聖女じゃないのに召喚された俺が、執着溺愛系スパダリに翻弄される話

月湖

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39 捧げる相手1・アルブレヒト

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※33話降の王子様視点です。




少年と二人、プルームに乗り走らせる。
プルームは力のある馬だ。頑張ってくれるだろう。
慣れない馬にバランスを崩して落ちないようにと、抱いた身体は私よりも二回りは細く頼りない。
こんな身体で危険な森にいたのかと思うと、今更ながらに肝が冷える。
しかしそれで自分は助けられたのだと思うと神の采配に苦笑しか湧いてこない。
まったく、有り難いやら情けないやら。

最初は様子を見てゆっくり目に走らせていたが、日暮れまでに城に到着する事を考えれば早々ゆっくりもしていられない。
少年を強く抱き、少しだけ急ぎ目に走らせる。
プルームは替えのきかない馬だから全速力で走らせる訳にはいかないが、それでも十分に速い。
途中で少年に怖くないかと尋ねると、怖いと言いながらも直後に大丈夫だと健気な答えが返ってくる。
見た目だけではなく、中身も可愛らしい。
しかもなんだかいい匂いがする。
少し甘くて、でも令嬢達のように強くない、こうして密着して初めて香りを感じるくらいの控えめな。
それほど詳しいわけではないが香水ではないような気がする。
だとすれば石鹸の香りになるのだろうが、市井に出回る安価の石鹸には香料などは殆ど入っていない筈。
では・・・この甘い香りは彼自身から香るものか?
すうっと、すぐ目の前に跳ねる髪の香りを吸い込む。

・・・ロナール、そんな変態を見るような目で私を見るな。確認していただけだ。

側近の冷たい視線に、少しだけ顔を上げると微かな香りは感じなくなってしまった。
代わりに少しだけ少年を抱く腕の力を強くした。
すると少年はくっつき過ぎては馬の制御はしづらいだろうと、尤もらしい事を言いながら身動ぎ、出来るだけ私から離れようとする。
そんな態度に、出会ったばかりで仕方ないと分かっていても信用してくれていないのかと寂しく思う。
苦笑しながら「ぴったりくっついていてくれた方がバランスを崩した時に助けやすい」などと適当な理由で断ったのを、隣で見ていた側近が呆れた目で見ていた。
彼は大陸では珍しい獣人の血を引く者で、普通の人間よりも遥かに耳が良い。
いいじゃないか、ちょっとくらい。
くっついてた方が何かあった時に気付きやすいのは事実だろう。

ここから暫くは平和な道だ。
少し行けば獣や魔獣が出てくる深い草原に入るが、それまでは少年と親睦を深めたい。


「そういえば名前も聞いていなかった。教えてくれるだろうか?」

「ハルカ・ツヅキです」


ハルカ・ツヅキ。
不思議な発音の名前だ。
ハルカはこの国の者ではないのかもしれない。
似たような発音の名前を知ってはいるが、そんなまさかとその考えは頭の隅に追いやった。
口の中で彼の名前を繰り返し、ツヅキは難しいなと名前で呼んでもいいか尋ねると「はい」と頷いてはくれたがそっけない返事が返ってくる。

それからも

「私はアルブレヒトだ。名前で呼んでくれ」
「・・・アルブレヒト殿下」
「ハルカの歳は?随分若そうだが」
「26歳です。あと半年程で27歳になります」
「好きな食べ物は?」
「果物、とか」
「では嫌いなものはあるか?」
「特には・・・ああ、生臭いものは苦手です」
「趣味は?」
「・・・読書?」

質問をすれば答えが返ってくるが、そのどれもが簡潔でかつ素っ気ない。
これには苦笑しか浮かばない。
今まで接してきた者の多くは、愛想笑いを浮かべながら媚びてきたのに、ハルカは一切それが無い。
出来るだけ私と関わりたくないという雰囲気を隠さない態度に、興味をそそられてしまう。
その力と容姿に惹かれ始めているのを自覚していたが、中身まで可愛らしいとくれば逃がすという手はないだろう。

「恋人とか、婚約者はいるのか?」
「今はいません」
「・・・そうか」

今は、というところに引っ掛かりを覚える。
それは前はいたという事で、ハルカに以前とは言え相手がいた事に胸の中がざわつく。
分かっている。
これは醜い感情だ。
だが、今はそれを表に出すべきではない。
これ以上の警戒はされたくいない。






そして草原を暫く走った時、やはりというかそれは来た。
森で対峙したものより大分小さい。
おそらく元はロックボアだっただろう魔獣。
彼らの住処はここから北の岩場が主だというのに、魔獣化でそれも忘れたか。
Dランクの小物に焦る部下はいない。
がしかし、ハルカは違ったようだ。


「っ団長!来ます」


部下の声に華奢な身体がビクリと震えた。
そんな様子に、迷い込んだだけだとしてもあの森でよく生き延びられたなと、後ろを付いてくる神獣様に感謝する。ハルカ一人だけでは今頃どうなっていたか。
震えが治まらない身体に、大丈夫だと、安心させるように腕の中に閉じ込めた。
部下が難なく魔獣の眉間を切り裂く。
そのまま放っておいてもこの魔獣は消滅しただろうが、どうせ後始末をしなければならないのなら早めにハルカの恐怖を取り去ってやりたい。
自分を抱いている所為で武器が取れないと心配している彼に、出来るだけ優しく話す。


「大丈夫だ。ハルカはちゃんと私に掴まっていなさい」


怖いのはすぐに終わるから。



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