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第三章 美央高1・紗栄子高2
08 地区大会
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「あー、ひとみ、久しぶり。」
「ゆうちゃん。久しぶりだね。」
あっという間に大会当日がやってきた。それにしても水泳界は本当に狭い世界らしい。あちこちの学校の選手が通りすがっては誰かと談笑していく。新入生でも、だ。そして、ひとしきり話を終えたところで、視線が美央に来る。
「こんにちはあ。」
「あ、ゆうちゃん、こちらマネージャーの美央。」
「はじめまして。」
「どうもぉ。経験者ですかあ?」
「違うんです。スイミングに通ったことがあるくらいで。」
「あ、やっぱり?見たことないなあと思って。」
今日何度目だろう。経験者がそんなに偉いのかね、と心の中で呟かずにはいられない。はじめは疎外感を感じた美央だけれど、いい加減、飽きてきた。
「でもねえゆうちゃん、美央は経験者じゃないけど、藤堂拓海先輩お墨付きのコだから。」
「えーっ!?」
まったく、拓海の名前ときたら相当威力があるようだ。
控え室の一角で、ひとみはストレッチをしている。
「なんか、嫌だよね。」
「えっ?」
「新参者とは一線を引くぞ、みたいな態度。水泳を好きな仲間が増えて嬉しくなるのが普通だと思うのにさ。」
「ひとみって、色々考えてるのね。」
「でしょ~?ね、ところでさあ。拓海先輩と何かあった?」
「はいっ?」
突然の攻撃に防御の体制もとれず、美央は間抜けな声を上げてしまった。にやり、ひとみが笑う。
「あ、怪しいなあ、その反応。」
「別に怪しくないってば。てか、なんでそんな風に思うのよ。」
「司がね、最近拓海先輩が美央にやたらとちょっかい出してるんじゃないか?っていうから。」
「ちょっかいは始めからしつこいよ。からかわれたり、むやみに抱きつかれたり、さ。」
「あたしもそう思うんだけどさ、ここんとこ拓海先輩、異様に練習後の着替えが速いんだって。で、いっつもマネージャーの片付けの様子、見にいってるっていうんだよね。…どうなの?」
まったく、誰も彼も侮れない。というか、拓海の行動があからさますぎるのだろう。
「どうって言われても…。確かに、毎日後片付けの様子を見に来てるけど…。」
「あーあーあー。なるほどね。いやー、どう考えてもさあ、美央をスカウトしにきたときからそうなんだろうなあとは思ってたけどさ。」
「…そう?」
「そうだよ!友達の妹って理由だけで引っ張ってこないって。で、もう告られてんの?」
「…うん。」
にやっとひとみが笑う。
「でも!みんなには言わないで!」
「ええ~?なんでよぅ。」
「だって、恥ずかしいよ。私、そういうの慣れてないし。それに、まだ返事してないし。」
「えーっ、やだ、美央ってば、天下の拓海先輩を焦らしちゃってるわけ?すごいなー。…あ、それとも、他に好きな人いるの?」
「それはいないけど…もうっ、ひとみ!レースに集中してください!」
「はいはい。もう、嘘がつけないねえ、美央は。」
※
「藤堂くーんっ!」
中央、と書かれたジャージを着た女子が、城北高校の休憩スペースに、甘い声で駆けてきた。
「あれ、三島さんじゃん。」
「久しぶりー元気だった?」
「うん。三島さんは?」
「超元気だよ!会えて超嬉しい!」
素直な言葉と態度でラブラブ光線バレバレ。それに対して拓海は、まあ、なんというか営業スマイルだ。
(さてあとは、毛布も用意したし、ドリンクのポットも置いてあるし、ストップウォッチに…。)
二人のやり取りなどはさておき、美央は道具の準備の確認をする。
「美央、あそこに記録が張り出されるからね、レースが始まったらチェックだよ。あと…。」
紗栄子にあれこれ教わる。何といっても大会は始めてなんだから、頑張って覚えないと。
と、美央は必死だったのだが。
「…おっ、なあ、美央っ!」
くいくい、っとジャージの裾を引っ張られる。
「なあ、紗栄子。まだ美央に話し、ある?」
紗栄子はくるーっと拓海に振り返り、少しまゆをひそめた。
「なあ、急ぎ?」
「…急ぎかといわれればそうでもないけど。」
「そ?美央借りていい?」
ふーっ、と、紗栄子はため息。
「マッサージして、美央。」
「…でも…。」
(怖いんですけど。中央の三島さんの視線が、痛いんですけど。)
「またね、三島さん。お互い頑張ろうなー。」
拓海はやんわりと中央の三島を追い払った。完全に、美央はそのダシにされている。
「じゃあ詳しい話はまたあとで。マッサージよろしくね、美央。」
「ハイ…。」
紗栄子と美央、視線を合わせて苦笑い。大会中はこんな方面まで気を回さないといけないのか。
(拓海先輩みたいな有名な方って大変なのねえ。)
拓海がおもむろにうつぶせになる。
「足から頼む。」
拓海のレースまではあと1時間。男子100m背泳ぎ予選。第5組。最終組でもある。
正直、美央はまだマッサージやストレッチが上手じゃない。でも、春菜達はだからこそ優秀な選手の筋肉に触れなさいと言う。そしてまだ未熟な選手たちに、慣れた先輩がマッサージをする。そうすると選手たちがそれを覚えて、新しいマネージャーにコツを伝えてあげられる。
だから、拓海がマッサージに美央を指名するのは、当たり前のことなのだ。決して、美央を贔屓してのことじゃない、はず、なんだけれど。
「そうそう、もっと思いきって押して。…う~ッ!いいね~。」
絶対に、美央がマッサージすると、リアクションが大きい。
「美央ぉ。」
「なんですか?」
「こないだの話。今日優勝したらOKしてくれる?」
こんなところでそんな話、しないでくださいよっ!とおおっぴらに抗議するわけにもいかない。
「なあ、してくれる?」
「先輩、予選は最終組のセンターコースじゃないですか。完全に優勝候補じゃないですか。簡単すぎるんじゃないですか、そんな条件。」
「やっぱそう思う?」
こらっ、自分でもそう思ってるんじゃないですかっ!と突っ込みを入れてやりたい。
「じゃあ、美央は嫌なの?」
「え?」
「嫌だってことでしょ。」
「どうしてそうなるんですか。おねがいですからこんなところで困らせないでくださいよ。あたし今、正直そんなこと考えてる余裕ないです。」
ガシガシ、拓海の足を動かす。
「…ごめん。」
急にしおらしくなってしまった。
(ちょっと言い方がきつかったかな。)
そのあと、拓海は静かだった。レースのイメトレをしているようだった。ストロークの数をぼそぼそとつぶやいている。
「よし、ありがと、美央。」
「はい、頑張ってください。」
拓海が起き上がり、視線が合う。
「美央。」
ちょいちょい、と手招きされる。そしてすっと耳元に唇を寄せてきた。
「そういうまじめなところが好きだよ。」
「~~~~~~~~~~!!」
「ゆうちゃん。久しぶりだね。」
あっという間に大会当日がやってきた。それにしても水泳界は本当に狭い世界らしい。あちこちの学校の選手が通りすがっては誰かと談笑していく。新入生でも、だ。そして、ひとしきり話を終えたところで、視線が美央に来る。
「こんにちはあ。」
「あ、ゆうちゃん、こちらマネージャーの美央。」
「はじめまして。」
「どうもぉ。経験者ですかあ?」
「違うんです。スイミングに通ったことがあるくらいで。」
「あ、やっぱり?見たことないなあと思って。」
今日何度目だろう。経験者がそんなに偉いのかね、と心の中で呟かずにはいられない。はじめは疎外感を感じた美央だけれど、いい加減、飽きてきた。
「でもねえゆうちゃん、美央は経験者じゃないけど、藤堂拓海先輩お墨付きのコだから。」
「えーっ!?」
まったく、拓海の名前ときたら相当威力があるようだ。
控え室の一角で、ひとみはストレッチをしている。
「なんか、嫌だよね。」
「えっ?」
「新参者とは一線を引くぞ、みたいな態度。水泳を好きな仲間が増えて嬉しくなるのが普通だと思うのにさ。」
「ひとみって、色々考えてるのね。」
「でしょ~?ね、ところでさあ。拓海先輩と何かあった?」
「はいっ?」
突然の攻撃に防御の体制もとれず、美央は間抜けな声を上げてしまった。にやり、ひとみが笑う。
「あ、怪しいなあ、その反応。」
「別に怪しくないってば。てか、なんでそんな風に思うのよ。」
「司がね、最近拓海先輩が美央にやたらとちょっかい出してるんじゃないか?っていうから。」
「ちょっかいは始めからしつこいよ。からかわれたり、むやみに抱きつかれたり、さ。」
「あたしもそう思うんだけどさ、ここんとこ拓海先輩、異様に練習後の着替えが速いんだって。で、いっつもマネージャーの片付けの様子、見にいってるっていうんだよね。…どうなの?」
まったく、誰も彼も侮れない。というか、拓海の行動があからさますぎるのだろう。
「どうって言われても…。確かに、毎日後片付けの様子を見に来てるけど…。」
「あーあーあー。なるほどね。いやー、どう考えてもさあ、美央をスカウトしにきたときからそうなんだろうなあとは思ってたけどさ。」
「…そう?」
「そうだよ!友達の妹って理由だけで引っ張ってこないって。で、もう告られてんの?」
「…うん。」
にやっとひとみが笑う。
「でも!みんなには言わないで!」
「ええ~?なんでよぅ。」
「だって、恥ずかしいよ。私、そういうの慣れてないし。それに、まだ返事してないし。」
「えーっ、やだ、美央ってば、天下の拓海先輩を焦らしちゃってるわけ?すごいなー。…あ、それとも、他に好きな人いるの?」
「それはいないけど…もうっ、ひとみ!レースに集中してください!」
「はいはい。もう、嘘がつけないねえ、美央は。」
※
「藤堂くーんっ!」
中央、と書かれたジャージを着た女子が、城北高校の休憩スペースに、甘い声で駆けてきた。
「あれ、三島さんじゃん。」
「久しぶりー元気だった?」
「うん。三島さんは?」
「超元気だよ!会えて超嬉しい!」
素直な言葉と態度でラブラブ光線バレバレ。それに対して拓海は、まあ、なんというか営業スマイルだ。
(さてあとは、毛布も用意したし、ドリンクのポットも置いてあるし、ストップウォッチに…。)
二人のやり取りなどはさておき、美央は道具の準備の確認をする。
「美央、あそこに記録が張り出されるからね、レースが始まったらチェックだよ。あと…。」
紗栄子にあれこれ教わる。何といっても大会は始めてなんだから、頑張って覚えないと。
と、美央は必死だったのだが。
「…おっ、なあ、美央っ!」
くいくい、っとジャージの裾を引っ張られる。
「なあ、紗栄子。まだ美央に話し、ある?」
紗栄子はくるーっと拓海に振り返り、少しまゆをひそめた。
「なあ、急ぎ?」
「…急ぎかといわれればそうでもないけど。」
「そ?美央借りていい?」
ふーっ、と、紗栄子はため息。
「マッサージして、美央。」
「…でも…。」
(怖いんですけど。中央の三島さんの視線が、痛いんですけど。)
「またね、三島さん。お互い頑張ろうなー。」
拓海はやんわりと中央の三島を追い払った。完全に、美央はそのダシにされている。
「じゃあ詳しい話はまたあとで。マッサージよろしくね、美央。」
「ハイ…。」
紗栄子と美央、視線を合わせて苦笑い。大会中はこんな方面まで気を回さないといけないのか。
(拓海先輩みたいな有名な方って大変なのねえ。)
拓海がおもむろにうつぶせになる。
「足から頼む。」
拓海のレースまではあと1時間。男子100m背泳ぎ予選。第5組。最終組でもある。
正直、美央はまだマッサージやストレッチが上手じゃない。でも、春菜達はだからこそ優秀な選手の筋肉に触れなさいと言う。そしてまだ未熟な選手たちに、慣れた先輩がマッサージをする。そうすると選手たちがそれを覚えて、新しいマネージャーにコツを伝えてあげられる。
だから、拓海がマッサージに美央を指名するのは、当たり前のことなのだ。決して、美央を贔屓してのことじゃない、はず、なんだけれど。
「そうそう、もっと思いきって押して。…う~ッ!いいね~。」
絶対に、美央がマッサージすると、リアクションが大きい。
「美央ぉ。」
「なんですか?」
「こないだの話。今日優勝したらOKしてくれる?」
こんなところでそんな話、しないでくださいよっ!とおおっぴらに抗議するわけにもいかない。
「なあ、してくれる?」
「先輩、予選は最終組のセンターコースじゃないですか。完全に優勝候補じゃないですか。簡単すぎるんじゃないですか、そんな条件。」
「やっぱそう思う?」
こらっ、自分でもそう思ってるんじゃないですかっ!と突っ込みを入れてやりたい。
「じゃあ、美央は嫌なの?」
「え?」
「嫌だってことでしょ。」
「どうしてそうなるんですか。おねがいですからこんなところで困らせないでくださいよ。あたし今、正直そんなこと考えてる余裕ないです。」
ガシガシ、拓海の足を動かす。
「…ごめん。」
急にしおらしくなってしまった。
(ちょっと言い方がきつかったかな。)
そのあと、拓海は静かだった。レースのイメトレをしているようだった。ストロークの数をぼそぼそとつぶやいている。
「よし、ありがと、美央。」
「はい、頑張ってください。」
拓海が起き上がり、視線が合う。
「美央。」
ちょいちょい、と手招きされる。そしてすっと耳元に唇を寄せてきた。
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「~~~~~~~~~~!!」
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