ミューズ ~彼女は彼らの眩しい人~

藍川涼子

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第三章 美央高1・紗栄子高2

25 学園祭②

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 2日目も午前でシフトを終え、美央はひとみ、悠季、大洋と一緒に模擬店をまわることになった。
なんとなく、ひとみが大洋と並び、美央は悠季と並んで歩くことになった。
「それにしても、悠季はすごいねえ。クラスを仕切ってくれてる感じ。」
「いや、仕切るっつうことはないけどさ。実行委員、あんまりにもやる気ねえんだもん。そうするとダラダラすんだろ?そういうのが嫌なの。」
 まずは拓海のクラスに向かう。必ず来い!と言われていたからだ。
「オー、来た来た。うまいの焼いてやるぞ。」
 4人のテーブルに、拓海がやってくる。あちこちから、‘拓海ーこっちもー’、‘藤堂くーん’という声が聞こえてくる。
「お噂にたがわず、おもてになりますこと。妬けるわねえ?美央ちゃん。」
「もう、これは別物だよね。いちいち妬いてたら身が持ちません。」
「うるさいんだよなあ、みんなして。なんつうの?気安く声かけられる感じなんだろ?大安売りされてる気分。」
 拓海はボウルの中の材料を手早く混ぜている。
「いやー、うらやましいっすけど、その余裕のコメント。」
「お?そういう君は誰かな?」
「あ、悠季達のクラスメートです。津久井大洋っていいます。」
「短髪君ということは野球部?」
「そうっす。」
「部長いるから、呼ぶか。おーい、大志―っ!」
 向こうのほうでテーブルの後片付けを終えた男子が、駆けて来る。短髪ながら顔は男前、カルーイ印象は拓海と同じ、野球部部長で紗栄子の彼氏の工藤大志だ。
「おーう、大洋。ちっす。」
「ちーっす!」
 大洋があわてて立ち上がって頭を下げる。大志が座るのを見てから、腰を下ろす。
「うわ。やだねえ、上下関係。」
 いいつつ、拓海はホットプレートの上にボウルの中身を広げた。
「水泳部がそういうのなさすぎんじゃねえの。あれ、お前の彼女じゃん。ちはっ。」
「こんにちは…。」
「相変わらずカワイイよなあ。昨日も来てたじゃん。彼氏のために、律儀だねえ。となりの子も可愛いけど。」
「あ、やだー、ついでっぽーい。」
「んなことねえよぅ。あれ、おまえ…。」
 大志の視線が、悠季に留まる。
「ん?おまえ、悠季と知り合い?」
「いや、知り合いっつうか、な。」
 意味ありげに大志がにやりと笑う。
「この間は、どうも。」
 悠季がためらいがちに笑って軽く頭を下げた。拓海が少し悠季のほうに身を乗り出す。
「…なんだよ。」
「なんでもないですよ。」
 伏し目がちに素っ気無く言い放つ悠季。その顔とひとみの顔を見比べて、大志は眉間にしわを寄せた。
「あれ?こっちの子、お前の彼女?言っちゃまずいの?」
「彼女じゃないし、まずくはないすけど…つまんないことですから。」
「言うねーっ。」
 ひゅーう、と大志は口笛を吹いた。拓海がたまらず大志を肘でつっつく。
「だから何だよ、気になるだろ。」
「いやー、この間さあ、掃除当番でごみを捨てに行ったんだよね、そしたら近くで告白タイムを見かけちゃってさ。」

『…椎名君のことが、好きなの。』
 大志はゴミ箱を握り締めて、息を潜めた。少し離れたところから聞こえてくるこの状況。どう考えても、女子から男子への、告白の場面だ。
『つきあって、もらえないかな。』
 壁に背中をつけ、向こう側を覗き込んでみる。なかなか可愛らしい女子だ。一方の男子は、かなりの男前である。
(どうかなー、可能性はありそうだけど。)
『…ごめんね。』
 詫びる男前の言葉に、女子は表情を硬くした。
『好きな人が、いるの?』
『……そんなとこ、かな。』
『両思いなの?』
『そうじゃない、けど。』
『けど、あたしはだめなの?』
『……ごめん。』
 ザーッと風が吹き抜け、二人の髪が乱れる。
『あたし、そんな、魅力ないかな。』
『そういうことじゃ、ないよ。…小野寺は、可愛いと思うし。』
『じゃあ、どうしてだめなの?』
『……ごめん。』
 再びの沈黙。
『それじゃ、椎名君のこと諦められない。ひどいよ。』
『……ごめん。』
『じゃあ、一度だけでいいから、キスして?』
『小野寺…。』
『そしたら諦められるから…。』
 ためらいがちに、一度ため息を吐いて、男前は“小野寺”を抱きしめた。大志は叫ぶのをこらえるので精一杯だ。
『…バイバイ…ッ。』
 彼女が立ち去り、大志は不覚にも、ゴミ箱を思いっきり落っことしてしまった。音に驚いて、男前が振り返る。
『あ…ごめんね…?』
『…いえ。』
 男前は足早に大志の横を通り、一度、振り返った。
『見なかったことにしてください。』
『…へ?』
『彼女が可哀想なんで。』
『ああ…はい。』
 そうして苦笑いを残して、男前は去っていきましたとさ。

 ジューッ…。
「拓海先輩。焦げてません?」
 悠季の一言に、みんな我に返った。少し焦げくさい匂いがホットプレートから漂っている。
「あっ、やべえっ!」
「なにが‘うまいもん食わしてやる’ですか、まったくもう…。それに工藤先輩も。…内緒って言ったのに。」
「いや、今の今まで内緒にしてたよ?二人のことなんてなんにも知らなかったし。でもよぉ、俺は根が正直だから、こんな偶然の再会を果たした場面で黙ってらんねえよなぁ。」
 確かに、いやに熱のこもった再現だった。
「やだーっ!悠季かっこいーい!」
 その熱が感染したのは、ひとみである。手を合わせて立ち上がってしまった。
「えっ?かっこいいの?」
「かっこいいよーっ!あたしだったら余計忘れられなくなっちゃうー!だって、なんとも思ってない子にハグするわけないわ、とか、自分の中で前向きないいわけできちゃうもんね。」
「…山下は、妄想の気があんの?」
 大洋はぽかんとしてひとみの顔を見上げた。
「ちょっとねー。いやー、その女の子も、引き下がる気なんてないって。そこから広げていく気満々だよ。」
「やっぱりそうかな。あれから、なーんか視線を寄越すんだよね。とりあえずその場がおさまればいいやと思って。」
「うーわ、ひどい男だなあ。」
 この会話の中に、なぜか美央は入れなかった。正直、ショックだった。いつも真面目で女子とふざけあうことなどもない悠季が、好きでもない子とハグをすることに、大して抵抗を感じていないらしいということが。
「なんだよー、モテるなあ、水泳部は。コツは何よ、拓海君。」
「がつがつしてないとこじゃない?」
「んだよー。参考になんねえよー。」
「お前は紗栄子っつうカノジョがいるんだから他の女にモテる必要ないだろ。」
 拓海のクラスを出た後も、4人であちこち回った。でも、どこに行って何をしたのか、あまり美央は覚えていない。なんだか、楽しくなかった。悠季の顔を見るたび、胸がもやもやした。それが、隣にいる悠季に伝わらないはずがない。
「どうしたんだよ、ぼーっとして。」
 ポン、と背中を押され、思わずびくっと肩を震わせてしまった。さすがに、悠季も眉をひそめる。
「…なんでそんなに嫌そうな顔すんだよ。」
「だって…悠季はそういう人じゃないと思ってたから…。」
 恐る恐る目を合わせる。いつも通りの穏やかな顔なのに、なんだか怖い。
「なんだよ、そういう人って。」
「だから、好きでもない子に、ハグしたりとか…。」
 遅れをとっている二人に気づき、前方でひとみが‘置いてくよーッ’と声を上げている。悠季はため息交じりの笑みをもらした。
「それぐらいのことで、ショック受けてんの?おかしくない?」
‘それぐらいのこと’。ますますモヤモヤする。
「だって、ショックはショックなんだもん。」
「…拓海先輩なんか、やり逃げとか、もっとひどいことしてるじゃん。」
「そ、そういう問題じゃないよ。今は、悠季のことを言ってるんじゃん。」
「…べつにいいだろ。俺はお前の彼氏じゃないんだから。」
 そう、悠季に言い捨てられて、美央は心が重くなる。それは、そうなのだけれど。
(なんで、こんなに心が重くなるんだろ。)
 心の重さは不愉快だけれど、それ以上自分の気持ちを掘り下げるのは、怖い、と思った。悠季はばつが悪そうに頭をかき、2・3歩先を行ってから振り返った。
「…ごめん、拓海先輩のことまで、言いすぎた。早く行こう。」
「う、うん。」



「…そういうもんなのかな。」
 思わず口から漏れた美央の一言に、着替えを終えたばかりのひとみが振り向く。
「何の話?」
「あ…うん、今日の、さ。悠季の話。」
「ああ、ハグの話?まあ、考え方は人それぞれだからねえ。」
「そっかあ…。」
 ふう、とため息をつく美央を見て、ひとみは首をかしげる思いだった。いくらクラスメートでチームメイトだからって、そんな風に眉間にしわを寄せて考えるようなことだろうか?
(悠季のことが好きってわけでもあるまいし。)
 ふとこう考え、そして何気なく思いついた自分の考えに、ひとみは驚く。悠季のほうに美央への気持ちがあって、どうやら今も変わっていないらしいことはひとみも承知している。だからこそ一緒に模擬店をまわろうと声をかけたのだから。
(美央と、悠季かあ。)
 二人が仲良く並んでいる情景を想像すると、これがなかなかお似合いなのだ。礼儀正しく真面目な美央と、クールで理知的な悠季。持っている空気が似ている。
「人、それぞれだもんね。」
 そう言って笑った美央の顔が、沈んで見えた。
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