この婚約破棄は運命です

朝比奈

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二度目の人生

【閑話】

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『名前』クリスティーナ視点



「フィンセント・マースリー」

   自分以外誰もいない密室で、クリスティーナはポツリその名を呟いた。

   フィンセント・マースリー

   伯爵家の次男で私の婚約者。
   金髪のイケメンで性格も良さそう。

   でも、それだけじゃない。

   その名を呟くたび、顔を思い出す度、不思議な感情に心を揺さぶられる。嬉しいような悲しいようなそんな感情。

「フィンセント・マースリー·····。  ·····フィン」

   ふと、相性で呼んでみたくなって、誰も居ないその空間に向かって、名前を呼んだ。

───フィン?


   何故かしっくりとくるその呼び方に、クリスティーナは首を傾げた。

   どうして?  私は、フィンセント様のことを相性で呼んでいたのかしら?

   クリスティーナの記憶が無いので自分では分からないけれど、もしかしたら·····と思い、クリスティーナは今度聞いてみようと心に決める。

「フィン·····」

   もう一度だけ、その名前を呼んでみる。

   何故だろう、ただ名前を呼ぶ、それだけの事で、少しだけ幸せな気持ちになれるのは。




─────────────────────
『寝言』  クリスティーナの父視点


   クリスティーナが事故に会い、目が覚める何日か前。フィンセントの熱意に負けたクリスティーナの父が。娘、クリスティーナの元に婚約について話をしに行った時の話だ。


「───て·····ないで、一人に·····しないで·····」



   クリスティーナの父が部屋に入ると、クリスティーナが泣きながら何かを呟いていた。最初は、クリスティーナの意識が戻ったのかと思った。

   しかし、意識が戻ったわけでは無かった。

   何か、悪夢でも見ているのだろうか。クリスティーナの父は心配になって、クリスティーナに駆け寄った。

   そして、クリスティーナが苦しそうに呟いた言葉を聞いた。


「───置いていかないで、私を、一人にしないで·····お父様、お母様、フィン·····」

「!」


   クリスティーナは寝ながらも、泣いていた。
   なにかに怯えるように身を縮めて。

「クリスティーナ、大丈夫だ、大丈夫。」

   出来るだけ優しく、娘が安心できるように、男爵はクリスティーナに声をかけた。


   ──しかし。

   寝言は無くなったものの、クリスティーナはなにかに魘されていた。

   こんな状態の娘を見たことがない男爵は、どうしたらいいのか分からずただ、手を握ることしか出来なかった。


   と、その時。


「フィンセントです、入ってもよろしいでしょうか」

   ノックの音ともに聞こえてきた声。


   男爵が返事をする前にフィンセントが、クリスティーナの部屋に入ってきた。

「あ、すみません·····、(クリスティーナ以外に)人がいるとは思わず」

「い、いや·····」

「クリスティーナの様子はどうですか?」

「相変わらずだ、フィンセント君、いつもありがとう」

「いえ」

   それからは、取り留めのない話をしたように思う。今はもうあまり覚えていないが。

   だが、一つだけ印象に残っていることといえば、フィンセント君の声が聞こえた瞬間、クリスティーナの呼吸が心なしか穏やかになった気がした事だ。


   そう言えば、私たちの次に、クリスティーナは、フィン·····と、呟いていた。

   フィンとは、もしかして、フィンセント君の、事なのだろうか。


   だが、クリスティーナはフィンセント君のことを遠ざけていたように思う。

「婚約の話を進めようか·····」


   この時聞いたクリスティーナの寝言になんの意味があるのかは分からない。けれど、クリスティーナがフィンセント君の事を本気で嫌っているわけじゃない事と、フィンセント君が本気でクリスティーナの事を思っていることは分かる。

   ならばと、男爵は、手紙を書いた。


   数日後、フィンセントはクリスティーナの正式な婚約者となった。



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