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前編

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   ある世界に『ティーラン』と言う、まだ、歴史の浅い小さな王国がありました。『ティーラン王国』には、王子様とお姫様がいました。

   お姫様の名前はアリス・ラメ・ティーラン

   絶世の美女を母に持つ、母親にの美しいお姫様でした。彼女は小国の姫でありながら多くの国の王子様や貴族様から求婚を受けていました。けれども、彼女は20歳になった今、婚約者もいない。浮いた話一つ無い、お姫様でした。

「ねぇ、ルイ。  私と駆け落ちしましょう?」

「えっ!?   ええぇぇえええ!!!」

   この話はそんなお姫様と従者である─  ルイ・ブリースの恋のお話。



─────────────────────


   私には前世の記憶がある。
   アリスは大きな鏡台に映った己の顔を見て、思わず顔を顰め、ため息をついた。

   アリスの前世は、メンクイで惚れっぽく、ドルオタである所を除けば、至って普通の平凡な女子高生だった。

   でもまあ、そんな日々も、寝ぼけて足を滑らせて転倒した事で、あっけなく終わってしまった。

   馬鹿だなぁ·····自分。
   心の中でそう思いながらアリスはまた一つため息をつく。

   今、アリスがため息をついた理由は二つあった。一つは勿論、前世の自分に対してだが、もう一つはまた別の所にあった。

   と、いうのも·····そんな『春野  菫』こと、アリス・ラメ・ティーランがいるこの世界は、前世とは人の美醜感覚が逆転した世界だからだ。

   アリスは、この国のお姫様であり、それでいて美しい。そのため求婚者は後を絶たない·····けれど。

   アリスの美的感覚は周りの感覚は全く持って逆であった。

   前世はドルオタのメンクイだったアリスにとって、求婚してくる貴人は皆、不細工にしか見えない·····。

  折角、生まれ変わりお姫様になったのだから、かっこいい殿方と運命のような恋をしてみたい·····と、アリスは思いをめぐらせ、頭を悩ませていた。

   アリスはまた鏡を見た。

   ··········。この顔が美人?

   ふっ、とアリスは鼻で笑った。何度見ても、どう考えても、アリスにとって、自身の顔は、前世で言う不細工に他ならなかった。


───────────────────


   アリスはお姫様だ。
   もうそろそろ、20歳になる。

   お姫様には人生でなし得なければならない課題がある。いや、その為に今まで、高度な教育と豪華な生活が送れていたと言っても過言ではない。

「いくら何でも多すぎよ·····」

   アリスは、机の上に乗せられた大量の手紙を死んだ目で見る。

   その大半がアリスを口説く手紙であり、『結婚』と言う二文字が頭の中を駆け巡る。

   そして、今日もアリスはいつものように手紙を読み、返事を返すだけで日の大半が終わってしまう·····。

   異世界にお姫様として転生したと気づいた時に、自分が想像していた未来とは随分違ったものだ·····と、アリスは、手紙をくれた人の顔を思い出して嘆く。

  イケメンに囲われるはずが寄ってくるのはブサメン·····

   そして、私もその一人·····

   アリスは今日何度目かのため息をついた。


   コンコンコン

   部屋の中に、ノックの音が響く。アリスが許可を出すと一人の青年が部屋に入ってきた。

   彼の名前はルイ・ブリース。一年ほど前から私の従者として仕えている。一言で語るなら陰湿な男だ。

「ルイ?  どうかしたの?」

   アリスはルイの分厚いメガネと前髪で隠された目を見るように視線を向け、首を傾げた。

「ひ、姫様。 その、レスト様が来ておりまして·····」

   レスト様·····それはアリスの婚約者候補の最有力者の一人。週に一度、こうしてアリスの元へ通う、気の良い青年だ。

「そう·····。レスト様が·····」

   アリスそう言うと顔を俯かせた。その様子にルイは首を傾げる。

(なんか·····あまり嬉しそうじゃないな·····)

   レスト様と言えば、家柄よし!顔良し!性格よし!の三拍子。それにとても紳士な人だったように思う。姫様も、他の候補者達とは違い、レスト様とは普通に話すのを何度も見たことがある。

  だから、城の者は皆、姫様はレスト様に興味があると、そう思っている。

   身分は低く、顔は不細工、性格も良いとは言えない僕とは正反対のお方だ·····。

   余計な事を考えてしまったと、ルイの口から少しだけ苦笑いがもれた。


「今日は、体調が優れないので、またの機会に·····と、言ってくれないかしら?」

「分かりました」

   ルイは疑問を抱きながらも、そう言って腰をおる。


   一方でアリスはと言うと、先週キッパリとレスト様の事を振ったのを思い出して、気まづく思っていた。

(嘘をついてごめんなさい·····)

   次にもしレスト様が来た時は、仮病など使わずにきちんとお話しよう!そう心に決めて、アリスはルイに話した。


「し、失礼しましたって、うわっ!」

   ルイが顔を上げ、部屋から出ようとした時。ルイがその場で足を絡ませてこけた。ドンッ!と、思いっきり床とキスする事になったルイにアリスは慌てて駆け寄る。

「ルイ、大丈夫?」
「え、あっ!はい!大丈夫でふ!」
「なら、いいのだけれど·····」

   実はルイがアリスの前でコケるのはこれが初めてではない。アリスは眉を下げ困った顔をしながらも、ルイに手を差し出す。ルイらそれに恐縮しながらも顔を上げた。

   その瞬間。見開かれるアリスの目。顔には驚愕が浮かんでいる。そしてその後、状況を理解したルイの喉が小さくなり、顔がみるみるうちに青ざめていく··········。


   ルイの足元に転がったメガネがキラリと光った。

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