アマノジャク

藍川涼子

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第二部

07 俺の誕生日①(貴志視点)

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『貴志さん、誕生日プレゼント、考えたんだけどね。』
『へえ、なに?』
『貴志さん、いつも言ってるじゃない?君はアマノジャクだ、もっと素直になりなさい、って。』
『そうだね。』
『だからね、一日貴志さんの言うことを何でも聞きます。』
  …なんつーとんでもないことを言うんだ?君は。
  今まで散々拒否されてきた、ああいうことやああいうことやああいうことを実践してもいいってことですか?
『貴志さんの行きたい所に行って、貴志さんの食べたい物を食べて、貴志さんの欲しい物を買うの。』
  ああ、そういう健全な感じね。
  つうか飛鳥さん、それって自分で考えるって努力を怠っちゃいませんか。アマノジャクかどうかって、あんまり関係ないし。
  とか言うとそれこそ飛鳥さんがいじけて素直じゃなくなりそうだもんな。やめておこう。
『飛鳥さん、前言撤回しない?』
『はい。』
『絶対?』
『…はい。』
  早速返事にためらいが見られてるじゃないか。なんていうか、微笑ましいよ、飛鳥さん。



  そんな、飛鳥さんからのありがたい提言を受け、僕らは今、大型ショッピングモールにいる。
  たくさんの専門店が立ち並ぶ。その中に、人気の女性用下着ブランドが展開している直営店がある。
  飛鳥さんはその中で目当ての商品を見つけると、俺の方にそれを掲げて見せた。
  オッケー、上出来。間違いなし。写真でみたイメージに狂いはない。
  ネットの通販サイトで物色した、室内用スリップドレス。深い深い青い色。シルクサテンの風合い。恐ろしく上品で飛鳥さんにピッタリのデザイン。
  これを見つけた瞬間に息をのんだ俺をただの変態だと言わないでほしい。
  自分の好みの格好を彼女にしてもらうなんて最高じゃないか?
  ドレスに合わせてボレロと室内シューズも買うように指定した。
「はい、こんな感じ。」
  簡単に包装された袋を開けてくれる飛鳥さん。肌触りは思った通りだ。するするのさらさら。
「じゃあ、次はアクセサリーだな。」
  少し歩くと小さなアクセサリーショップがあった。スリップドレスに合うアンクレットが欲しい。細くて細くてとにかく繊細なタイプの。
  そこまでは詳しくリサーチしていない。さっきの店はさすがに入るのをためらったが、今度はじっくり本物を見ながら選ばせてもらおう。
  といってもネックレスやリングといった物に比べ、種類が少なく、‘繊細な’という条件に一番合致するものを自然と選んだ。
 それにしても変な光景だな。俺が選んで彼女が支払うなんて。普通は逆だ。
  目的の物を購入し、モール内の蕎麦屋でざる蕎麦を食べる。
「なんか、申し訳ないな。」
「え?」
「結局私の買い物なんだもの。貴志さんのお祝いって感じがしない。」
「俺が買ってるわけじゃないんだからいいんだよ。」
  ぐるりとモール内全体を楽しんで、最後は夕飯のための買い物。
  リクエストは酒が美味くなるもの。
  飛鳥さんがカゴに入れているものから察するに、チーズの盛り合わせ、ミックスビーンズのサラダ、ローストビーフ、ウニのパスタといったところだろう。
  いいね。大変好みです。
  その内容を確かめて、俺はピンク色のスパークリングワインと赤ワインを一本ずつ選ぶ。高すぎず安すぎず味のいいものだ。
  飛鳥さんが夕食の下ごしらえをしている間にゆったりと湯船につかる。
  最近忙しくて、彼女と会える日には時間がもったいなく、短時間のシャワーですませている。
  風呂から出ると、彼女は大概の仕度をすませていた。
「風呂、入っちゃう?」
「お夕飯遅くなっちゃうよ?」
  一刻もはやくあの服を着てほしい。
  とはさすがに言えないよな。がっつき過ぎ。
「二人とも済ませておけば気が楽だろう?」
「そうね、うん。」
  そして彼女は今日買った物をごっそり抱えてバスルームに消えた。
  渇いたのどをミネラルウォーターで潤す。
  手作りのローストビーフは大層旨そうだ。サラダからはオリーブオイルのかおり。
  でも、なにより楽しみなのは飛鳥さんの“いでたち”なわけで。
  そわそわと落ち着かない。必要以上に水を飲む。
  時間が俺に意地悪をしているような気さえする。
  30分ほど経って、ようやく飛鳥さんが戻ってくる気配がした。
「…おかしく、ない?」
 彼女は指定した物を指定したとおりに身につけていた。
 ボレロはまだ着ていない。繊細な肩のストラップ。短すぎず、長すぎず、な丈。

  あー…。

  うぅわぁー…。

「へ、変?」
 黙って見とれている俺に対して不安になったのか、飛鳥さんが落ち着かない様子で洋服の裾をつまむ。
  想像以上。
  最高。
「おいで。」
  彼女をソファーに座らせて、用意しておいた保湿クリーム(全身用)を取り出す。
  当然自社製品です。
「え?ちょっと、なに?」
「静かにしなさい。」
  右手中指で適量をすくいあげ、ヒヤリとしないように両手でもみこむ。
  膝から下。肘から先。やわらかくなったクリームをするするとのばしていく。
アンクレットがさらさらと音を立てる。
「こちらのクリームは新開発の保湿成分、xをたっぷりと使用した商品でして…。」
「塔宮課長モードだ。」
「本来塔宮課長はここまでサービス精神旺盛じゃないけどね。秘書課の佐藤飛鳥さんが相手なら別。」
  クリームを手のひらで転がし、左右の耳の下から首筋を滑らせる。
  彼女は思わず肩をすくめてみせた。
「飛鳥さん、顔が変だよ。」
「だって、くすぐったい…。」
  デコルテの部分まで塗って、彼女をいったん解放する。
「まだだよ。」
「え?いいよ、もう十分ぬってもらったから。」
「じゃなくて。足の爪。」
 そう言って俺がマニキュアのボトルを取り出すと、彼女は目を丸くした。
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