自宅の鍵を失くした魔王が合鍵を取りにダンジョン攻略する話~ツンデレの友人を添えて~

千間井鰯

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12.良かったんだよ

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『私は、君とダンジョン攻略したいんだ』
 熱の籠った視線と共に、投げかけられたその言葉は、ヘルトルの心臓に深く刻み込まれた。
 シェルムトートがどんな思考回路を経て、ヘルトルを連れ回しているかなんて、分からない。それでも、たとえ暇つぶしの玩具のような扱いをされても構わないと思うくらいには、その言葉に絆されてしまった。

 だというのに。

「……一日も経たずして、前言撤回ですか」
 自身の喉から恐ろしく低い声が飛び出ても、ヘルトルは驚かなかった。当然だ、とすら思う。
「ヘルちゃん?」
「どうなされたのですか」
 ぼそぼそと地を這うような呟きは、シェルムトートとクーアラインには聞き取れなかったようだ。それでも、ヘルトルの機嫌が一気に悪くなったことは分かったのか、シェルムトートはただじっとこちらを窺っている。だがそれすらも、今のヘルトルには腹立たしく感じられる。
 小さく息を吸って、吐く。そうして、表面上は落ち着きを取り戻したところで、ヘルトルは俯いていた顔を上げた。
「行きます」
「え?」
 ヘルトルの平坦な声に、シェルムトートが聞き返す。彼が聞き逃すことがないように、ヘルトルはゆっくりと、丁寧に、自分の意志を述べた。
「ダンジョン攻略、俺も行きますから。――構わないということは、別に中に入ってもいいってことですもんね?」


 直際に、止められたわけではない。だが、事あるごとに「体調は大丈夫か?」やら「疲れてないか?」やら尋ねられ、暗について来るな、と言われていることは明白だった。
 ――邪魔なら邪魔ってそう言え!
 気を使われながらの拒絶に、ヘルトルは着実に苛立ちを積み重ねていった。

 数日かけて、徒歩と飛行で交互に移動し辿り着いたのは、国の内陸部にある大きな町だった。王都とはまだ距離があるものの、交通の要所となっている場所だからか、とにかく人が多い。
 今回の目的地である森のダンジョンは、町から一時間ほど歩いた場所にある。前回と同じく、ここで粗方の道具を揃えていこう、とのことだった。

「防具だ」
「はい?」
 町に着くなり、シェルムトートは真剣な声色でそう言った。突然何だと言うのだろう。訝しげにするヘルトルに、シェルムトートはさらに言い募る。
「上から下まで厳重に守る、防具が必要だ」
「そりゃ、守りは大事ですけど……前回買いましたよね?」
 ヘルトルは自身が身に着けている防具を指差す。それに、自分は半不死なのだから、身軽さを重視した方がいいとシェルムトートは言っていたように思うのだが。ヘルトルも素早い動きで相手を翻弄することの方が得意なので、シェルムトートの言葉に乗っかり、軽装備を整えたのだ。
「今回のダンジョンはそれで済む問題じゃないんだ」
 シェルムトートが困ったように顔を歪めるので、ヘルトルは瞑目した。
 森のダンジョンに行くと決めてから、シェルムトートの様子がおかしい。ヘルトルのことを遠ざけようとするのは勿論のこと、異様に慎重さを見せたり、口ごもる回数が増えたり、急に顔を赤くしたり青くしたり。はっきり言って、挙動不審だ。
 まさか、シェルムトートが恐れるほど、危険なダンジョンだと言うのだろうか。
「じゃあ、どういう問題なんですか」
 ヘルトルは何気ない風を装って、探りを入れる。すると、シェルムトートは何かを言おうと口を開き、――閉じた。もごもごと引き結んだ唇の中で、不明瞭な音を奏でている。
 ……怪しい。怪しすぎる。
 これは、ヘルトルにとって都合の悪いことを隠しているに違いない。問い詰めようと、口を開いたが、
「ヘルトル殿。それ以上は勘弁してあげてください」
 気の毒そうな顔をしたクーアラインに止められてしまった。しかし、溜飲の下がらないヘルトルは攻勢の手を緩めることはない。
「これから行くダンジョンのことを知りたいと思うのは当然では?」
「それは……確かにそうなのですが……」
「それに、防具を全身分買おうとすると、結構値が張りますよね?」
 ――それでもなお、必要とする理由は?
 クーアラインが、シェルムトートをちらりと見る。クーアラインは恐らくだが、森のダンジョンがどういったものなのかを知っているのだろう。でなければ、『勘弁してあげてください』なんて言葉は出てこない。それでも、クーアラインが詳細を伝えようとしないのは、主であるシェルムトートを慮ってのことだというのは容易く予想がついた。
 故に、クーアラインは今、視線で話しても大丈夫か、という許可をシェルムトートに求めているのだろう、とヘルトルは当たりを着ける。
 ヘルトルはシェルムトートがどういう仕草をするのか、じっと観察する。答えによっては、タダじゃ置かない。そんな思いを込めて。
 シェルムトートはヘルトルの厳しい視線に気がついているのか、表情が強張っている。そして、しばしの間、視線をうろうろとさせた後、――静かに首を横に振った。
「申し訳ございません、ヘルトル殿……私の口からはお伝えすることができません……!」
 よし、しばこう。ヘルトルは、心の中で一つ、頷いた。

「ここまで防御を固めれば、大丈夫だろう」
 安堵したようにふう、と息をつきながら、シェルムトートは髪をかき上げる。
 結局、ヘルトルは二人に思惑を聞き出せないまま、無理やり防具屋に連れ出された。大きい町であるためか、内装は他の町の防具屋よりも豪華だ。皮や鉄、銅などで出来た鎧や籠手、盾等、豊富な種類の商品が所狭しと並んでいる。
 そんな防具店で、シェルムトートに着せ替え人形にされて三十分。ようやく、納得いく装備を見繕えたようなのだが、

「大丈夫なわけあるかぁ!」

 ヘルトルは思わず叫んだ。両腕を上げてシェルムトートの肩に手を当てると、がしゃんがしゃんと喧しい音が鳴る。
 頭には兜を被せられ、胴体だけでなく、肩や腕、膝などありとあらゆる箇所が金属で覆われている。露出した部位が何一つない、重装備。
 はっきり言って、重いし、暑いし、邪魔である。これでは、戦闘にかなりの支障があるのは間違いない。
 試着していた装備をぽいぽいと手早く脱いでいくと、シェルムトートは見るからに慌てた。
「ああ、なんで脱いでしまうんだ!」
「こんなもん着て戦えませんよ! 俺の持ち味全部殺す気ですか!」
「お、お二方、ここ店内。店内ですから」
 わあわあと騒ぎ立てるシェルムトートとヘルトルを、クーアラインが必死に宥める。カウンターにいる店主は笑顔を保ってはいるが、目に光はない。このままでは追い出されるのは時間の問題だ。
「クーアもいることですし、最低限の急所が守られていれば十分です。前のダンジョン攻略のときに買った胸当てがあるんですから、後は剣を持つ腕を守るための籠手があれば十分でしょう」
「駄目だ、下半身もちゃんと守れ!」
「だから取捨選択しないと重いって言ってるんですよ!」
 クーアラインの悲哀は届かず、五分後、ヘルトルたちは容赦なく、店の中から追い出された。

「くっ……手袋しか買えなかった……」
 防具屋の前で項垂れるシェルムトートをヘルトルは冷たい目で見る。人に強制しようとするからこうなるのだ。というか、防具のことを気にしていたわりには、自分やクーアラインの装備を整えようとはしてなかったのはどういうことだろうか。
 ローブを被った背の高い男がどんよりと重い空気を纏っているためか、町を行く人々の視線がちらちらと突き刺さる。居心地が悪そうに肩をすくめたクーアラインが、二人におそるおそる声を掛けた。
「陛下。とりあえず、防具のことは諦めて、違うものを買いに行きましょう。ヘルトル殿、欲しいものはございますか」
「あ、それなら……武器屋に行ってもいいですかね」
 ヘーレグリフと戦った際に長剣が壊れて以来、ヘルトルは短剣を使っていたのだが、これだけで攻略に赴くのは流石に不安がある。防具屋の商品の充実さを見る限り、武器屋の方も期待できるかもしれない。
 一刻も早く、防具屋から遠ざかりたかったのだろう。クーアラインは「それはいいですね」と手を合わせると、シェルムトートの背を押し、武器屋を探し始めた。

 武器屋は防具屋にほど近い場所にあり、見つけるのに苦労はしなかった。ヘルトルの読み通り、様々な長さ、大きさ、形の剣が揃っており、これならば自分に合った剣を見つけることができるはずだ。
 ぶんぶんと剣を試しに振ってみるヘルトルであったが、その耳に、ふと同じ店内にいる客の会話が聞こえてきた。
「おい、聞いたか。新しい勇者の話」
「ああ。なんでも、えらい強いらしいじゃないか。騎士団長と試合をして、勝ったとか」
「にわかには信じられねぇよな。しかし、新しい勇者が生まれたということは……やっぱり前の勇者は死んじまったのかねぇ」
「そりゃそうだろ。突然失踪したもんで、一緒に旅してた連中や、国の奴らは目ん玉ひん剥いたらしいが。大方、前々回の勇者と同じく、そこらへんの魔族か魔物かに、やられちまったんだろう」
「まあ、いくら騎士団の指導を受けたって、民間人じゃあ限度があるしな。噂じゃ、そこまで強いわけでもなかったらしいし」
「結局、魔王を倒せるところまで行く奴はそうそういないってことだ。でも、今回ばかりは上手くいくかもな。……身分は分からないが、もしかすると元々騎士団所属の奴なのかも」
 口さがない者たちのただの世間話。彼らの予測には根拠がなく、聞く価値もない。それでも、つい耳をそばだててしまうのは、三年も市井を離れていたからだろうか。
 ヘルトルは、この剣も違うな、と持っていた剣を壁に掛けた。柄が太すぎて、持ちづらい。すぐ隣の剣を飛ばして、細身の柄のものを手に取る。
「しかし、あれって本当だったのかね」
 名も知らない男がぽつりと言う。
「なにがだ?」
「前の勇者が、信じられないくらいの美形だったって話だよ」
 ヘルトルは、思わず剣を取り落としそうになった。
「仮面のせいで分かりはしねぇが……まあ、本当だったんじゃねぇの? じゃなきゃ、姫様があそこまで執心するわけねぇよ」
「出立式に出席した奴が言ってたんだろ? 新しい勇者を見送るときの姫様の様子が、全然お祝いムードじゃなかったもんだから、自分が参加してるのは実は葬式なんじゃないかって思ったって」
「あの姫様にそこまで思われるなんて、羨ましい奴だぜ。ただまあ、むしろ姫様にとっちゃあ良かったのかもな」
「なんでだよ?」
「だって、勇者とはいえ、生まれは平民だろ? 恋が実ったとしても、王も貴族の奴らも諸手を上げて結婚に賛成するわけがないし、身分差のある結婚ってのは大変だぜー? 生活においての価値観が違うから、しょっちゅう喧嘩する! この国の歴史を見ても、王族が無理を押して平民と結婚したときの離婚率はバカ高いし。だから良かったんだよ。死んだとなれば、諦めもつくだろ」
 可哀想ではあるけど、と客は半笑いで言った。

「どうしたんだ? ヘルちゃん」
 そんな微妙な顔をして、とシェルムトートが顔を覗き込んでくる。さっきの暗い表情はどこに行ったのやら、いつもの胡散臭い笑みへと変わっている。普段のヘルトルならば、ずいぶんと立ち直るのが早いことで、と皮肉を言うところだが、今はとても、そんな気分にはなれなかった。
「……なんでもないです」
 一言そう告げると、シェルムトートはそうか、とだけ返し、深掘りしてくることはなかった。だが今はそれが、ひどくありがたい。
 シェルムトートが、ヘルトルの手元を見た。ヘルトルは先程まで様々な剣を数秒振っては戻すのを繰り返していたが、今はその手を止め、握った剣をじっと眺めている。
「良い剣は見つかったのか?」
 シェルムトートの問いに、ヘルトルは頷いた。
「これにします」
 飾りっけのない、無骨な柄。照明に照らされて、鈍く光る白銀の剣身。この店でなくともどこにでもありそうなそれが、ヘルトルの選んだ剣だった。
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