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第一章 32歳~

19 あいさつ③ 35歳

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 川原家をあとにして、工藤家に行く前に昼食をとりにレストランに寄った二人だったが、健やかに適量食べた大志とは対照的に、紗栄子はほとんど喉を通らなかった。
「ウチで腹が鳴ったら恥ずかしいぞ。」
「だって、食べられるわけないでしょ。緊張の極みよ。就職して最初の生中継といい勝負だわ。」
「…うちの親に会うのが初めてでもないのに。」
「状況が違うでしょ。初々しい高校生カップルだったころとは違うのよ。私は再婚、子持ちなの。」
「蓮のことも知らない人達じゃないんだしさ。」
 言いつつ、確かに父親の方は何か余計なことを言うかもしれないと思っているのは事実だ。
 紗栄子はケータイを取り出し、青山家から子供たちのSOSが来ていないか確認した。これも不思議な話だ。工藤家への挨拶に行くために、紗栄子の実家ではなく、蓮の実家に子供を預けているのだから。
「着信は来てないから…大丈夫ね。」
「じゃ、行こう。」
「うう。」
「大丈夫だよ。」



 玄関前で、紗栄子はスーツを何度も直した。
「大丈夫。ちゃんとしてるよ。」
 インターホンを鳴らすと、大志の母が顔を出した。
「いらっしゃい。どうぞ。」
「ご無沙汰してます。お邪魔します。」
 客間に入ると、くつろいだ服装だがだらしなくはない大志の父がいた。
「父さん。…青山紗栄子さん。」
「ご無沙汰してます。本日はお時間をいただいてありがとうございます。」
「こんにちは。どうぞ、かけてください。」
 川原家と負けず劣らずの質の良いソファーに、大志がさっと腰を下ろした。その様子を見て紗栄子もそっと腰を下ろす。
「今日は報告をさせてもらいます。」
 報告、という言葉が紗栄子には意外だった。お願い、ではないのだと。
「知っての通り、こちらの紗栄子さんは三年前にご主人を亡くしました。僕にとっても大事な友人の青山蓮くんです。二人の間には小学二年生と保育園の年長さんのお子さんがいます。僕は高校時代から紗栄子さんを尊敬してきました。大学時代には僕が至らずお別れすることになりましたけど、人としてずっと尊敬してきました。帝城大学に入学して、A市のテレビ局でアナウンサーを務めるために努力もしてきたし頭もいい人です。」
 出身大学とか職業とか、そういうことを引き合いに出すのは気が引けた紗栄子だが、そうしたほうが得策だと大志が思っているなら任せるしかない。
「ずいぶん堅苦しい説明だな。」
 大志の父が少し冷ややかに笑った。それを受けて大志はむっとしたが、極力顔には出さないようにした。
「じゃあ、ざっくり言おうか。彼女のことが好きなんです。それだけです。子供たちの父親代わりになるのは容易じゃないだろうけど、それについては努力します。そして、僕が努力するからと言って、お父さんお母さんにも祖父母の感情を抱いてくださいとは言いません。無理に会わなくてもいい。」
 大志の父が軽く眉毛をつりあげた。
「少なくとも彼女は、僕の仕事や立場や収入を目当てにして近づいてくる女性たちとは違うんです。今だって子持ちで再婚の自分が僕と結婚するなんて、と腰が引けてる。そういう人です。だから好きなんです。結婚します。」
 大志の父の表情は和らがない。といって反対とも言わない。なんともいえない空気が流れた。
「お茶もらうよ。紗栄子も、飲んで。」
「は、はい…。」
 正直紗栄子の喉はカラカラだったので助かった。とびきり上等な茶葉なのはわかったが、美味しいと感じる余裕はなかった。
 張り詰めた空気を和らげるために、大志の母が口を開いた。
「紗栄子さん、その、お子さんたちは、お元気?」
「はい、元気です。」
「男の子2人…だったかしら?にぎやかでしょうね。」
「はい、毎日…へとへとです。」
「おひとりだと大変でしょう?」
「母が…川原の母と、青山の母がかわるがわる手伝いに来てくれてます。」
「A市に?N市から?」
「はい。数日交代で泊ってくれて。本当に頼ってばかりです。」
 最近は大志にもとても助けられている———でも、そのことを言うのは躊躇われた。
「子供たちはいい子たちだよ。会うのが急すぎるなら、試しに遠くから見てみるのはどう?」
 突然の大志の提案に、紗栄子は驚き、工藤夫妻は目を見合わせた。
「今日は青山のご両親が面倒見てくださってるから…。紗栄子、連絡してみてくれるかな?」
「あ、はい…。」
 ケータイを取り出してコールすると、しばらくして蓮の母が出た。
≪紗栄子ちゃん?もう工藤さんちからお暇したの?≫
「いえ、あの…大志さんが気を遣ってくれて、こちらのご両親に、急に子供たちに会うんじゃなくて、ちらっと顔でも見てもらえたらどうかと。」
 いろいろと考えているらしく、少しの時間、電話の向こうが無言になった。
≪顔を見ていただけるだけでも嬉しいわ。今ねえ、城北高校の隣の公園にいるの。≫
 なんとタイムリーなんだろう。紗栄子と大志と蓮が三年間を共に過ごしたあの場所のごく近くにいるなんて。
「城北高校となりの公園で遊んでるって…。」
「そっか。あそこ、駐車場もあるし。」
 すっくと大志は立ち上がった。
「みんなで行きましょう。」
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