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彼と私の髪飾り

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取引先との会合場所へと向かう車中で、安近さんは簡単な説明をしてくれた。

今日これから会うのは、以前から三嶋と取引のある大手通販会社の子会社にあたるらしい。
新規で立ち上げた自社製品のネット通販システム構築を、親会社と引き続いて三嶋システムに依頼したいとの事だった。

「前から取引のある所の子会社だから、そんなに緊張しなくて大丈夫」と安近さんは言ってくれたけれど、契約締結となれば、もちろん大きな金額が動く事になるのは容易に想像できる。

正直そんな場に自分が居合わすのかと思うと、緊張で胃が痛くなりそうだった。
何しろ配属初日。粗相しないとは限らない。

そして、私のそんな予想はやはり外れてはいなかった。


「設楽(したら)と申します。いやあ、三嶋さんのお噂はかねがね」

そう言いながら、どこか鼻につく笑顔を向けてきたのは設楽伸行(したらのぶゆき)専務だった。

歳の頃は五十代半ばといったところだろうか。シャツがはち切れそうなほどでっぷりとした体型と、少々薄くなった髪がまるで漫画か何かに出てくる典型的な中年おじさんの様に見える。

「三嶋尚悟です。この度は弊社へご依頼いただきありがとうございます」

会合場所となる会議室へと通された私達は、互いに挨拶と名刺交換を済ませ(私と安近さんは相手方秘書と)三嶋社長と設楽専務が席についた所で、それぞれの上司の後ろに控える形になった。

私の位置からは、三嶋社長の広い背中越しに設楽専務の姿が見えている。
大きな体でふんぞり返る様に座っていて、お世辞にも礼儀正しいとは言えない態度だ。

専務の後ろに控えている男性秘書も、言うに言えないのか申し訳なさそうに眉尻を下げていた。

秘書の方の様子から鑑みるに、恐らく設楽専務は普段からこういう人物なのだろう。
子会社だろうが大元は大手企業である。それなりの自負もプライドも持ち合わせていて、かつ取引相手が三嶋社長の様に一回り以上若い人間である為に余計横柄な態度を出してきているのかもしれない。

なんだかなあと思いつつも、こういうテレビドラマに出てくる様なクライアントも実際いるんだな、と頭に刻んでおいた。

暫くして、設楽専務の態度はさておき、いくつかの契約項目について話が進められていった。

思っていたより順調に進んでいるのは、何度も無駄に口を挟んでくる設楽専務を軽やかに流し上手に軌道修正している三嶋社長の話術の賜物といった処だろう。

「いやぁ、今回のネット販売についてもですねぇ、私は別会社を押したんですが本社の平田さんがどうしても三嶋さんの所が良いと言いましてね。もちろんあちらでの評価は存じておりますがねぇ」

「……平田常務には以前から良くしていただいています。今回の契約についても、ご期待には十分に応えるつもりです」

と、人によれば絶句してしまいそうな設楽専務からの嫌味も、呆気ないほどさらりと受け流していた。
まあ、大学在学中に起業してしまうような人だから、この程度は慣れっこなのかもしれない。

見た目も話し方も硬質な割に、とても流暢にしかし重さのある説得力を持ってプレゼンを行っている様に、私は心の内で感嘆の溜息を吐いていた。

三嶋社長のプレゼン風景なんて、もしかするとものすごい貴重なんじゃ?

と今更そんな事を思う。

当たり前か。だって本来私が希望していた総務に配属されていたら、到底お目にかかれなかった光景だ。

業界で注目株とされている人のこんな姿を見られるなら、予想外だった秘書の仕事も思っていたより前向きに頑張れるかもしれない。起業を目指す人からすれば、喉から手が出るほど見たい光景だろう。

かといって、新人秘書である私が、今後も契約の商談に同行できるかどうかはわからない。
三嶋社長からも、同時に秘書として安近さんからも学ばなければ。
私は話の内容に耳を傾けながら、安近さんの動きも目で追っていた。

学べる時に学んでおけ、というのは研修を担当してくれた先輩社員からのアドバイスだ。

私がじっと見つめているのに気が付いたのか、安近さんが一瞬こちらに視線を向けて微笑んでくれた。
どうやら私の考えは間違っていなかったらしい。

良かった、と思いつつ続けて視線を三嶋社長と設楽専務の方へと向けると、ふいにぞわり、とした悪寒が背中を駆け抜けた。

妙だなと思いつつ、自分に向けられている『もの』の後を辿ると、それが三嶋社長の向かい側―――設楽専務から発せられている事に気が付く。

あからさまな視線。
やや不躾な程の。

商談途中だと言うのに、設楽専務の視線は三嶋社長を通り抜けて、私へと向けられていた。

―――?

私は三嶋社長の背後に控えたままで一歩たりとも動いてはいないし、なぜ注視されているのかわからない。

どうにも、嫌な感じの視線だった。

商談途中でしょっ。
ちゃんと話聞きなさいよっ。

内心文句をつけながら、なるべく視線を合わせない様に目を逸らしていると、話に一段落ついたのか、三嶋社長と設楽専務が席を立った。

……終ったの?

様子を伺っていると、資料等の後片付けが終った安近さんが私に向かってふわりと微笑んだ。

「設楽専務からのお誘いで、昼食をご一緒する事になりました。古宮さんは一足先に社の方へ戻っていて下さい」

設楽専務の視線に気を取られて、後半少し話を聞き逃してしまっていたけれど、そういう事になったらしい。

室内の時計は正午まであと半刻という所だった。少々早めではあるが昼食時と言って差し支えないだろう。

「畏まりました」

そう私が返事をした所で、安近さんが「おや」と反応を見せた。
どうも社から携帯に連絡が入ったらしい。「失礼します」と一言断ってから、いくつか話をしたかと思うと、続いて三嶋社長に声をかけた。

何か急な要件らしい。

「社長、少しよろしいでしょうか」

安近さんの声かけに、三嶋社長が振り向く。黒い瞳がほんの僅かに顰められている。

「どうした。……設楽専務、申し訳ありません」

「いやはや、お忙しいですなぁ。こちらはどうぞお気になさらず」

やはりどこか気にかかる笑顔で、設楽専務が促した。

安近さんの指示通り、私は先に出ようかとしていた処で予想外の事態になってしまった。
と、言うか本音を言うと少々マズイ。

今、三嶋社長と安近さんは二人で何やら話し込んでいて、設楽専務の秘書は車の用意をする為に席を外してしまっている。

と言う事は、だ。

どうしよう。

今空いているのって、実質私と設楽専務の二人なんだけどっ。

こういう場合、話の一つでもしてお相手をするべきなのかどうか悩む。
かと言って、今年入ったばかりの私がどう対処すればいいのかなどわからない。

そう焦っていた矢先―――

「おや、お前さんは行かないのかね」

設楽専務の方から声をかけられた。

やはりどこか、ざわりとした感覚が背筋を襲う。

「は、はい。安近が参りますので」

焦りと、妙な警鐘とが心の内を占める。やっと絞り出せた言葉がこれだった。
お前さん、と自分が言われた事に来客用の名札つけてるんだけど、と思ったが正直それどころではない。

三嶋社長っ。安近さんっ。
どっちでもいいから早く戻ってーっ!

そんな私の態度をどう思ったのか知らないが、設楽専務はぐっと私に近寄って来てにやりと笑った。

「……ほお、お前さん顔立ちは悪くないな。だがこのひっつめ髪は、どうも好かんなぁ」

―――唐突に、そう言ったかと思ったら。

設楽専務はおもむろに、私の髪へと手を伸ばした。

――え。

無遠慮に伸びてきた手に、どうする事も出来ず私はその場で固まっていた。

――逃げたいっ。

そう叫ぶ心の声を、『取引先』という言葉が押しのける。

経験豊富な秘書であれば、もしくは私みたいに新卒なんかじゃなければ、上手くあしらう事も出来たのだろう。でも私は、そんな方法は知らなかった。

「おやめくださ―――っ」

三嶋社長と話していた安近さんの制止の声が聞こえたけれど、それを無視して肉厚な太い手が、私の髪に触れ、纏めていた髪飾りを引き抜く。

―――っ!

嫌悪で身を少し捩ってしまったせいか、ふわりと、風が舞ったかの様に解き放たれた私の髪が、両頬を掠めて肩へと落ちる。

三嶋社長と安近さん、そして設楽専務の視線が私に向いていた。

「やっぱりなぁ。こっちの方がええじゃないか」

ニタニタ笑いながら、設楽専務が私の顔を覗き込んでくる。近い距離に後ずさると、引き笑いするみたいにくつくつと声を上げていた。

絡みつく様な視線と態度に、心の底からざわざわと嫌悪感が増していく。

どうすればいい。
どうしたらいいのっ?

「どうだ? この後の食事に君も―――」

設楽専務が再び私の方へと手を伸ばした、その時だった。

すっと、視界を覆うように目の前に広がった、黒い影。

それが三嶋社長の背中だと気が付くのに、一瞬(ひととき)の時間が必要だった。

だって彼は、音も無くいつの間にか私の前に立っていたから。

「戯れも大概にしていただけますか」

はっきりと言い放ったその一言で、場の空気が止まったかのように思えた。

実際、設楽専務には予想外だったのか、何を言われたのかわからないといった感じにきょとんとしていた。しかし気を取り直したのか、三嶋社長を睨みつける。

 「……他愛のないお遊びだろう。何を大袈裟に」

 「取引関係がどうであれ、他社の人間に礼を欠いた行いは、見過ごせません」

 設楽専務の言葉を切って、強い口調で三嶋社長が告げた。

「若造が何を、」

「同行は安近が居るのでご安心を。君は、先に出ていなさい」

尚も言い募ろうとする設楽専務を無視するように、三嶋社長が私へ指示を出した。その言葉と同時に、安近さんが「はい、君はこっち」と流れる様に扉の方へと私を連れて行ってくれる。

「大丈夫だから。心配しないで。出来れば外に出て少し待っていて」

安近さんはそう言って、私を部屋から出し、にこりと優しく笑ってくれた。
展開に呆然としていた私は、その笑顔で我に返り、小さく返事を返して足を動かす。

ロビーを出て、玄関先を少し歩き灰色の外壁の角まで来て足を止める。

安近さんに待つ様言われたのもあるけれど。
だけど私の足取りを重くしている一番の理由は、私自身の不甲斐無さに他ならなかった。

―――私が上手くあしらえなかったせいで。

余計なトラブルを招いてしまった。

罪悪感と、この後どうなるのだろうという不安とで心が一杯になっていた。

あの様子では昼食はお流れになってしまうだろう。恐らくそれで安近さんは私に待つように言ったのだ。

先に帰るはずだった。最初の予定通りなら。

私が、台無しにしてしまった。

ビルの外壁前で、俯いたまま足元を見つめる。込み上げてくる感情をぐっと抑え込もうとするけれど、滲む涙は止められなかった。

自分が悪いのに、泣いてどうするの。
配属初日って言ったって新人研修で二か月は過ぎている。

もっと注意しておくべきだった。回避できたトラブルだった。予兆は感じていたのに。

滲んだ涙が端から零れようとするのを「引っ込め!」と叱咤する。

仕事の事で泣いていいのは家に帰ってからだ。
ここはまだ職場。泣いていい場所じゃない。
それどころか他社のビル前で泣くなんて、これ以上失敗を大きくしてどうするの。

自分の弱さに苛立ちながら、ぐっと唇を噛みしめて無理矢理顔を上げた。

すると。
目の前に、静かに「それ」が差し出された。

見覚えのある髪飾り。

今日のダークグレーのスーツに合わせた、黒地に細いシルバーが入ったシンプルなデザインの。

「……これは」

私の、髪を纏めていた髪飾り。設楽専務に無理やり引き抜かれた筈の。

見開いた私の目に、逆光で少し陰のかかった三嶋社長の姿が映る。

シンプルな髪飾りは、彼の大きな手の中にあった。

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