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第三章 美央高1・紗栄子高2

10 初デート

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「よかったじゃーん。初彼、おめでとうございます。」
 今日は大会の翌日で、水泳部の練習はオフだ。美央は久しぶりに中学時代からの友人、亜矢子と遊んでいる。拓海から早速の初デートを誘われたけれど、前から友達と約束してたから、とお断りしてしまった。
「馬鹿ねーえ、どうして浮かれて女友達をないがしろにしたりしないのよ。」
「だって、告白されるわ、すぐに初デートだわ、じゃあ心の準備って物が…。」
 お断りしたときに、拓海にも散々ブーブー言われたのだが、この理由を言ったら、途端に‘可愛いなー、しょうがないなー。’と納得してくれたのだった。
「まったく、お子様はしょうがないわねえ。」
 ファーストフードの店内で、二人とも紙コップを片手におしゃべりに花を咲かせている。美央は紅茶、亜矢子はコーヒーだ。
「まあ、そのタクミセンパイについては、そんな魂胆だろうと思ってたけどねえ。で、どんな人?画像ある?」
「うん、一応…。」
 ケータイを取り出し、超ご機嫌の拓海の写真を見せる。
「ぶっ、なにこれ。超笑顔。しかもジャージだし。」
「ああ、これは水泳部のジャージ。友達に彼氏いるの?って聞かれたら、これ見せろよって。ノリノリで撮ったんだよね。」
「へえー。ジャージのまま撮っちゃうあたりが、タクミセンパイも相当浮かれてるねえ。こんなにかわいくて初物の美央を落としたんだから無理もないか。」
「初物……。」
 亜矢子の言い回しには、いつも呆気にとられてしまう。
「でもさ、超かっこよくない?なんか明るそうだし、軟派っぽいっていうか、女に困らないタイプでしょ。」
「うーん、そうだねえ。大会ではいろんな学校の女子の先輩に話しかけられてたなあ。」
「あらー、気をつけなさいよ。浮気…の前に、ひがみやっかみ。」
「ええ~?」
 美央のほうはいたって暢気な様子だ。ズズっとコーヒーを啜って、亜矢子は軽い軽いため息をつく。
「なんだろうね、その余裕。愛されてる余裕?」
「そういうんじゃないよ。なんていうか、付き合うとか彼氏とか、まだぴんと来ない。」
「なるほどねえ。んなこといってると、あっという間に食われちゃうよ。油断しちゃダメよ。」
「…食うとか食われるとか、もうちょっと他に言い方ないの?」
「一番大事なことじゃない。あ、ねえねえ。きっと友達に見せたって言うと喜ぶから、あたしの画像撮ってよ。」
「はいはい、もう…。」



「おおーっ、これ、美央の友達?美人じゃん。類トモだなあ。」
 ケータイの画面では、亜矢子が普段のキャラに似合わず、思いっきり笑顔で笑っている。
「本物はもっと美人ですよ。うちの中学の子では珍しくずっと彼氏いたし。あの頃は彼氏がいるっていうだけでも大騒ぎなのに、相手が高校生だって言うからよけい大騒ぎで。」
「ああ、大人っぽいから同級生にはちょっと敷居が高い感じだよな。」
 練習が終わって、裏門前での待ち合わせ。拓海がそうしようと言い出したのだ。と、ぞろぞろと水泳部の1年生達が出てくる。拓海の姿を目に留め、挨拶する。
「おつかれーっす。」
「おーう、おつかれーっ。」
「拓海センパーイ。」
 たたたっ、とひとみが駆け寄ってくる。
「なにいちゃついてるんですかあ。」
「ちょっと、ひとみってば、やめてよ。」
「いいだろー?いちゃついても。もう部活の時間じゃねえんだし。」
「じゃあ、美央にオッケーもらえたんだ?」
「あれ、よく知ってんね?ははーん、しゃべっちゃったな?美央ってば。」
「えーと…。」
「あたしの勘がいいんですよ。」
「じゃあ、勘がいいなら早く消えてくれる?ようやく彼氏になれて浮かれてる俺に八つ当たりされないうちに。」
 ぐっと美央の腰が引き寄せられた。拓海の言い方はその一見冷たい言葉遣いと裏腹におちゃらけている。にもかかわらず、そばにいる男子達の雰囲気がかたくなった。
「行こう、ひとみ。」
 ひとみを呼んだのは悠季だった。
「おつかれー、また明日な?」
「おつかれさまでーすっ。」
 ぞろぞろと帰っていく一年生の姿を、拓海はじっと見つめる。
「?…どうしたんですか?」
「…いーや。ひとみは元気だよなあ。」
 一年生達は歩き続けている。
「…付きあってないって言ってたのにな。」
 一年生の集団の中の、司がぼそっと呟いた。
「それにしてもさ、なんかタイプ違うじゃん。拓海先輩のカルーイ感じ、真面目な美央と合わなくない?」
「拓海先輩の勢いに負けたんだろ。」
「つうか、なんでわざわざ裏門前にいるわけ?」
「見せつけたいんじゃねえの、拓海先輩が。手ぇ出すなよって…牽制?」
「…そんな言い方すんなよ。」
 悠季が苦々しく呟く。
「二人で決めて付き合ってんだろ、いいじゃねえか。」
「でも拓海先輩って噂だと、…女グセ、わるいんだろ。」
「前の彼女も水泳部のマネだとか言ってたよな。」
「マネージャーキラー?」
「いい加減にしろって。」
 悠季が、あまり事情に詳しくないであろうひとみと七海のほうを振り返る。男子更衣室ではこれまで色々な会話がくり広げられてきたのだろう。
「俺らは…!」
 お前の気持ちを考えて、と言いかけて、俊一は口をつぐんだ。みんなの視線が、悠季に集中する。そして悠季はといえば、困った顔をして笑っている。
「…そういうことなの?」
 ひとみが眉をひそめて誰にともなく呟いた。まだ事情がわからない七海は、悠季とひとみの顔を交互に見ている。
「ごめん、あたし、知らなくて…。」
 ひとみは先ほどの自分の行動を思い出していた。その様子を見ている悠季の表情がかたかったことも。
「謝ることないって。」
 悠季はそのまま踵を返し、駅のほうへと向かった。ようやく事情を察した七海が、口元を押さえている。



「よぉーし、じゃあ、昼飯は何がいい?」
 大会後、初めての日曜日。午前だけの練習を終えて、拓海と美央は制服姿で市街地にくりだした。城北高校はその名の通り、江戸時代にあったお城の北に存在している。その城址の近くに駅があり、駅から歩いて10分ほどで城北高校に着くという距離なので、市街地はさして遠くはない。
「普通、デートってどこに行くんですか?」
「うわあ、なんて新鮮なことを言うんだろ。泣きそう…。」
 そういって、おおげさに胸をおさえて見せる。いつもの拓海だ。おちゃらけた拓海には呆れることもあるけれど、告白してきたときのような緊迫感満開のままでは、かえってつらい。これくらいのほうが、楽しい。
「やっぱ、フードコートあたりかな。好き嫌いとか、あるの?」
「ないですけど、太るのが心配…。」
「ええ~!?よく言うよ、そんなに細いくせに。」
「それはっ、お腹とかお尻とか、見えないところはやばいんです。先輩みたいにカロリー消費してないし。」
「いや~、マネも思いのほか、運動になってると思うけどねえ。つうか。」
 軽くつないだ手を、すっと引き寄せられる。
「早く見たいな。可愛いお腹とか、お尻とか?」
 小声で囁くと、拓海はにやっと笑う。
「~~~!!」
 一方の美央は恥ずかしさのあまり顔が真っ赤だ。
「かーわいい。」
 ぽかっと背中をたたくのが精一杯だ。
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