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4.僕が代わりになったろか

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 ピーンポーン
 「おう」
 チャイムを鳴らせば出てくる顔は思ってたより機嫌が悪くて。なによりその格好は予想をしていなかった。
 白いシャツのボタンは全開で、肌が見え、下はパンツを一枚履いただけの状態。
 部屋に通されれば、そこは客人を受け入れる準備など微塵もできてはいなかった。
 机の上に広がるのは食べかけのイタリアンたち。そして、ワイングラスがふたつ。レイのために用意されたものなどない。片方のグラスに付いた口紅はレイの想いを塗りつぶす。
 乱れたベッドはいつもなのか。
 「わるい。すぐ片付けるから。適当に座って待っとって」
 そう言いながら、部屋を見渡してどこから手を付けたらいいのかわからなくなっているリク。動揺しているのはわかる。そうでなかったらこの状態の部屋に相方を呼び出したりはしないだろうから。
 「彼女さん?」
 この部屋に入らせたのだから、レイにもこのぐらいは踏み込む権利もあるだろう。
 「いや…あー…そう。付き合っとった。別れた」
 「いま?」
 「いま」
 「なんでなん?」
 「…いい感じやってん。なのに、その子ベッドの中で急に父親の話はじめたんよ…。その子のお父さん不倫が原因で、彼女がちっさい頃に離婚してて連絡も取ってなかったらしいねん。やけど、そんなお父さんから今日連絡あってんねんて。具合良くないらしい。入院してるから来てほしいって。でも断ってんて。断って俺んとこ来たんやて。だから俺言うてん。それは間違っとるって。お父さんに会えるの最後かもしれんねん。やから、会いに行ったりって言うてん。そしたら…あんたには父親に対する恨みとかわからんやろって。あんたになにがわかるんって言われて...」
 リクは冷蔵庫から水の入ったペットボトルを取り出すと水を喉に流し込んだ。
 「そんなんわからんよ。わからんけど、そんなわからんやつにじゃあ言うなよ。俺に背中押したりしてほしかったんやないん?言うってことは自分のなかでも迷いがあるってことやん。迷ってるなら行ったほうがいいやん。って言ったんよ」
 「...言ったんや」
  リクの言うことは正論やった。
「そう…。そしたら泣かれた。なんで私がそんな怒られなアカンのって言われて。別れるって言って出ていかれたわ」
 きっとリクは怒ったつもりはないだろう。だけど真剣な口調はときに誤解を与える。言ったことは至極正しい。ただ、そのとき彼女に必要だったのは正論ではなく、優しさであった。優しく抱きしめて、「大変やったな」と言うだけでよかったのだ。
 また、リクはひとりだった。
 もう一口、水を飲み、自分の前髪をグシャリと握り、うつむくリク。
 「…俺、間違っとるか?」
 顔を歪ませる。きっとこの状況で最も傷ついているのはリク自身。哀しいまでに正しく相手を想った、自分勝手。

 リクもこんな顔するんだ。
 そう思ったとき。
 「僕が代わりになったろか?」
 口をついて出た言葉。
 見開かれるリクの目。
 「今日だけ僕を好きに使ってええよ」
 苦しむリクを見てられなくて、言ってしまった言葉に自らの耳が赤くなるのを感じた。
 「ごめん、やっぱ今のなし。忘れて」
 「いやや」
 撤回の言葉にくい気味に打ち消し。
 空になったペットボトルを潰して捨てると、ベッドの上に座るレイに近づいてきた。
 そして、右隣に座ったと思ったら抱きしめられる。その身体は思ったよりも冷えていた。
 「誰でもええねん。そばにおってほしい…」
 耳元でそう囁かれて身体に哀しく、熱が昂る。
 目があって、
 3秒。
 キスが落ちてきた。

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