聖女じゃないのに召喚された俺が、執着溺愛系スパダリに翻弄される話

月湖

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54 スズキが泳ぐような場所を通っていたらしい

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クロウの声が聞こえない、つまりは俺の言葉だけを聞いた殿下が「どういうことなのだハルカ!」と両手で肩を掴み揺さぶってくる。
掴む力が強すぎて地味に痛いし脳みそが揺れるからやめて欲しい。俺だって混乱してるんだから。

『慌てるな。我がいるのにハルカを死なせるわけがなかろう』

ガルッとクロウが低く唸ると、焦燥を隠さないままそれでも殿下が下がった。
何を言われたのかは分からないまでも何かを感じたのだろう。
ようやくグラグラから解放されて息をついた俺の頬を長い尾がスルンと撫でる。
クロウは真向かいに座ると紅い目で俺を見つめた。

『神の森は完全に闇の気配を遮断した場所だ。それ故、神の森にいた時のハルカは今のハルカと同じ状態だった筈だ。だが、神の森を出てもハルカは苦しくなかったであろう?』
「あれ?そういえば・・・」

クロウの言う通りならば、神の森を出た瞬間にさっきみたいに気持ち悪くなってもおかしくなかった。
でも、あの時はなんともなくそのまま森の外まで出てきて・・・。

「なんで?」
『神の森と東の森は物理的に繋がった森ではない。神の森は神の作った神獣の為の世界であり、闇を生む存在など生まれ出でる事すら許されておらぬ。しかし、我らはサランラークという世界の調和を司る存在。
闇を退けられねば意義を果たせぬ。
それ故、神は森の果てに敢えて闇の気配を受け入れ、我々神獣が闇の気配に慣れる為の空間を作った。
少しずつ神力の濃度を薄くし、人の世界で力を奮えるようにと』

んー・・・地球で言う汽水域、みたいな感じか?
真水と海水が混じるように神域の気と人間世界の気を混ぜ合わせて、神獣たちが闇の拒絶反応で苦しむことが無いように、神さんが配慮した場所って事か。

『あの場所ならばここよりも闇は薄く慣らしも出来る。拒絶反応が起きても神の森に戻ればいいだけだしな。
ハルカが望むならすぐにでも行ける』
「え・・・っと」
『この子供も回復した。とりあえずの原因も判明しただろう』
「原因・・・。うん」

なんでか知らないけど、身体に入り込んだ闇の気配が強くなって、それが内臓を蝕んで生命力を奪ってた、って事なんだろう。
闇が原因なんだから、癒しだけでは回復するわけない。
逆に言えば、闇が原因って事は神官に浄化を掛けてもらってその上で癒しの魔法を掛ければちゃんと回復するって事だ。
殿下によれば同じような症状の人がまだいるって事だけど・・・一応原因も分かった事だし、あとは神殿に任せていい案件だと思う。
・・・まあ、聖魔法のレベルっていう問題はあるかもしれないけど、それなりの数の神官もいるだろうしそれは人海戦術でどうにかしてもらうって事で。
こういうのは俺一人でどうにか出来る問題じゃないし、俺一人でどうこうすべき問題じゃない。
俺の聖属性魔法は神殿に見つかったら監禁レベルで普通じゃないらしいし、出来るだけ早くここから退散した方がいいだろう。
街に出てる同じ症状の人を治す為には早い方がいい。指揮を執るべき人はここにいるんだし。

「俺、帰った方がいいんだよな?」

殿下は忙しくなるだろうし、王子が回復した今俺はもう用済みだ。
王都は勿論、城からも殆ど出た事がない王子がどこで闇を拾ったかとか気になる事はあるけど、いつも大抵の事は俺の自由にさせてくれるクロウがここには留まらない方がいいって言うくらいだから、実は俺は本当に危険な状態なのかもしれない。
実際この結界?が切れた瞬間からさっきのような、まるでアナフィラキシーショックを起こしたような状態になるなら、まだ魔法を使う事に慣れない俺は何かあった時に一人で対処出来る自信は無い。

『疾くそうした方が良い。我が背に乗せて森まで連れ帰ろう』
「分かった」
『では乗れ』

そのまま俺を背に乗せようと寄ってきたクロウだったが、さすがにここにいる人たちに何も言わずに帰るっていうのはあんまりじゃないか?
殿下も俺を凝視してることだし。

「・・・ちょっとだけ待ってくれない?」
『何故だ?早い方がいいだろう』
「ちょっとだけだから」
『む・・、分かった』
「ありがとう」

二、三歩離れたところに立つ殿下に向き合うと、殿下はクロウの声が聞こえなくとも俺が返した言葉で俺がこれから話す事を察しているのだろう。
寂しそうな表情を浮かべ、それでも僅かに微笑んで向き合ってくれた。うーん、ほんとに綺麗な顔してる。

「殿下」
「アルブレヒトと」

声を掛けたらそんな返しが来る。いやいや、ここにいるの身内だけじゃないし。
平民が王弟殿下を名前で呼ぶなんて不敬で捕まるだろ。

「殿下」

もう一度呼びかけると、国で二番目か三番目に偉いこの人は子供っぽくプイッとそっぽを向いた。
はあー!?
なんだその態度。
三十幾つかの大人のする事じゃないだろ。

「私の名前は”殿下”ではない。殿下と呼び掛けて視線を返すのは私だけではない」
「それはそうですけど」

一応俺は王弟殿下を”殿下”、王子には”王子殿下”って呼び分けしてたんだけど。やっぱり継承呼びは気に入りませんか。
チラリと未だベッドに座る王子”殿下”に視線を向けると、彼は驚愕の表情で自分の叔父を見つめていた。
彼にしてみれば王弟殿下は自分を可愛がってくれていた叔父で、更に今回病気を治した俺を連れて来た功労者で恩人と言ったところだろう。そんな尊敬に値する叔父上が俺に対してはこんな態度だ。驚きもするだろうし、なんならちょっと敬意が薄れても不思議じゃないと思う。
そこから視線を移して侍従長を見れば彼はにっこりといい笑顔を俺に向け、こくりと頷いた。
いや、頷かれても。

「ハルカ」

殿下に視線を戻すと、真剣な顔で呼び掛けられる。
というか、無言の圧力だなこれは。
なんでそんなに名前で呼んでほしいかな。
まあ、ここを出たら二度と会う事も無いだろうし、不敬罪にならないなら名前くらい呼びますけど。

「アルブレヒト様」
「ああ」

なんだその笑顔。
たかが名前呼びでそんなに嬉しいの?
悲壮な顔されても困るけど。

「俺、帰りますね」




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