠い。
頭はそれ以上にぐだついていて、熱でもある様にぼやけていた。
肌にも意識にも、燻る熱さが残っている様な、そんな感覚。

――――あ。

つと思い立って、目を見開く。

「――っ!」

突然フラッシュバックした光景に、半身を起こそうとしたけれど、腿の裏や腕が悲鳴を上げて起き上がれない。

鈍い痛みに、顔を顰めた。

「……痛むのか」

ふいに掛けられた声に、びくりと身体が反射する。思わず隣へ振り向くと、寝台の上で腰掛けながら、私を見つめる三嶋社長の姿があった。

彼の髪は乱れ、着ているシャツも皺になっている。スーツのジャケットを脱いだだけの格好は、昨日、私が意識を手放す前にも見たものだ。

「社長……」

唯一動く唇で、彼を呼ぶ。

彼が、三嶋社長がシーツの上に置いた手をぐっと握り締めたのが見えた。

「―――すまなかった」

暫しの間を置いて、悲痛な空気を含んだ声が耳に届く。

いつもは真っ直ぐ射抜いてくる黒い瞳が、今は逸らされている。
普段より小さく見える彼の姿は、驚く程儚く見えて、私は声を失ってしまった。

……なんて顔、しているの。

恐れと、不安と、後悔と。

複雑な色が混ざり合った彼の表情に、私は怒る事も忘れて見入ってしまう。

―――自分のした事を、悔やんでいるの?

彼のそんな姿が、心を大きく揺るがせた。
静まりかえった空気の中で、大きな身体が、震えている様に見えた。

誤解だった。
事実とは違っていた。

けれど私の言葉は聞き入れられず、乱暴に連れ込まれ服を剥がされ、触れられた。
字列にすれば酷い事でしか無い筈なのに。

……どうしてだろうか。

目の前で叱られた子供の様に怯えながら佇むこの人を、詰ろうとは思えなかった。
なぜあんな事をしたのかという思いはあっても、怒りや恐れといった感情は、心のどこからも湧き出て来てこない。

私に触れている時、彼は苦し気で泣き出しそうな表情をしていた。
まるで私に刺激を与える度に、その身を切り刻まれてでもいる様に。
触れれば触れる程、私が離れてでもいく様に。

ああ―――そうだったんだわ―――。
たぶん、そう。

自分の考えに、三嶋社長の今の姿が重なる。

恐らく彼の心は、文字通り切り刻まれていたのだろう。
逃がしはしないと言いながら、無理矢理抑えつけている事に、罪悪と軽蔑される恐怖を感じて。
荒れる想いを暴走させながら、結果私がこれで確実に離れてしまうと、自分の中では冷静に結論を出していたのだろう。陰った彼の瞳の中に、諦めにも似た光を感じた。

―――不器用な、人。

想いの伝え方も。
相手への接し方も。

とても―――とても不器用な。

彼が誰かに無体を強いる様な人でない事は、私だって判っている。

あの時も結局「最後まではしない」と言った言葉の通り、三嶋社長は最後まで、私だけを昂ぶらせ翻弄した。自分からは何も求めず、私だけを高みへ何度も押し上げた。
でも、それだけだった。

確かに無理矢理そうされたのはショックだったけれど、彼はちゃんと自制して、私を強制的に奪う事はしなかった。ただ満足したいだけなら、出来る状況だったのに。

それは全て、彼が欲しているのが身体では無く、私の「心」だったからだろう。

私を手放したくないのだと、傍に居て欲しいのだと、ずっとそう告げられてきた。
けれどどこか信じられずに、少しずつ判ってきた様に思えて、それでもどこかで違うかもしれないという思いを抱いていた。

だけど―――

私は、今になって漸く、三嶋社長のこれまでの言動を、本当の意味で理解する事が出来た様な気がした。

「三嶋社長」

鈍く痛む身体とは反対に、暖かな優しい気持ちが心を包んで、私は怯える彼へと声をかけた。

けれど、それを振り払う様に、三嶋社長は口早に言葉を紡ぐ。

「っすまないが、君を解放してはやれない。約束した一週間は絶対に。……今日は身体を休めてくれ」

「社長っ!?」

告げられた言葉に、思わず身を浮かせた。
けれど、驚愕に見開かれた私の目には、足早に部屋を去ろうとする彼の背中が見えるだけで。

「三嶋社長っ! 待ってくださいっ!」

焦りながら、声を張り上げる。

―――違う、そんな話をしたいんじゃない。

貴方に、そんな事を言わせたいんじゃない。

昨日の事を、責めるつもりは無い事。そもそも、逃げるつもりだったわけではなかった事。昨日見た女性の事。

話したい事、聞きたい事は沢山あるのに、絶望と諦めの色に染まった彼の顔には、哀しい決意が浮かんでいた。

そうして、三嶋社長は私の呼びかけに答える事無く、部屋を出た後外から扉に鍵を掛けた。

ガチャリと響いた冷たい音。
それが、そのまま彼の心に掛けられてしまった枷の様に聞こえた。

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