アマノジャク

藍川涼子

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第一部

20 課長の恋愛観 (川崎視点)

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 私用のケータイが胸ポケットの中で無遠慮な動きを続ける。取り出して確認すると、彼女からのメッセージだった。

<本当に会社の人と一緒?違ってたら怒っちゃうからね!>

 今日、最初にデートしようと誘っていたのは俺だった。でも、会社の関係で今日は無理そう、と断られていた。だから、課長に飲みに誘われて今は居酒屋にいるわけで。
 先約がなくなった彼女から‘やっぱり会えないか’と問われたのは今日の昼のこと。すでに別の約束を取り付けてしまった状態では、無理だ。しかも相手は直属の上司。
 彼女的には‘先にそっちが誘ってきておいて’という気分らしい。だから、こんなメッセージを寄越したんだろう。

「何をにやついてんだ?川崎。」
 課長は黒ビールをぐいっとあおると、それこそにやにやしながらこちらを覗きこんできた。
「別ににやついてないですよ。」
「彼女?」
「まあ、そうです。」
「へええ、いいねえ。」
 目の前にいる、塔宮貴志課長は俺達若い世代にとっては憧れの存在だ。カリスマ性というとやや大袈裟だけど、安心できるリーダーシップを持っている。失敗してもむやみに注意したりしない。次の仕事で取り返せという態度が、プレッシャーでもあり励みにもなる。
 課長は他の部署の飲み会によく顔を出して、情報収集にも余念がない。今日みたいに、同じ部署の男4人で飲むなんて珍しくて、実はちょっと嬉しい。
「長く付き合ってんの?」
「半年ぐらいです。」
「へえ。どんな人か見ていい?」
 俺から受け取ったケータイのディスプレイを覗き込み、課長はやっぱりにやっとする。
「かーわいいじゃん。」
「や、普通です、普通。」
 正直、彼女はまあまあ可愛いと思う。友達に紹介されて、こちらからそれなりに熱心に押した。
「おまえから行ったの?」
「そうですね。」
「燃えるよなあ、そういう時って。」
「ええ~、課長から女の子口説くことなんてあるんですか?」
「そりゃあるよ。」
「マジですか?黙ってても寄ってきそうですけど。」
 隣に座っている同期の星川勝が、‘課長によくそんな口きけるな’という顔をする。
「そんなにもてないし。寄ってきたとしても、その気になれそうとは限らないだろ?」
「じゃあ、結構‘厳選’するわけですか。」
「いや、とりあえず付き合ってみるけどさ。」
「ええ~、どっちなんですか~。」
 喉を通るビールの感触は心地いい。そういえば、課長の恋愛話なんて初めて聞くかもしれないな。
「付き合ってみて駄目だと思ったら早いうちに終わるかな。」
「へ~、マジですか。気まずくないですか?」
「気まずいよ。気まずいけど、それ以上に彼女に神経使うのが嫌になるんだよね。仕事のことだけ考えたくなって、そうすると自然とないがしろになるだろ?で、怒らせて終わり。だいたいこのパターン。」
「でもそれってモテ男の余裕ですよ、俺らなんてそんな潔くできませんって。次がいつ現れるかわかんないですから。」
 なあ?と同意を求めるように星川を振り返ると、苦笑しながら頷いている。と、もう1人の参加者である上杉さんが笑い出した。
「星川、一緒にすんなよって顔してんじゃん。」
「そ、そんなことないですよ。」
「無理に合わせることねえよ。なんせお前はあの潔癖女史と噂になった男だもんなあ。」
 上杉さんの言葉に、星川はますます苦笑する。
 ちょっと前、星川と秘書課の佐藤飛鳥さんが怪しいと噂になった。みんなはからかってネタにしていたけど、俺的には星川にはマジでその気があったんじゃないかって気がする。別に本人から聞いたわけじゃないけど。
「もうその話はマジで勘弁してくださいって。飛鳥さんに申し訳ないんですから。」
「でも、飛鳥さんの方も別に怒ってないみたいだし。年下のか~わいい男の子と噂になってかえって嬉しかったりして。」
「とんでもないですよ。」
 同じ会社の人、かあ。そういえば同じ会社の人をそういう目で見たことはないなあ。
「みなさん、同じ会社の人と付き合ったことあるんですか?」
「凄い唐突な質問だな。俺はないよ。」
 上杉さんが顔の前で手を振りつつ、促すように課長の顔を見る。
「あー…前の会社でならあるけど。」
「マジですか?課長。その人とまだ付き合ってるんですか。」
「や、とっくに別れたよ。」
 ちょっと興奮しかかったけど、肩すかしをくらう。
「転職の時に、ですか。」
「いや、まだ前の会社にいる頃。」
「へえ~。課長から行ったんですか。」
「ううん。」
「やっぱりもてるんじゃないですか~。ていうか、社内で付き合うって大変じゃなかったですか?」
 もやしのナムルを少し取って、課長は口に放り込む。
「大変っていうか面倒だったかなあ。」
「でしょうね~。」
「彼女のほうはそういうスリルみたいなものも含めて楽しんでいたようだけど、俺はそうは思えなかったね。」
 なるほど。そういうのはわかる気がする。
「じゃあ二度とこりごりって感じですか?」
「進んで飛び込みたくはないけどね。でも、計画的に自分を律することが一番難しい分野だろ。恋愛なんていうもんは。」
 そう言って小さくため息をつく課長の顔にはほんの一瞬だけ憂いの表情が浮かんだように見えた。
「それじゃまるで、今まさに、飛び込みたくない恋に落ちてるみたいに見えますよ。」
 口元にやわらかく笑みを浮かべ、課長は視線をこちらに寄越した。
「そう見えるのならそうなのかもしれないな。」
 さらっと言い放つ課長に、上杉さんがおかしそうに身を乗り出す。
「ちょっと、ここは否定する流れでしょう。」
「あ?そう?」
 胸ポケットの中で、再度ケータイが震える。
「まぁたラブラブメッセージ?いいねえ彼女持ちは。」
「別にラブラブじゃないですけど。」
 彼女のご機嫌はななめだけど、きっとすぐに直る。
 今俺は幸せな恋愛をしていて、不満なんてない。でも、ちょっと切なそうな表情を見せた課長が、なぜだかうらやましいような気がした。
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