聖女じゃないのに召喚された俺が、執着溺愛系スパダリに翻弄される話

月湖

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55 帰還までのアレコレは他言無用で

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カシュッ!
齧ると甘酸っぱい果汁が口いっぱいに広がり、その美味しさに思わず「んんんーっ」と声にならない声が出た。

「クロウも食べる?」
『もらおう』

さっき採ってきたきたばかりのリンゴンをクロウの口の前に転がすと、器用に前足で果実を押さえガブッと一口で半分程を齧り取った。
本当は食べ物を必要としないクロウに毎回訊くのは、一人だけ食べているのが何だか嫌だから。
甘い物が嫌いなクロウは他の果物の時は『我はいらん』と隣で寝てしまうが、甘過ぎない爽やかな味のリンゴンの時だけは付き合ってくれる。
それが嬉しくて日に一度はリンゴンを食べている俺だ。普通に美味いし。
味だけならグレーピイの方が好きだけど。

『ハルカはすっかり回復したようで何よりだな』
「ああ、うん。森に帰ってきて次の日には殆ど大丈夫になってたよ」
『そうか』

大きな木の根元に二人で座り、枝葉の隙間からキラキラと零れる光を眺める。
神の森に帰ってきて5日が経った。
帰ってきたその日は自分の聖魔法結界を解くのが怖くてクロウを随分心配させてしまったが、翌朝起きて結界が無くなっていても普通に呼吸出来ている事に気付いて、そこでやっと深く息を吸う事が出来た。
・・・あの後、王都がどうなったか気になってはいるけれど、また行きたいとは思えないでいる。

殿下にはああ言ったけど、なあ・・・。
帰る時のすったもんだを思い出して若干遠い目になってしまった。







帰ると言った俺に殿下は

「本音を言えばずっと私の傍にいて欲しいが・・・。ここにいてはハルカの身に危険が及ぶのだろうから、仕方ないとしよう。だが、東の森までは送らせてくれ。
私達はあの森で出逢った。ハルカの帰るべき場所もその付近にあるのだろう?
あの森は危険な森だ。神獣様が付いておられるなら心配はないと理解しているが見送りだけでもさせてくれ。
それに神獣様に乗って走るのは目立ちすぎるだろう。神獣様の姿が見えるのは極僅かの者に限られる。傍目にはハルカが宙に浮いて移動して見えるのではないか?
王都を出るまでは私と一緒にプルームに乗って行けば好奇の目に晒されなくて済む。どうだろうか」

そう言ってくれたけど。
いやそれ、王弟殿下と相乗りしてる俺に好奇な視線が集まるの決定だし。

「結構です。一人で帰れますから」
「私がハルカの心配をするのは迷惑なのか」
「そういう事ではなくてですね」
「本当ならハルカの自宅まで送り届けたいくらいなのに」
「いや、だから」
「そしてご両親に私の髪をハルカに捧げる許可を」
「殿下!?それ以上は口にしてはなりません!!!」

殿下が髪を捧げるとか口走ったところで侍従長さんが大声で叫んだ。

「髪・・・?」

確か、運命の相手に渡すとか言ってたようなあの髪ですか?
今背中に流してる?
いやそれ俺に捧げられても困るんですけど。そのうちどっかのお姫様とか貴族のお嬢様とか殿下に相応しい人が嫁に来るでしょ。その人に捧げてください。
俺はただの通りすがりの平民なので。

「クロウ、どうしよう?」

殿下が面倒くさいかもしれない。

『放っておけばよいのではないか?
神の森に帰るのにわざわざ東の森まで行くことはない。
我の転移ですぐにも戻れる』
「ああ、そうなんだ?」

俺も一応転移の魔法使えるけど、神の森がどこなのかとか分からんし。
それもイメージだけで行けるのか確認しておくんだったな。

「殿下、神獣様が転移で送って下さるそうですので、お気遣いは有難いですが、ここでお別れさせて頂きたいと思います」
「ここで、お別れ・・・」
「はい。殿下もお忙しくなるでしょうし」

俺なんかに構ってないでと思いながら言うと、殿下は綺麗な蒼い瞳が半分以上隠れる程瞼を伏せ「そうか・・・」と沈み込んだ声で返してきた。

いやいや、そんなに落ち込む事?
俺との付き合い丸一日くらいだろ?

「ハルカ・・・」
「はい―――っ!?」

思いつめたような表情の殿下に呼び掛けられ視線を合わせると、その瞬間俺の身体は殿下の腕の中に閉じ込められた。

「あ、のっ、殿下?」
「すまない。少しこのままいさせてくれ」
「あー・・・はい」

腰と肩にがっちり腕を回され、苦しくはないが身動きが取れない。
みっしりと詰まった殿下の胸筋が俺の頬に当たり、更に抱き寄せられて視界が殿下の騎士服で埋まった。
痛くはないが何も見えん。

「出来るならこのまま離したくない」
「それは、ちょっと・・・」
「お別れなどと悲しい事をハルカは笑って言うのだな」

ギュ、と殿下の腕に力が入って上半身が密着する。さすがに少し苦しい。

「私はハルカに出逢えた事は神が与えて下さった運命だと感じているのに・・・。
ハルカは・・・。このまま帰したくない―――」
「殿下・・・」

ええ・・・。この人、本気で面倒くさいぞ。

「そんな、二度と会わないと言っている訳でなし・・・」

思わず小さく呟くと、その聞こえるか聞こえないかの呟きに殿下は激しく反応した。

「それは本当か」

ガッ!と両肩を掴まれぐっと顔を寄せられた。
ちょ、ソレくっつきそうだから!

「また私の元に来てくれるか?」

そして熱い眼差しで迫ってくる。
だから。
今にもキスしそうなその距離感やめて下さい。
分かったから。ホントは二度と会わないだろうと思ってたけど。

「そのうち・・・いつとはお約束はできませんが、そのうちにまた・・・」

殿下の胸を押し返しつつ言うと、目の前の美男子は「そうか」と目を輝かせ、ほっと息を吐いていた。
こんなたたの平民に会えなくなるくらいでそこまで取り乱さなくてもいいと思うけど。
とりあえず殿下が落ち着いてくれたので、そこですかさず「神獣様をお待たせしたままなので」と断ると、今度は素直に俺を送り出してくれた。
それはそれはいい笑顔で「また会える日を楽しみにしている」とほっぺにキスをくれて。









「あれはいらなかった・・・」

パクンとリンゴンの最後のひとかけらを口に放り込み、モグモグと咀嚼しながらうーんと首を傾げる。
一応、さ?
「また」って言っちゃったからそのうち行くけど。










※※※※※※※※

20230507
たくさんのエールありがとうございます!

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