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7.一方通行の恋※

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 「レイがベッド使ってええから」

 おかしいなと思ったのはその時だった。
 通い慣れたリクの家に、それでもふたりで帰るのは初めてだったかもしれない。少しかじかむ手で鍵を開けるリクを横で見て、そう思った。

 見慣れた部屋に入れば、吸い込まれるように風呂場に向かう。暖を求めて。
 だけじゃない。
 まず、シャワーを浴びること。綺麗好きなリクの部屋に通うレイの身体に染み付いた癖。順番はいつもレイが先だった。
 「俺、待つの嫌いやねん」
 そう言うリクに「いや、後でも先でも待つんは一緒やん」と返すのはやめといた。ボケでないときにツッコむのは相手を不機嫌にさせるだけだ。

 シャワーを終えて部屋で待つ。見たくもないテレビを点ければ同期が出てた。
 僕らだったらここでどうするやろか。
 想像するとき。自分の未来を考えるとき。「僕」だったらから「僕ら」だったらになったのはいつからだっただろう。そんな風にお笑いスイッチが入りそうになったとき、レイが部屋に戻ってきた。

 まだぽかぽかとあたたかそうな風呂上がりの身体。
 レイはテレビを消す。
 あとはもう、リクに身を委ねる。いつも通り。だったのに。
 「レイがベッド使っていいから」
 「は?」
 思わず間抜けな声が出た。
 「俺、こっちに布団敷いて寝るし」
 そう言って机をどかし始め、どこからか布団を出してきてひき始めるリク。横顔が綺麗だ。
 へー布団なんて持ってたんや。
 変なところに妙に感心してしまう。
 「いや、え」
 「おやすみ」
 「まって」
 電気を消そうとするリクの手に手を重ねてとめる。
 「なに?」
 「え、いや…なに?やなくて…その」
 「なんやねん」
 「せ、せーへんの?」
 「せーへん」
 暗転。「もうええわ」なんてそんな締めの言葉は出てこなかったが、暗転してしまった以上なにもつづけられなかった。
 こんなこと今まで一度もなかった。
 「なぁ…」
 真っ暗闇のなかで。呼びかけても返事はない。
 「なぁって」
 僅かに聴こえる布が擦れる音だけが、そこに人の存在を示す。
 「...飽きたん?」
    暗闇のなかで不安だけが確かにそこにあった。今日、優しかったのは、最後だったからだろうか。煌めく料理は最後の晩餐。
 「...僕とするん飽きたん?」
 返されない問いをつづける。
 「なぁ…僕、なんでもするで。なんでもできるで…。リク...なにしてほしいん?言うてや…なぁって…」
    数時間前まで、自らこの関係に終止符を打とうとしていたことを忘れ、レイは縋った。捨てないでと。ここにいさせてくれと。このやり場のない気持ちの在り処を奪わないでくれと。
 「な…」
 「っさい!」
 呼びかけは遮られる。
 決めたねん。もう決めたことやねん」

 なにを?とは聞けなかった。


   レイが密かに心の内で決めたことを、同時にリクも決めたのだ。推測じゃなく、確信だった。相方だから…わかってしまった。

 レイを取り巻く環境は、リクを取り巻く環境でもあった。スポットライトを眩しいと感じる回数が増えたことはレイだけではなかったのだ。かけられる声援の大きさは隣のリクも感じていた。間違いを正すなら今しかなかった。

 結局、歩み寄るのは相手。
 踏み出したのがレイだったとしても。
 「お前も、終わりにしようと思ってたやろ」
 「...ごめん」
 そして、謝るのはレイ。
 目の前の人影が立ち上がったのがわかった。
 瞬間。
 ベッドに勢いよく押し倒された。
 「抱くな」
 断定された言葉。
 同時に降ってくるキスは、いつもより幾分か優しく、いつもより幾分か苦しい。
 「...っ」
 声を漏らせば舌をいれられる。粘膜がどろりと溶ける。
 シャツのボタンを外され、素肌に触れるリクの指はあたたかい。どこまでもどこまでもあたたかい。なのに。
 「これで最後やから」
 与えられる言葉だけが、冷たい。
 リクの指が胸の突起を掠めて声が漏れそうになるのを、脱ぎ捨てられたレイのシャツを必死で噛んで堪える。行為中のレイのいつもの行動。鼻に抜けるリクの匂いは、行為の匂い。
 胸の突起を捏ねながら、布越しにレイの自身を擦る。既に硬いそれを焦れったく撫でる。しつこい愛撫には慣れていない。
 「...っ、んっ…ふ」
 息だけを漏らし、シャツを噛み締め、首を振る。
 暗闇になれてきたころ。リクと目があっていることを知る。思えば、今までは行為中に目が合うことすらなかった気がする。
 「触ってほし?」
 必死に頷くレイを笑って、下着を下ろすリク。目尻寄るシワ。
 外気に触れて熱が昇る。
 指でゆっくりと後ろを溶かされる。甘く甘く。
 「気持ちようしてやるな。最後やし」
 言葉だけが苦い苦い。
 「んっ…ふ…ぁ」
 リクの自身を埋められ、流れた涙は生理的なものではない。
 「っ…動くで」
 激しく、しかし適確にレイのいいところを突くその動きに、身体を重ねた回数を悟る
 「...っぁ…くそっ」
 何への怒りなのか。尖ったセリフが吐かれ。
 ごめん。
 心で、謝るのは、レイ。

 激しい腰の動きとは対照的に、優しく降ってくるおでこへのキス。

 やめや…。そんなんされたら勘違いしそうになるやん。大切にされてる気がしてまうやん。

 伝わらない想いは噛み締めたシャツに滲ませる。
 「んっ」
 右脚を肩に担いで、さらに深く自身を埋め込んできたリクの限界をそこに感じた。
 「も…ぁっ、いく」
 最後なんや。
 チカチカとする熱の中で、冷静な自分がそう呟いた。

 「っぁ…レ..イっ!!!」
 初めて。
 行為のなかで。


 呼ばれた名前。


 リクの手がレイの噛むシャツを、取り去る。


 「ぁっ…りくっ…!!りくっ!!!」



 初めて、呼んだ名前。


 呼ばれた瞬間。

 苦しそうに顔をしかめて、

 リクは果てた。

 レイは、果てた。



 リクの鼓動を聴き、夢のなかに堕ちていくレイ。

 「俺らのために紙吹雪が舞ったら。そんときは…」

 微睡みの中。次の言葉はレイには届かなかった。





 もっかい、好きになるから。







 見返りを求めない、一方通行の約束だった。





 ごめん。


 人知れず。
 謝るのは、リク。

                  fin.

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