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第二章 紗栄子・高1 

18 夏季スポーツ大会

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 城北高校は文武両道を標榜している学校である。
 1学期の期末テストが終わると、体育祭とは別に、クラス対抗の校内スポーツ大会というものが行われる。よほどスポーツ好きな生徒を除いて、みんないい迷惑だと思っている。
 夏は水泳・陸上・サッカー。冬はバスケ・バレー・卓球という内容で行われる。
 夏季は水泳大会があるので、部員は運営委員として携わる。とりたててスポーツが得意というわけでもない紗栄子は、クラスメートになんら遠慮することはなく、水泳大会の運営委員をすることになった。
 大会をさぼれてラッキー、と安堵した紗栄子だが、礼子からの提案で気分は一変する。
「アナウンスは紗栄子にまかせるわね。」
 レース時の選手紹介のアナウンスを、紗栄子にやらせるというのである。
「悪いけど、私はクラスの様子を見に行きたいから、サポートは春菜にまかせるわよ。」
 冬季スポーツ大会は11月に行われ、3年生のクラスは自由参加になる。だから、夏季スポーツ大会は、3年生は部活の運営委員よりも、クラスへの参加が優先されるというのが暗黙の了解だ。
「アナウンスなんて緊張しちゃいます。」
「なに言ってんの。紗栄子は良く通る声が出るじゃない。」
 そうなのだ。張り上げて無理やり出すような春菜の声と違って、紗栄子は比較的やすやすとのびのびした声を出す。紗栄子自身、マネージャー業務が定着してようやく気付いた自分の特長だったのだ。
「大会のアナウンスの感じでいいんですよね?」
「そうそう。」



 スポーツ大会当日になり、紗栄子は出場選手の一覧を見ながら、アナウンスとしての役割をこなした。
 棄権の選手についても、急きょ交代の選手(所詮は正式な大会ではないので、それもありなのだ)についても、あわてず対応する。春菜が交代する必要性はほとんどないが、あんまりしゃべりっぱなしでも大変だろうということで、時折交代するくらいだ。
「サマになってんじゃん。声がよく通って聞きやすい。声がのびのびしてる。」
 レース中。後ろから声がして、紗栄子は驚いて振り向いた。ニヤニヤしている蓮がいる。
「あれ?サッカーは?」
「うん。1回勝ったけど、とりあえず休憩。」
 それなりの運動神経の蓮は、運営委員ではなく選手として参加することにした。実際、それなりに楽しんでいる。
 自分のクラスはどうだったかな、と紗栄子は思い出そうとする。確か、野球部の工藤大志もサッカーに参加するといっていた気がする。
「ごめん蓮、ちょっと待ってて。」
 紗栄子はマイクに向き直り、泳ぎ終えた参加者を激励する。
≪はい、みなさんゴール、お疲れ様でした。≫
 そしてすぐに次のレースが始まるので、各選手の紹介をする。やがて号砲が鳴り、再度紗栄子が振り返ると、蓮の姿がない。紗栄子にいちいち後ろを振り返らせるのも気が引けたらしく、蓮が入り口から入ってきた。春菜が座っているのとは反対の、紗栄子の隣に座る。
「蓮、うちのクラスどうなったか知ってる?」
「ああ、勝ってたよ。次、俺らと試合。」
「わ、そうなんだ。お手柔らかに。」
「はいはい。」
 軽く答えつつ、蓮は工藤大志の顔を思い浮かべていた。大志もそれなりに上手そうだった。
 なんともいえない闘争心のようなものを感じながら、蓮はしばらく紗栄子の隣にいることにした。春菜から、微妙な視線を投げられているのを感じないわけでもなかったが。
 蓮は紗栄子の隣で、しばらく水泳のレースを眺めていた。
「俺、試合だから、そろそろ行くな。」
「うん。」
 蓮が立ち上がるのを、紗栄子があっさりと見送る。そこで、春菜が声を上げた。
「紗栄子。蓮の相手、紗栄子のクラスなんでしょ。ちょっと試合見てきたら?」
「え?やだ、いいですよ。だって、ここ春菜先輩一人になっちゃいますし。」
 さすがに校内のスポーツ大会なので、試合時間は90分ではないが、それなりに時間はかかる。
「まあ、だから、試合時間全部ってのは勘弁してほしいけど、ね。ちょっとだけなら。」
 蓮はかすかに苦笑いをした。春菜の提案が、単なる親切心から来ている物ではないことを、わかっているからだ。
 ―――――おせっかい、だよな。まったく。
 そう思いつつも、蓮は抗わない言葉を紡ぐ。
「せっかく春菜先輩がそう言ってくれてるんだし、いいんじゃない?」
「じゃあ、…そうさせてもらいますね。」
 幾分ウキウキしたような様子で、紗栄子も立ち上がった。



「大志、川原、来たぞ。」
「えっ?」
 クラスメートの島本勲の声に、大志はあからさまに嬉しそうな声を上げて振り返った。確かに、グラウンドに紗栄子が来ている。
 彼女を作ったとはいえ、大志が紗栄子を感じよく思っていることにかわりはない。見に来てくれたのなら嬉しい―――と思った瞬間、違う人物が目に入る。紗栄子に向かって言葉を、笑顔を返す、水泳部員。最近彼女と別れたらしい男―――青山蓮。
 2人は互いに小さく手を振って別れたようだ。しかし、紗栄子があっさりとクラスメートの隣に座るのに対し、蓮も同じようにクラスメートのもとに行きつつも、明らかに紗栄子のことを気にかけている。
「あいつら、あれで付き合ってないとかおかしくない?」
 大志の心を代弁するかのように、勲が声を潜めて囁く。
 そうなのだ。彼女と別れたらしい、などという状況があろうがなかろうが、やっぱりあの青山蓮という男はいつだって紗栄子のことを気遣い、大切にしている。勲のように、蓮たちのことを普段はさして気にしていない者でさえ、気づいてしまうくらいに。
 たとえば拓海なら紗栄子を邪険に扱っているというのでもない。ただ、拓海が紗栄子に対して接する様子とは、何かが明らかに違うのだ。
「でも、付き合ってないらしいからな。」
 自分の気持ちを鼓舞するかのように、大志がつぶやく。大志こそ彼女がいるのだから、紗栄子と蓮が付き合っていようが、蓮に違う彼女がいようが、口を挟む余地などないというのに。
「…とりあえず、サッカーは勝つか。」
「そうだな。」



 ―――なんなんだよ。
 蓮はグラウンド狭しと走りながら、荒い息とは別に、ため息をつきたい気分だった。
 名前を知っている程度の男―――確か、島本勲とか言ったか―――のガードがやたらと強い。
 試合開始前、彼は大志と親しくしゃべっていた。彼女がいるくせに、相変わらず紗栄子に視線を送り続ける大志と。
 大志も蓮もフォワードなので、直接ぶつかることはない。その代わりとばかりに、ディフェンスの勲が蓮にしつこくくっついてくる。正直、蓮ではないフォワードの方が、サッカーはうまいというのに。
「なんか、島本君すごい迫力だね。なんで青山君にあんなにいってるんだろ。」
「そうだね。頑張ってるけどねえ。」
 クラスメートの言葉に、紗栄子は素直に首を傾げた。
 大志が紗栄子にいいところを見せられるようにと思って頑張っている勲だが、空回りして、自分が一番目立ってしまっている。
「お、まえ、しつこいよ、マジで…。」
「はん、楽しいだろ。」
「少しはシュート打たせろよ。ストレスたまるわ。」
「俺の脚でも蹴れば。」
「いや、レッドカードもらいたくねえし。」
 勲の活躍により、この試合は、1年4組が勝ち上がった。



「川原っ。」
 プールサイドのアナウンス席に戻っていた紗栄子が、突然の声に振り返ると、クラスメートの工藤大志と島本勲がいた。紗栄子はマイクから顔を離し、二人の方へ顔を近づける。
「お疲れさま。応援、途中で抜けてごめんね。どうだった?」
「勝ったよ。大志がシュート決めて。」
「わあ、すごい。おめでとう。」
 大志は褒められたのが素直に嬉しくにっこり笑った。
「あいつもうまかったよ。水泳部の…青山?」
「ああ、蓮も運動神経いいもんね。」
 紗栄子がさらっと蓮をほめるので、彼のことをよく把握しているなあとうらやましくなる。
「あ、ちょっと待って。———続いてのコース順を申し上げます。第一のコース…。」
 紗栄子が次のレース参加者を紹介し、レーススタートの笛が鳴った。無事にレースが始まったのを確認し、後方を振り返ると大志たちはまだいた。
「川原、アナウンス上手だな。声がよく通ってきれいだし、とっさに実況できたり、すごい。」
 ———俺は好きだよ。
 さすがにその言葉は飲み込んだが、大志の態度から、その言葉は発せられたも同然だ———と、勲と春菜は思った。
「ありがとう。照れちゃうな。」
 当の紗栄子は感じないらしい。
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