聖女じゃないのに召喚された俺が、執着溺愛系スパダリに翻弄される話

月湖

文字の大きさ
上 下
32 / 65

32 不思議な少年・アルブレヒト

しおりを挟む
近くで見れば、小柄な少年は成人には程遠い、せいぜい20歳そこそこの子供に見えた。
なのに、その眼だけは全く年相応ではない、強いもので。
真っ黒な瞳が私を拒んでいる。
私の身分を知っても、いや知った事で更に視線が強くなった。
口調で、空気で、全身で私に関わることを拒んでいる。
それでも少しの歩み寄りを見せてくるのは神獣様の為か。

少年の服装はシンプルなシャツとパンツに、足首を隠す程の長さしかないブーツ。そして走ったせいか今は完全に落ちているが頭を覆うフード付きのマント。平民の低ランク冒険者が採取に行くのと同じような格好だ。
恰好だけなら、どこにでもいる平民の子供。
日を浴びて艶やかに光る黒髪と、どこの令嬢令息よりも白い肌は完全にそれを裏切っているが。
それに、彼はどこで習ったのか高位の者に対する言葉遣いが出来ていた。
慣れた口調は平民の子供がちょっと気を遣って喋っただけとはとても言い切れないほどで。
服装を変えればどこぞの貴族と言われても頷くだろう。
私の立場を知るや否や言葉遣いを変え理由が出来たとばかりに拒絶する彼が、どこから来て何のためにここにいるのか、俄然興味が湧く。

神獣様の為にと嫌々ながらも話をしようと言ってくれる少年は、物怖じする事なく王族である私に条件を突き付けてきた。
側にいた騎士は王子に何たる口をなどと憤っているが、こちらも話したい事や聞きたい事が多くあるのだ。
まさか命をなどとは言われまいし、吞める条件なら受け入れよう。

そうして、出された条件はふたつ。


彼等の事を詮索しない。

彼等を拘束しない。


たったそれだけ。
本当に?
それだけでいいのか?
ならばと王に会ってもらえるのかと聞けば、自分は平民だからと平民らしからぬ口調で断ってくる。
そのくせ王子の私の前で頭も垂れない。
面白すぎる。
自分の顔がだらしなくニヤけていきそうで、意識をして顔に力を入れた。


さて、王城に行くことは了承してくれた。
問題はその移動手段だ。
検問所に馬車など常駐していない。
東の森はその危険度から一般市民の出入りは規制されている為、市民の足である乗合馬車もこの付近では走らない。
一番近い停留所でも歩きでは1時間以上掛かるし、更に言えば夕方も近いこの時間では王都行きの最終馬車には間に合わない。
何故ならここから王都へは馬で早掛けしても半日掛かる為、最終の時間は昼直後に設定されているのだ。
もっとも、彼を乗合馬車になど乗せるつもりはないが。


「馬には乗れるか?」


体格的に一人で乗るのはまだ難しいだろうなと思いながら訊くと、案の定乗れないと返された。
無表情だった顔が困惑に僅かに歪む。
表情が戻ると幼さが増した。
本当は何歳なのだろう。
・・・一緒に過ごす時間があれば、少しは心を開いてそういった事も教えてくれるだろうか。
これは私にとっての好機。
多少強引だったと自覚はあるが私の馬に相乗りさせることを決め、部下に馬を連れてくるように指示をした。
馬を呼ぶために使った通信具に興味を持ったらしい彼に、名目は正面で見せる為と後ろから抱き込んだ。
逃がさない為、というのも多少あるが。
すっぽりと腕の中に入ってしまう華奢な身体に、思わずそのまま抱きしめてしまいたい衝動に駆られるがそこは精神力でグッと堪える。
腕の中の彼を気にしながら通信具の説明を始めるも、どうやら単に珍しかっただけかそこまでの興味は無かったようだ。
それでも所々で相槌を打つのは一応の知識として聞こうとしているのかただ単に人が好いのか。
無防備に私に腰を抱かれたままじっとしている。
やがて一通りの説明が終わる頃、私の馬を伴って部下がやってきた。
すると、わかりやすく少年の表情が変わる。
驚いた表情で私の馬、プルームを見ている。
すり寄ってきたプルームの鼻先を撫でていると、少年はすぐ傍に座っている神獣様に顔を向け、何やら話しているようだ。やはり彼は神獣様と意思の疎通が出来ているのか。
何やら眷属とか聞こえてきたが、プルームの事だろうか。
この子は数年前に森に入った時、狩人か冒険者が放ったのだろう弓が背中に刺さっていたのを助けてそのまま連れてきたものだ。
伝説級に珍しい一角馬。天馬とも言われるが伝説にある羽は無い。
人には懐くことはないと言われていたが、怪我をしていたのを助けたからか私にはよく懐いている。
そのプルームが私の腕の中にいる少年を気にしている。
少年もプルームに目を向け、視線が合うとその目元が緩んだ。


「さわっていい?」


少年がプルームに尋ねるとプルームがぱちぱちと瞬きをした。
まさか、プルームとも繋がれるのか?
しかし、私が話し掛けた時のように擦り寄ってはこない。
それでも少年は「さわるぞ?」と手を上げてくる。
大丈夫なのか?
プルームに触れる前に手を掴んで一応止めると、嬉しそうに下がっていた眦が素に戻り、私をじろっと見つめてきた。
いや、別にプルームに触るなとは言わない。
言わないが。


「・・・プルームは少し気難しくて私以外には懐かないのだが・・・プルームが触れても良いと言ったのか?」


そう言うと、少年が少し残念そうに「すみません」と謝ってくる。
ダメでは無い。
しかし、プルームは本当に私以外には懐かず、騎馬の世話で慣れている筈の厩舎の職員ですら最初は難儀していたのだ。
私が一人一人敵ではないと教えてやっと世話をさせるようになった程。
嘘や悪意にも敏感で、そうしたものは悉く嚙みつかれたり蹴られたりしていた。
だから一応止めたのだが、


「あまりにも綺麗な子なので、触ってみたいなと・・・。よろしいですか?」


上目遣いで懇願する黒曜のなんと蠱惑的な事か。
一瞬言葉に詰まる。
だが、確認しない事にはこの手は放してやれないのだ。
万が一にも怪我など負わせたくない。


「プルームと会話が出来るのか」


そう訊けば、神獣様が良いと言ったと返事が返ってきた。


「そうか」


プルームとは意思の疎通は出来ないが、神獣様とは出来ると、そう言う事か。
触れる許可を出すと少年は嬉しそうにプルームを撫でた。


「可愛くて、頭がいい子なんてお前最高じゃん」


大人しく撫でられているプルームに、私には向けられなかった笑顔を向ける。
可愛いのは君だ。

動物に慣れているのか、プルームは気持ちよさそうに撫でられている。
暫くして、満足そうな顔で「ありがとうな」とプルームに笑い掛ける少年に城に帰還しようと声を掛けると、優しい笑顔は瞬く間に消えてしまった。
プルームに跨りながら内心苦笑する。
そこまであからさまに表情を変えなくても。
王族として、騎士団長として厳しい処分を下すことはあるが、私は一応悪人ではないつもりだ。
城まで数時間の道すがら、少しは心を開いてくれると嬉しい。
まずは、名前を聞かなければ。
馬に慣れない少年を後ろから抱き締めながら、どう話を進めれば私にも笑顔を見せてくれるか、夜会の令嬢の前でさえ考えなかった事を考え始めた。

しおりを挟む
感想 27

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい

戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。 人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください! チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!! ※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。 番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」 「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824

中身おっさんの俺が異世界の双子と婚約したら色々大変なことになった件

くすのき
BL
気がつけばラシェル・フォン・セウグになっていた俺。 ある双子を庇って負傷した結果、記憶喪失になった呈でなんとか情報収集しつつ、せめてセウグ夫夫の自慢の息子を演じるよう決意を新たにしていると、何故か庇った双子が婚約者になっていた。なんとか穏便に婚約破棄を目指そうとするのだが、双子は意外と手強く色々巻き込まれたりして……。 1話1笑いならぬ1くすりを極力自らに課した異色のコメディーBLです。 作中のキャラの名前ですが、名前・●・苗字の、●の部分はちょっとした理由により兄弟であっても異なっておりますのであしからず。 イイね!やコメント頂けると執筆の励みになります。というか下さい!(直球)

いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう
BL
 オメガバース。世界で男女以外に、アルファ・ベータ・オメガと性別が枝分かれした世界で新たにもう一つの性が発見された。  世界的にはレアなオメガ、アルファ以上の神に選別されたと言われる特異種。  バランサー。  アルファ、ベータ、オメガになるかを自らの意思で選択でき、バランサーの状態ならどのようなフェロモンですら影響を受けない、むしろ自身のフェロモンにより周囲を調伏できる最強の性別。  これは、バランサーであることを隠した少年の少し不運で不思議な出会いの物語。  裏社会のトップにして最強のアルファ攻め  ×  最強種バランサーであることをそれとなく隠して生活する兄弟想いな受け ※オメガバース特殊設定、追加性別有り .

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(10/21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。 ※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜

N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。 表紙絵 ⇨元素 様 X(@10loveeeyy) ※独自設定、ご都合主義です。 ※ハーレム要素を予定しています。

その捕虜は牢屋から離れたくない

さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。 というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。

処理中です...