朝が来るまでキスをして。

月湖

文字の大きさ
上 下
51 / 148

51 冷たい瞳 side hikaru

しおりを挟む



微かな振動と共にエレベーターが止まり扉が開くと、ヒカルくんは住人である俺より先に出てスタスタと歩き出した。


そして俺の部屋の前で止まると


「鍵、開けて」


言いながら、冷たい瞳で俺を見た。



「・・・ちょっと待って」



これからしようとしていることを考えると、緊張で手汗がハンパない。

俺はジャケットの内ポケットを漁る振りでそっと手のひらを拭った。

そして、左手で襟元のネクタイを緩めながら右手で指紋認証をし、キーを挿し込む。



「開いたよ。どうぞ」



促がして先にドアを潜らせると同時に緩めたネクタイをシュッと抜き取り、そのまま手に持ってすぐ後に後に続いた。



チャンスは今だけ。



彼の手首を掴もうとした、





瞬間。



「―――――っ!!」



ネクタイごと手を奪われ、ダンッ!と壁に背中を押し付けられた。

そして痛みに怯んだ俺の両手首を上に纏め上げ、俺が持っていたネクタイで縛られる。

・・・あっという間の出来事だった。



「あ・・・」



「バカか」



何が起きたのか理解した瞬間から、とてつもない恐怖が襲って来る。

彼には全てお見通しだったのだ。



「下手くそ」



睨むでも怒るでもない無表情で言われる言葉。

それが、怖い。



「思惑がだだ漏れなんだよ」



「っ・・・」



一言だけ言うと纏め上げた手を放し、勝手に部屋に入って行く。

俺は下ろされた手首の結び目を解こうと躍起になって歯で引っ張ったりグリグリと動かしてみたけれど、あの一瞬でどうやったのか、どう引っ張っても緩みもしない。

しかたなくそのままナガレくんがいる筈のリビングへと向かった。


彼はひとり掛けのソファに座り、さっきと同じ何の感情も無い目をしながらそれでもひたと俺を見つめている。

整いすぎたその顔が恐怖を増幅させ、俺は蛇に睨まれた蛙さながらソファセットの前から動けなくなった。



「・・・で?」



俺が黙っていると、沈黙を破ったのはナガレくんの方だった。



「え・・・?」



「何がしたいって・・・?(笑)」



視線は冷たいまま口の端だけをきゅっと上げ、俺に訊ねる。

全部、分かっているくせに。



「っ・・・」



今更、聞いてどうしようというのか。

でも正直に言う事も出来ず、俺はただ黒い瞳を見つめるしかなかった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

そんなの真実じゃない

イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———? 彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。 ============== 人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。 1日2話ずつ投稿します。

処理中です...