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第二章 紗栄子・高1
02 拓海の愚痴
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「鼻、真っ赤じゃん。」
マネージャーの更衣室を出るなりそう言われた紗栄子は、再度泣き出したりはしないものの、さらなる疲労を覚えた。
颯爽と礼子が帰ったあと、やがて春菜も帰り、ノロノロと着替え終えた紗栄子を待っていたのは同い年の男子部員2人だった。
「…お疲れ様。」
「お疲れ様だけどさ、ちょっと歩こうよ。」
藤堂拓海。
市内の北中出身で、中学時代は県内敵なしの背泳ぎの選手だった。
‘だった’という表現は誤りかもしれない。高校一年生にして、今年の県大会で優勝する可能性が高いレベルなのだから。
「ひでえよな、礼子先輩。紗栄子が嫌になるのももっともだよ。」
紗栄子は相槌をうつでもなく苦笑した。
―――そっとしておいてよ。一人で帰らせて。あんたと話してると余計疲れるの。
そう思っても、紗栄子はズバッとは言わない。マネージャーとしての選手への気遣いだとかの前に、元々そういうタイプなのだ。
「だいたい礼子先輩、経験者でもないくせに、偉そうなんだよな。」
この一週間、拓海の愚痴の行き着く先はここだ。
確かに礼子は、中学時代水泳部員ではなかった。一年生の時に今の部長である石田浩次と同じクラスになり、たまたま仲良くなった流れで誘われ、マネージャーになったという経緯なのである。
「拓海は結局そこだな。」
拓海の隣で、もう一人の男子部員、青山蓮が呟いた。
「そうだよ。結局そこだよ。練習の辛さも体験したことのない人間にあれこれ言われたくねえんだよ。」
半ば呆れて蓮が溜め息をつく。
―――紗栄子を慰めるとか言って、自分が愚痴を言いたいだけなんだよな。
拓海の愚痴に呆れながらも、結局蓮が毎日付き合っているのは、紗栄子のためだった。
拓海の論理は必ずしも間違ってはいないが、礼子に厳しく注意されて疲れ果てているタイミングの紗栄子に聞かせるべきものとも思えないから。
と言って、拓海に正面切って注意するのも面倒くさい。結局自分が聞き役にあてがわれるだけなのだから。
3人はやがて駐輪場にたどりついた。3人とも自転車通学だ。
そろって鍵を解除したものの、乗ることもなく自転車を引きながら歩き出す。
「でも、大変だと思うよ。経験がないってことは、想像でものを言わないといけないもの。礼子先輩、器用なんだと思う。経験がない中であれだけのマネージャーになるのって、本当に大変だと思う。努力もしたんだと思う。」
こうして紗栄子が控えめな口調で、けれどもしっかりと拓海に反論するのも、もはや恒例になりつつある。
拓海は紗栄子が容易に自分に同意しないことにむっとしつつ、その気持ちをすぐには言葉に乗せないよう、深呼吸をした。
「偉いよな、紗栄子は。」
褒めているんだか嫌味なんだか微妙なトーンでつぶやいた拓海の言葉をごまかすように、蓮も口を開く。
「ほんと、偉いよ、紗栄子。もっとぐちぐち言ってもおかしくないのにさ。俺らはさ、紗栄子がしんどさをため込むのがやなだけだから。」
蓮の手のひらが、ぽん、と紗栄子の肩をたたいた。高校一年生の男の子にしては女の子に慣れた調子で。
(さすが、‘北の藤堂・南の青山’だなあ。)
藤堂拓海も青山蓮も、中学時代から目立つスイマーであり、男子だった。
拓海の方は、水泳の実力も華やかで濃い顔立ちのイケメンぶりも抜きん出ていて、いかにも目立つタイプだった。大会や合同合宿で女子部員に告白されたりするのはしょっちゅうだった。
一方の蓮は拓海のような派手さはないものの、さっぱりとした顔立ちのイケメンで、明るくて優しくて女の子の扱いもうまく、人気者だった。拓海に振られた女の子をやさしく慰めて、そのままいただいているらしいなどという噂も聞いたことがある。
正直、中学時代の紗栄子にとっては拓海も蓮も軽々しい気がして、敬遠していた。合宿などで同じプールで練習していたこともあったとはいえ、性別も違えば選手としてのレベルも違っていたこともあり、自分から進んで話しかけたりすることはなかった。
同じ中学の女子選手などは、嬉々として二人に話しかけていたなあ、などと思い出しながら歩いていると、道路の向かい側から可愛らしい声が聞こえてきた。
「藤堂くーん、青山くーん。」
マネージャーの更衣室を出るなりそう言われた紗栄子は、再度泣き出したりはしないものの、さらなる疲労を覚えた。
颯爽と礼子が帰ったあと、やがて春菜も帰り、ノロノロと着替え終えた紗栄子を待っていたのは同い年の男子部員2人だった。
「…お疲れ様。」
「お疲れ様だけどさ、ちょっと歩こうよ。」
藤堂拓海。
市内の北中出身で、中学時代は県内敵なしの背泳ぎの選手だった。
‘だった’という表現は誤りかもしれない。高校一年生にして、今年の県大会で優勝する可能性が高いレベルなのだから。
「ひでえよな、礼子先輩。紗栄子が嫌になるのももっともだよ。」
紗栄子は相槌をうつでもなく苦笑した。
―――そっとしておいてよ。一人で帰らせて。あんたと話してると余計疲れるの。
そう思っても、紗栄子はズバッとは言わない。マネージャーとしての選手への気遣いだとかの前に、元々そういうタイプなのだ。
「だいたい礼子先輩、経験者でもないくせに、偉そうなんだよな。」
この一週間、拓海の愚痴の行き着く先はここだ。
確かに礼子は、中学時代水泳部員ではなかった。一年生の時に今の部長である石田浩次と同じクラスになり、たまたま仲良くなった流れで誘われ、マネージャーになったという経緯なのである。
「拓海は結局そこだな。」
拓海の隣で、もう一人の男子部員、青山蓮が呟いた。
「そうだよ。結局そこだよ。練習の辛さも体験したことのない人間にあれこれ言われたくねえんだよ。」
半ば呆れて蓮が溜め息をつく。
―――紗栄子を慰めるとか言って、自分が愚痴を言いたいだけなんだよな。
拓海の愚痴に呆れながらも、結局蓮が毎日付き合っているのは、紗栄子のためだった。
拓海の論理は必ずしも間違ってはいないが、礼子に厳しく注意されて疲れ果てているタイミングの紗栄子に聞かせるべきものとも思えないから。
と言って、拓海に正面切って注意するのも面倒くさい。結局自分が聞き役にあてがわれるだけなのだから。
3人はやがて駐輪場にたどりついた。3人とも自転車通学だ。
そろって鍵を解除したものの、乗ることもなく自転車を引きながら歩き出す。
「でも、大変だと思うよ。経験がないってことは、想像でものを言わないといけないもの。礼子先輩、器用なんだと思う。経験がない中であれだけのマネージャーになるのって、本当に大変だと思う。努力もしたんだと思う。」
こうして紗栄子が控えめな口調で、けれどもしっかりと拓海に反論するのも、もはや恒例になりつつある。
拓海は紗栄子が容易に自分に同意しないことにむっとしつつ、その気持ちをすぐには言葉に乗せないよう、深呼吸をした。
「偉いよな、紗栄子は。」
褒めているんだか嫌味なんだか微妙なトーンでつぶやいた拓海の言葉をごまかすように、蓮も口を開く。
「ほんと、偉いよ、紗栄子。もっとぐちぐち言ってもおかしくないのにさ。俺らはさ、紗栄子がしんどさをため込むのがやなだけだから。」
蓮の手のひらが、ぽん、と紗栄子の肩をたたいた。高校一年生の男の子にしては女の子に慣れた調子で。
(さすが、‘北の藤堂・南の青山’だなあ。)
藤堂拓海も青山蓮も、中学時代から目立つスイマーであり、男子だった。
拓海の方は、水泳の実力も華やかで濃い顔立ちのイケメンぶりも抜きん出ていて、いかにも目立つタイプだった。大会や合同合宿で女子部員に告白されたりするのはしょっちゅうだった。
一方の蓮は拓海のような派手さはないものの、さっぱりとした顔立ちのイケメンで、明るくて優しくて女の子の扱いもうまく、人気者だった。拓海に振られた女の子をやさしく慰めて、そのままいただいているらしいなどという噂も聞いたことがある。
正直、中学時代の紗栄子にとっては拓海も蓮も軽々しい気がして、敬遠していた。合宿などで同じプールで練習していたこともあったとはいえ、性別も違えば選手としてのレベルも違っていたこともあり、自分から進んで話しかけたりすることはなかった。
同じ中学の女子選手などは、嬉々として二人に話しかけていたなあ、などと思い出しながら歩いていると、道路の向かい側から可愛らしい声が聞こえてきた。
「藤堂くーん、青山くーん。」
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