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40 捧げる相手2。アルブレヒト

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魔獣が消滅した後も震えが止まらない小さな身体を抱きしめる。
私を呼ぶ声さえ満足に出ない程に怯えたハルカに、安心させるようにゆっくりと話し掛ける。


「よく叫ばなかった。えらかったぞ」

「・・それは、声が出なかっただけで・・・」

「それでも、あそこで大声でも出されていたら魔獣が更に興奮していたかもしれない」


少しずつ呼吸の整ってきたハルカの頭を撫でると、照れたのか気恥しそうに俯いた。
サラサラの髪をもうひと撫でし、魔獣の穢れの始末をする部下の様子を見る。
一際黒く焦げたその真ん中に深紅の魔石が落ちている。
Dランクの獣にしては大きな魔石。
それだけ強い闇に侵食された証だ。
年々魔獣が大きく、現れる頻度が高くなっている。
最初は気のせいかと思っていたが、報告書の数を見る限りそれは事実のようだ。
他国でそのような噂は上がっていない。この国だけだ。
数百年スタンピードが起こっていない、奇跡の国と呼ばれるこの国で何かが起ころうとしているのだろうか。
部下が魔獣の闇に侵され焦げた跡に聖水を撒き、一応の浄化をする。
表面上は綺麗になったが、これだけでは完全な浄化は出来ず、神官に依頼してこの土地を浄化させなければ僅かに残る闇からまた魔獣が生まれてしまう。
一連の作業を見ていると、ハルカの顔もそちらに向いているのが分かった。


「・・・魔獣が死んだ場所はどうしても穢れが出やすくなるから、ああして聖水で浄化するのだ」

「そうなのですね・・・」


騎士や冒険者といった直接魔獣に相対する者であれば一般的な知識を、ハルカは知らないようだった。
魔獣に負わされた傷は聖水では浄化しきれず、神殿で聖魔法使いに浄化してもらわなければ魔獣化するか命を落とすか。
私もあの森で一度は死の覚悟をした。
今回は日数が少なく深部に入らないと決めていた為装備はいつもより軽めとはいえ、一応は何があっても帰還できるよう準備を整えたつもりでいたつもりだった。
しかし、遭遇した魔獣は想定より強く狡猾で、我々を子供のように嬲った。
辛うじて日が落ちる前に部下を逃がし、結界を張った。
そこからの記憶は無い。
明け方に目覚め、目に飛び込んできたのは見た事もない黒い瞳。
そこそこ離れていたというのに、あの瞳に視線が吸い込まれた。
しかし一瞬だけ合ったと思った視線はふいっと逸らされ、その人物はすぐに目の前から消えた。
追いかけようと立ち上がったが、その瞬間に昨夜の自分の状態を思い出し、自分が何の痛みもなく立てたことに驚愕した。
昨日魔獣に裂かれた傷は浅くはなく、数日放置した場合には死に至るような傷だった。
結界を張り、尽きかけた魔力が回復したら夜明けを待って部下に連絡を取り自身を回収してもらおうと思っていたのが、それがどうだ。
濃厚だった闇の気配は綺麗に消え、痛みさえない。
思い至るのは先程の人物だが、すでにその気配は無く、諦めて魔力切れを起こし機能しなくなっていた通信具に魔力を流し部下に連絡を入れた。
大袈裟に心配されたが、昨日対峙した魔獣は少人数でどうにかなるものではないと援軍を待っていたところだったらしい。
必要無いと断り、警戒しながら森を出ると先程対応した部下が泣き笑いで迎えたのに苦笑で応えた。
まさかそこであの青年に再会するとは思わなかったが、その黒く輝く瞳に映る自分を見た瞬間ドクリと鳴った心臓に、これが『運命』かと堕ちた自分を感じた。
添い遂げたい相手などおらず、王子の称号を返還する時に切ってしまおうと思っていた髪を、彼に捧げたいと。


ハルカは不思議な青年だ。
元より、稀有な色を纏うその姿や神獣様と共にいるというだけで充分普通ではないのだが、自然に大人と子供を行き来するその態度に、本来の彼がどういう人物かを掴みかねている。
ただ、基本的に素直なのだろうと思う。
無表情に毅然と拒否を告げる顔は息を吞む程に美しかったが、驚いた顔や困惑した顔は可愛らしいとしか言えなかった。


今もそうだ。
初対面の時にはあれほど警戒していたのに、なかなか出てこない彼を心配して見に来てみれば、初めて入る部屋の浴室で無防備に眠っている。微かな微笑みさえ浮かべて。
その肌は透き通るほどに白く、お湯につかった部分だけが薄紅色に染まっている。
華奢だと思っていた肢体にはしかし身体に見合った筋肉が綺麗に付いていて、他に比べて少し発達している胸筋と上腕筋は何かの鍛錬の成果のように見えた。
腹筋は薄い。腰は引き締まって細く、そのラインに触れたいと思ってしまった。


「・・・」


これは劣情だ。
白い肢体の中、わずかに色のある乳首や、今は太腿や薄い茂みに隠れたものに触れてその身体を暴きたいという、汚い男の。


「ハルカ」


声を掛け、その頬に触れようとしたその時。
浴槽の淵に掛かっていた腕がパシャンと落ち、それに支えられていた身体がズルリと湯の中に落ちていく。


「っ!」


慌てて脇の下に腕を入れ、顔が落ちるのを防ぐ。
ここまでしてもハルカは目を覚まさない。
これ以上このままにはしておけない。
さすがに苦笑して完全に力の抜けたハルカを湯の中から抱き上げた。
脱衣所の長椅子に寝かせて身体を拭いている間も目が覚める様子はなく、このままでは風邪を引かせてしまうと寝間着を着せようとしたのだが、腕を取り袖を入れようとしたところでハルカが「うーん…」と身じろいだ。

起きるか?

ゆっくりと腕をはなすと、身体の前で腕を抱き込む。
少し眉が寄っているのを見れば、湯から上がってそれほどは経っていないが寒いのだろうか。
寝間着を着せるよりもこのまま寝かせてしまった方がいいかも知れないと、もう一度、軽い身体を抱き上げベッドへ向かった。
裸身を寝かせ、掛け布を掛けるとホッとしたのかうっすら笑顔を浮かべる。
・・・この無邪気さを見てしまうと、流石に手は出せない。
風呂での光景に多少疼きは残るが、このまま気持ちよく寝かせてやりたいと思う気持ちが勝った。
自分を汗を流し、ハルカの隣に横になる。
すぅすぅと安らかな寝息をたてて気持ちよさそうに眠っているハルカの額にかかる髪をよけて唇を寄せ、おやすみとそこにキスをした。
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