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第一章 32歳~

28 医療のコーナー 36歳 (テレビUスタッフ視点)

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 アナウンス部の川原さんはサッパリした顔立ちの美人だ。
 過剰な個性がないので、ニュースを淡々と読む向きだ。
 甘さが少なくて、華やかではないから、あからさまにモテたりするタイプには見えない。
 先日再婚されたとのことで、聞くところによると、お相手は前のご主人の親友で、N大病院の腕のいい医師らしい。年は同じくらいだとか。
 今のご主人の立場になって想像すると、親友との間に子供も設けている女性とお付き合いしたり結婚したりするってなかなかハードルが高いと思う。
 それに医師は収入が多くてモテる職業だ。もっと若い、再婚ではない女性が寄ってきそうなものだが。
 そういう人達より川原さんが良かったんだと思うと、川原さんは女性として恋人として伴侶としてすごく魅力的な部分がある人なのかなあなんて考えたりする。
 実際仕事はできるし気が利くし、同僚としてはとてもありがたいひとだ。
 ともかく、幸せな話しはこちらも嬉しい。それが一番だ。



「今度の収録、うちの夫を取材してくださるんだそうで、お世話になります。」
 川原さんが改めて挨拶をしてきたので、仕事の予定表を確認すると、ある番組内の医療情報のミニコーナーで取材する予定が目に留まった。
「あ、すみません。こちらこそよろしくお願いします。気づかなくて…。」
「私が旧姓を名乗ったままなもんですから。N大病院の医師といっても大勢いますし。彼の名字も特別珍しいものでもないので、わかりにくいと思います。」
 資料に目を通す。
 工藤大志。
 N県立N高校卒。
 国立N大学医学部卒。
 N大学附属病院勤務医。専門は整形外科。
 おお。しかもイケメンだね。
 正直、こんなにモテそうな人が川原さんと…?という感覚はぬぐえなくて。俺って意地悪かな。



「妻がいつもお世話になってます。」 
 実際に会ってみたら、イケメンなのはさることながら、朗らかで気さくで感心した。
「僕、医者の家系じゃないからか、あんまり医者としての迫力みたいなもんがないみたいですね。」
 カラッと笑う。いかにも“医者の家系で、医者になるのは当然で、おぼっちゃまお嬢様として大事にされてきました”感満載の、不遜なタイプよりずっといい。
 テーマに沿って、模型を使いながら色々と説明してもらう内容。収録はスムーズに終わった。
「工藤先生どうもありがとうございました。」
「いえいえこちらこそありがとうございました。これからも夫婦ともどもよろしくお願いします。」
「こちらこそよろしくお願いします。いやあ、先生がとてもいい方なので、川原さんは幸せな方だなあと思いました。」
 ふ、と工藤先生が笑った。
「幸せなのは僕の方です。」
「え?」
「彼女に結婚を決心してもらえるように必死だったのは僕の方なんです。」
 浅はかな勘ぐりを見透かされた気がした。
 きっと、もっと、直接的なり間接的なり、いろんな声を耳にしてきたんだろう。
 わざわざ子持ちの女性と結婚しなくてもーとか。もっと若くていい相手がいるだろうにーとか。
 しかし。
 “幸せなのは僕の方です”なんてなかなか言えないよ。めちゃくちゃいい男じゃないか。



「昨日は夫がお世話になりました。」
「こちらこそありがとうございました。」
「なんだか、あのう…。」
「はい?」
「えーと、ですね…。」
 珍しい。川原さんにしては歯切れが悪い。
「私の話題になったらビックリした顔させちゃったのなんのと言ってまして。あの人何か変なこと言いました?」
 わあ。顔に出さないようにしたつもりだったけど、ダメだったか。
「ああ、あー…。川原さんに結婚を決心してもらえるように、僕の方が必死だったとか…そんなことおっしゃってました…よ。」
 川原さんの顔が真っ赤になる。
「すみません、何言ってんのかしらあの人…。仕事中に…。」
 その後も何やらモゴモゴ言ったあと、川原さんは自分のデスクに戻っていった。
 はーん。
 今日家に帰ったら旦那さんに“なんてこと言うのよ!”とか言うんだろうな。で、あの旦那さんなら“本当のことじゃん”とか言ってますます川原さんの顔を赤くしそうだ。
 俺の事利用して間接的に夫婦でイチャイチャしてんじゃん。ごちそうさまでーすって感じ?
 まあ、イメージと違う川原さんの様子を見られて面白かったけどね。
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