上 下
43 / 107
第二章 紗栄子・高1 

02 拓海の愚痴

しおりを挟む
「鼻、真っ赤じゃん。」
 マネージャーの更衣室を出るなりそう言われた紗栄子は、再度泣き出したりはしないものの、さらなる疲労を覚えた。
 颯爽と礼子が帰ったあと、やがて春菜も帰り、ノロノロと着替え終えた紗栄子を待っていたのは同い年の男子部員2人だった。
「…お疲れ様。」
「お疲れ様だけどさ、ちょっと歩こうよ。」
 藤堂拓海。
 市内の北中出身で、中学時代は県内敵なしの背泳ぎの選手だった。
 ‘だった’という表現は誤りかもしれない。高校一年生にして、今年の県大会で優勝する可能性が高いレベルなのだから。
「ひでえよな、礼子先輩。紗栄子が嫌になるのももっともだよ。」
 紗栄子は相槌をうつでもなく苦笑した。
 ―――そっとしておいてよ。一人で帰らせて。あんたと話してると余計疲れるの。
 そう思っても、紗栄子はズバッとは言わない。マネージャーとしての選手への気遣いだとかの前に、元々そういうタイプなのだ。
「だいたい礼子先輩、経験者でもないくせに、偉そうなんだよな。」
 この一週間、拓海の愚痴の行き着く先はここだ。
 確かに礼子は、中学時代水泳部員ではなかった。一年生の時に今の部長である石田浩次と同じクラスになり、たまたま仲良くなった流れで誘われ、マネージャーになったという経緯なのである。
「拓海は結局そこだな。」
 拓海の隣で、もう一人の男子部員、青山蓮が呟いた。
「そうだよ。結局そこだよ。練習の辛さも体験したことのない人間にあれこれ言われたくねえんだよ。」
 半ば呆れて蓮が溜め息をつく。
 ―――紗栄子を慰めるとか言って、自分が愚痴を言いたいだけなんだよな。
 拓海の愚痴に呆れながらも、結局蓮が毎日付き合っているのは、紗栄子のためだった。
 拓海の論理は必ずしも間違ってはいないが、礼子に厳しく注意されて疲れ果てているタイミングの紗栄子に聞かせるべきものとも思えないから。
 と言って、拓海に正面切って注意するのも面倒くさい。結局自分が聞き役にあてがわれるだけなのだから。
 3人はやがて駐輪場にたどりついた。3人とも自転車通学だ。
 そろって鍵を解除したものの、乗ることもなく自転車を引きながら歩き出す。
「でも、大変だと思うよ。経験がないってことは、想像でものを言わないといけないもの。礼子先輩、器用なんだと思う。経験がない中であれだけのマネージャーになるのって、本当に大変だと思う。努力もしたんだと思う。」
 こうして紗栄子が控えめな口調で、けれどもしっかりと拓海に反論するのも、もはや恒例になりつつある。
 拓海は紗栄子が容易に自分に同意しないことにむっとしつつ、その気持ちをすぐには言葉に乗せないよう、深呼吸をした。
「偉いよな、紗栄子は。」
 褒めているんだか嫌味なんだか微妙なトーンでつぶやいた拓海の言葉をごまかすように、蓮も口を開く。
「ほんと、偉いよ、紗栄子。もっとぐちぐち言ってもおかしくないのにさ。俺らはさ、紗栄子がしんどさをため込むのがやなだけだから。」
 蓮の手のひらが、ぽん、と紗栄子の肩をたたいた。高校一年生の男の子にしては女の子に慣れた調子で。
(さすが、‘北の藤堂・南の青山’だなあ。)
 藤堂拓海も青山蓮も、中学時代から目立つスイマーであり、男子だった。
 拓海の方は、水泳の実力も華やかで濃い顔立ちのイケメンぶりも抜きん出ていて、いかにも目立つタイプだった。大会や合同合宿で女子部員に告白されたりするのはしょっちゅうだった。
 一方の蓮は拓海のような派手さはないものの、さっぱりとした顔立ちのイケメンで、明るくて優しくて女の子の扱いもうまく、人気者だった。拓海に振られた女の子をやさしく慰めて、そのままいただいているらしいなどという噂も聞いたことがある。
 正直、中学時代の紗栄子にとっては拓海も蓮も軽々しい気がして、敬遠していた。合宿などで同じプールで練習していたこともあったとはいえ、性別も違えば選手としてのレベルも違っていたこともあり、自分から進んで話しかけたりすることはなかった。
 同じ中学の女子選手などは、嬉々として二人に話しかけていたなあ、などと思い出しながら歩いていると、道路の向かい側から可愛らしい声が聞こえてきた。
「藤堂くーん、青山くーん。」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

完結【R―18】様々な情事 短編集

秋刀魚妹子
恋愛
 本作品は、過度な性的描写が有ります。 というか、性的描写しか有りません。  タイトルのお品書きにて、シチュエーションとジャンルが分かります。  好みで無いシチュエーションやジャンルを踏まないようご注意下さい。  基本的に、短編集なので登場人物やストーリーは繋がっておりません。  同じ名前、同じ容姿でも関係無い場合があります。  ※ このキャラの情事が読みたいと要望の感想を頂いた場合は、同じキャラが登場する可能性があります。  ※ 更新は不定期です。  それでは、楽しんで頂けたら幸いです。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

彼女の母は蜜の味

緋山悠希
恋愛
ある日、彼女の深雪からお母さんを買い物に連れて行ってあげて欲しいと頼まれる。密かに綺麗なお母さんとの2人の時間に期待を抱きながら「別にいいよ」と優しい彼氏を演じる健二。そんな健二に待っていたのは大人の女性の洗礼だった…

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

【R18】僕の筆おろし日記(高校生の僕は親友の家で彼の母親と倫ならぬ禁断の行為を…初体験の相手は美しい人妻だった)

幻田恋人
恋愛
 夏休みも終盤に入って、僕は親友の家で一緒に宿題をする事になった。  でも、その家には僕が以前から大人の女性として憧れていた親友の母親で、とても魅力的な人妻の小百合がいた。  親友のいない家の中で僕と小百合の二人だけの時間が始まる。  童貞の僕は小百合の美しさに圧倒され、次第に彼女との濃厚な大人の関係に陥っていく。  許されるはずのない、男子高校生の僕と親友の母親との倫を外れた禁断の愛欲の行為が親友の家で展開されていく…  僕はもう我慢の限界を超えてしまった… 早く小百合さんの中に…

【R18】こんな産婦人科のお医者さんがいたら♡妄想エロシチュエーション短編作品♡

雪村 里帆
恋愛
ある日、産婦人科に訪れるとそこには顔を見たら赤面してしまう程のイケメン先生がいて…!?何故か看護師もいないし2人きり…エコー検査なのに触診されてしまい…?雪村里帆の妄想エロシチュエーション短編。完全フィクションでお送り致します!

処理中です...