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第二部
06 食えない、寺元主任(貴志視点)
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「今度の土曜日、空いてますか。」
約束はしていないが、飛鳥さんの顔が脳裏をちらつく。
彼女が超落ち込んでいた日以来、何日も会えていない。
でも、神林課長の誘いは断りたくないなと思う。この人からの誘いは、大概仕事に重要な影響力が出てくる。
「一応、空いてます。」
一応、の所にアクセントを置いたのをどう思ったか知らないけれど、神林課長は申し訳なさそうに笑った。
「寺元くんと飲みにいくんですが、ご一緒してくれませんか。」
※
「遅れて、すみません。」
神林課長が予約したらしい和食屋は、えらく品がいい。まあ、この人が選んだ所ならハズレはないだろう。
と、寺元主任が腰を浮かせた。
「あー、座っててくださいよ。今日は‘会社の飲み会’モードじゃないつもりなんで。」
寺元主任はそのひと言であっさり腰をおろす。そうしてもらえる方がありがたい。
二人が飲んでいるビールは旨そうだ。すかさず俺も注文し、渇いた喉を潤す。
寺元主任もビールをあおって口を開いた。
「御二人は、よく一緒に飲むんですか。」
「そうだな。妻と塔宮くんが元々仲良かったからね。俺がそれに便乗する形で。」
「へえ。佐藤さんは一緒じゃないんですか?」
なんでその名前が出るかな。
「え?飛鳥さん?」
「はい。奥さんと仲がいいんだったらそういうこともありそうじゃないですか。」
「あー、まあそうなんだけどなあ。」
「多分嫌われてるんですよ、俺。チャラついて見えるらしいです。」
「へえ、意外です。佐藤さん、人の好き嫌い、態度に出さないタイプっぽいですけど。」
おお、的確な評価。つうか、俺へのフォローなしかよ。
「確かに彼女はそうだね。優秀だよ。」
「ええ。ああいう真面目な人はそうはいませんね。」
予想より寺元主任は飛鳥さんを高評価している。神林課長にオベッカ使って話を合わせている風でもない。
「真面目と言えば寺元くんこそそうじゃないか。誘っても付き合いが悪いって女の子達が騒いでるぞ。」
はは、と寺元主任は乾いた笑いをもらす。
「塔宮くんを少し見習ってもいいと思うけど。」
なるほど。寺元主任の、社内の人との付き合いの悪さを神林課長は憂えているわけね。
「まあ、見習うとしても本当に‘少し’でいいけどな。」
「ひーどくないすか、それ。」
「否定はできないだろう。」
「そうなんですけどね。」
その後は、寺元主任が元・営業ということで、ありがちな苦労エピソード披露の応酬で盛り上がった。
※
盛り上がって二軒目へ。雰囲気のいいバーだ。
「ここで高橋さんのこと、口説いたんですか。」
「余計なお世話。しかし君は飲むたんびにそれだな。」
俺達のやり取りを見て、寺元さんは静かに笑っていたが、ふいにグラスを置いた。
「課長は社内恋愛だったわけですよね。」
「ああ、まあなあ。」
攻撃手が二人になり、神林課長がヤレヤレという顔をする。
仕方ない。矛先を変えるか。
「なんですか、寺元主任、いい子見つけました?」
「そういうんじゃないですよ。」
「でも、いいな、っていう子くらいいるでしょう。」
「ああ…まあねえ。」
「誰ですか。」
「まあ、佐藤飛鳥さんでしょう。」
即答かよ。そんで、飛鳥さんかよ。
「へえ~…意外です。」
「そうですか?」
「なんつうか、もっとわかりやすく可愛い子、いっぱいいるじゃないですか。」
「ああ、まあそうなんですけど、なんというか、絶妙じゃないですか?飛鳥さんて。」
絶妙。
確かにそうなんだけど。いつの間に‘佐藤さん’から‘飛鳥さん’に変わってんだよ…。
「不思議な人ですよね。自分の評価は微妙に厳しいのに他人には甘い。お人好しというんでしょうか、気になりますよね。」
気にならなくっていいし。寺元さん、今日一番の饒舌さだし。
なんなんだよ。
「プライベートもああだとしたら、自分の恋人だとしたら、困りますね。」
「困る、って?」
「多分、たまらなく夢中になります。」
沈黙。
どうリアクションするのが正解だ?
「シーンとしないでくださいよ。これじゃ、まるで本気で飛鳥さんに惚れてるみたいじゃないですか。」
「あー…冗談…。」
「当たり前です。課長には申し訳ないですけど、社内恋愛は避けたいんです。自分が辛いでしょう?」
「…まったく抗弁できないね。」
「塔宮さんまでマジな顔しないでくださいよ。本気だったらこんなシチュエーションで言えるわけないでしょう。」
と、言うことで逆に保険をかけてんじゃないか?というのは勘繰りすぎなのか?
勘繰るのは俺が飛鳥さんの彼氏だからこそ、なわけで。
「寺元さんが言うと冗談に聞こえないですよ。」
「よく言われます。」
そう言って寺元主任はニコニコしている。
食えない奴だな。
約束はしていないが、飛鳥さんの顔が脳裏をちらつく。
彼女が超落ち込んでいた日以来、何日も会えていない。
でも、神林課長の誘いは断りたくないなと思う。この人からの誘いは、大概仕事に重要な影響力が出てくる。
「一応、空いてます。」
一応、の所にアクセントを置いたのをどう思ったか知らないけれど、神林課長は申し訳なさそうに笑った。
「寺元くんと飲みにいくんですが、ご一緒してくれませんか。」
※
「遅れて、すみません。」
神林課長が予約したらしい和食屋は、えらく品がいい。まあ、この人が選んだ所ならハズレはないだろう。
と、寺元主任が腰を浮かせた。
「あー、座っててくださいよ。今日は‘会社の飲み会’モードじゃないつもりなんで。」
寺元主任はそのひと言であっさり腰をおろす。そうしてもらえる方がありがたい。
二人が飲んでいるビールは旨そうだ。すかさず俺も注文し、渇いた喉を潤す。
寺元主任もビールをあおって口を開いた。
「御二人は、よく一緒に飲むんですか。」
「そうだな。妻と塔宮くんが元々仲良かったからね。俺がそれに便乗する形で。」
「へえ。佐藤さんは一緒じゃないんですか?」
なんでその名前が出るかな。
「え?飛鳥さん?」
「はい。奥さんと仲がいいんだったらそういうこともありそうじゃないですか。」
「あー、まあそうなんだけどなあ。」
「多分嫌われてるんですよ、俺。チャラついて見えるらしいです。」
「へえ、意外です。佐藤さん、人の好き嫌い、態度に出さないタイプっぽいですけど。」
おお、的確な評価。つうか、俺へのフォローなしかよ。
「確かに彼女はそうだね。優秀だよ。」
「ええ。ああいう真面目な人はそうはいませんね。」
予想より寺元主任は飛鳥さんを高評価している。神林課長にオベッカ使って話を合わせている風でもない。
「真面目と言えば寺元くんこそそうじゃないか。誘っても付き合いが悪いって女の子達が騒いでるぞ。」
はは、と寺元主任は乾いた笑いをもらす。
「塔宮くんを少し見習ってもいいと思うけど。」
なるほど。寺元主任の、社内の人との付き合いの悪さを神林課長は憂えているわけね。
「まあ、見習うとしても本当に‘少し’でいいけどな。」
「ひーどくないすか、それ。」
「否定はできないだろう。」
「そうなんですけどね。」
その後は、寺元主任が元・営業ということで、ありがちな苦労エピソード披露の応酬で盛り上がった。
※
盛り上がって二軒目へ。雰囲気のいいバーだ。
「ここで高橋さんのこと、口説いたんですか。」
「余計なお世話。しかし君は飲むたんびにそれだな。」
俺達のやり取りを見て、寺元さんは静かに笑っていたが、ふいにグラスを置いた。
「課長は社内恋愛だったわけですよね。」
「ああ、まあなあ。」
攻撃手が二人になり、神林課長がヤレヤレという顔をする。
仕方ない。矛先を変えるか。
「なんですか、寺元主任、いい子見つけました?」
「そういうんじゃないですよ。」
「でも、いいな、っていう子くらいいるでしょう。」
「ああ…まあねえ。」
「誰ですか。」
「まあ、佐藤飛鳥さんでしょう。」
即答かよ。そんで、飛鳥さんかよ。
「へえ~…意外です。」
「そうですか?」
「なんつうか、もっとわかりやすく可愛い子、いっぱいいるじゃないですか。」
「ああ、まあそうなんですけど、なんというか、絶妙じゃないですか?飛鳥さんて。」
絶妙。
確かにそうなんだけど。いつの間に‘佐藤さん’から‘飛鳥さん’に変わってんだよ…。
「不思議な人ですよね。自分の評価は微妙に厳しいのに他人には甘い。お人好しというんでしょうか、気になりますよね。」
気にならなくっていいし。寺元さん、今日一番の饒舌さだし。
なんなんだよ。
「プライベートもああだとしたら、自分の恋人だとしたら、困りますね。」
「困る、って?」
「多分、たまらなく夢中になります。」
沈黙。
どうリアクションするのが正解だ?
「シーンとしないでくださいよ。これじゃ、まるで本気で飛鳥さんに惚れてるみたいじゃないですか。」
「あー…冗談…。」
「当たり前です。課長には申し訳ないですけど、社内恋愛は避けたいんです。自分が辛いでしょう?」
「…まったく抗弁できないね。」
「塔宮さんまでマジな顔しないでくださいよ。本気だったらこんなシチュエーションで言えるわけないでしょう。」
と、言うことで逆に保険をかけてんじゃないか?というのは勘繰りすぎなのか?
勘繰るのは俺が飛鳥さんの彼氏だからこそ、なわけで。
「寺元さんが言うと冗談に聞こえないですよ。」
「よく言われます。」
そう言って寺元主任はニコニコしている。
食えない奴だな。
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