19 / 36
第一部
19 M製薬 (飛鳥視点)
しおりを挟む
「飛鳥さん、お願いがあるんですけど…。」
更衣室で帰宅の準備を終えて帰りかけたところを、同じ秘書課の理恵子ちゃんに呼び止められた。
「実は私の学生時代のサークルの先輩がM製薬に勤めてるんですけど、飛鳥さんに会ってみたいって凄く熱心なんですよね。」
「ああ…。」
「あ。女性です。そこは、はい。安心してください。」
雑誌‘S’に出て以来、こういう話は絶えない。他部署でろくに話したこともない人には、悪いけどお断りをしてきている。元々付き合いがあるならともかく、全部相手にしていると本当にキリがないのだ。
むしろごく近しい秘書課の子のほうがそういう話はしてこなかった。だから、理恵子ちゃんの依頼は珍しい。
「もちろん、飛鳥さんが嫌なら断りますんで…。」
そういいつつも、話を聞いた段階で断らなかったということは、よほどお世話になった先輩なのかしら。うーん、理恵子ちゃんにはそれなりにお世話になってるしな。たまには、役に立たなくちゃね。
「わかった。理恵子ちゃんのお願いだもの、いいわよ。」
「本当ですか?あぁ、よかったぁ。」
少し大袈裟なくらいに理恵子ちゃんは胸を撫で下ろし、同じく帰ろうとしている栄子に目を向ける。
「できれば主任も来てくれませんか?そのほうが飛鳥さんも楽しいですよ、ね?」
「え?あたし?…まあ、別にいいけど。」
「だって、会ってみたくないですか?M製薬の人たちですよ。」
小首を傾げる理恵子ちゃんの思惑に、栄子も私も苦笑せざるを得ない。
実は、M製薬というのは、貴志さんの前の職場である。理恵子ちゃんはどうも、彼と栄子の仲を本気で疑っている1人らしい。
「特に会ってみたいわけでもないけど、塔宮課長の話なんか聞いてみてもいいかもね。」
栄子の言葉に、理恵子ちゃんはにっこりと―むしろにやりと―笑って見せた。
なるほど。理恵子ちゃん的にははじめから栄子のことを誘いたかったわけだ。で、そのためには私をどうしても攻略したかったわけだ。ふうん。
「じゃあ、都合のいい日教えてくださいね。」
※
理恵子ちゃんの俊敏ともいえる迅速なセッティングにより、M製薬の方々との飲み会はさして間をおかず開かれた。場所は多国籍料理店で、店内には刺激的な香りが充満している。
「こんばんは、一度お目にかかってみたかったんですよ。」
「ご覧の通り、こんな程度で申し訳ないです。」
「やだー、謙遜しないでくださいよぉ。」
理恵子ちゃんの先輩という古河さんは、とても明るくおしゃべりが好きそうな感じだ。
「私も今日は楽しみで。なんせ‘A化粧品の美肌№1’でしょう?」
「もうねえ、あれは本当に撮影側の技術の賜物なんです。」
「またまたぁ。」
古河さんと一緒に来た田中さんはさらにさらに滑らかに言葉を紡ぎだす。
「ついでに塔宮さんの近況なんかも聞きたくて。実は私、営業課で部下だったんです。」
「へえ、そうなんですか。」
気持ち、理恵子ちゃんが身を乗り出した。一緒に来た、同じ秘書課の夕子ちゃんも。
「どんな感じだったんですか?塔宮課長って。」
「んー、会社ではなんていうか完璧人間だったなあ。でも隙がないっていうんでもなく、話しやすい人だったなあ。」
「ああ、やっぱりそうなんですねえ。」
「まあ、私は会社でのことしか知らないけど。ねえ、樹里さん?」
古河さんが連れてきたもう1人の女性、天本さんは田中さんの言葉を受け、あいまいな笑顔を見せる。
「塔宮課長のプライベートが知りたければ、こちらの樹里さんにどうぞ?」
「えっ、それって…。」
「もしかして天本さん、塔宮課長の元カノ…?」
理恵子ちゃんと夕子ちゃんの顔を交互に見て、ためらいがちに天本さんは小さくうなずいた。ここで返す適切なリアクションというのはなんだろう。例えば驚きの声を上げたり、即座に食いつくように塔宮課長とのことを質問したりするべきなのだろう。
けれど、私達は4人そろってかたまってしまった。理恵子ちゃんと夕子ちゃんの若い2人は栄子と彼の仲を疑っているわけだから栄子に気をつかう。栄子は私に気をつかう。私はどうしていいんだかわからない。
変な空気に気づき、少し照れたような顔をしていた天本さんが古河さん、田中さんの2人を振り返る。
「もしかしてあなた達の中に今の彼女さんがいる…なんて?」
仕方なく古河さんが思い切って口を開いた。それにほっとしたように、栄子が笑顔で返す。
「あは、まさか。ただちょっとびっくりしちゃって。」
「そ、そうですよね。」
かたまりかけた空気が、ぎこちなくはありながらもだんだんとほどけていく。でも、今の空気のかたまり方を見て、古河さんの言葉を否定しきることはできないだろう。
「どんな人だったんですか?塔宮課長って。」
この話題を無視するほうがかえってまずいと判断したのか、栄子がそうノリノリというわけでもなく天本さんに問いかける。
「そうですね…会社にいるときとそう変わらないような気がします。優しくて紳士的で。」
‘優しくて紳士的’。その言葉に耳を疑ってしまう。確かに、基本的にはそうだけれど、2人きりになったときの彼はそれとは程遠い気がする。
でも、なにも本当のことを話す必要なんてないんだものね。大事な思い出こそ、自分の胸にしまっておく、ということもあるだろうし。
その後、話題は次第に雑誌‘S’の撮影や取材へと移行していった。
※
別れ際、理恵子ちゃんはなんだか恐縮していて、誘ったことをしきりに謝っていた。主に、栄子に対してなんだろうけど。
M製薬の人たちはもっとミーハーな感じかと思ったらそんなことはなく、とても楽しく会は進んだと思う。…もちろん、天本さんの様子は気になったけど。
パーマをかけたミディアムショートの髪型が似合っていて、ほっそりとした体を包んだグレーのスーツは品が良かった。
貴志さんはこの人とお付き合いしていたんだなあと思うと、複雑ではあったけれど素敵な人で嬉しいような気もした。
と、私は自分の気持ちをおさめていたのだけど。
「あの天本さん?なーんかタチが悪そう。」
2人になった途端、栄子が渋い顔をして見せたのだ。
「…そう?」
「だってさ、元カレの今の職場の人とわざわざ会うかな。しかもぐいぐい自分からその話するんでもなければ、反対に隠そうともしてないし。まだ見ぬ今カノを遠まわしに牽制してやろうっていうんじゃないの?」
「えー…考えすぎじゃないの。」
「飛鳥は人が良すぎるの。一応、彼には話しておいたほうがいいんじゃなの?」
それは、そうするつもりでいた。報告したからってなにがどうってことはないけど、どうやら貴志さんには変に隠し事のようなことはしない方がいいと星川君の件で学習したからだ。
※
「お待たせ、ごめんね。」
今日のデートはイタリアンだ。個室とまではいかないけれど、背もたれで各テーブルが仕切られているつくりになっている。
貴志さんは頼んだビールをぐっと飲んで、大きく息をついた。私は貴志さんを待ってる間にすでに2杯目になってしまったアイスティーを少し、飲む。
「そういえばこの間の飲み会はどうだったの。M製薬との。」
貴志さんから話を振ってくれた。良かった。自分から話し始めるよりすっと言いやすい。
「うん、楽しかったわ。意外な人にも会ったけど。」
「意外な人?」
「天本樹里さん。」
持ち上げたビールのグラスが一度傾きかけ、結局傾くことなくテーブルの上に戻る。
「あー……聞いた?」
「うん。元カノさん、なのね。」
「…はい。」
会話が途切れたところに、サラダが2人分運ばれてくる。フォークでレタスを刺して口に運ぶと、思ったよりもすっぱい味がした。
「貴志さんは優しくて紳士的だったって言ってたわ。」
「…そう。」
「嘘でしょ、って思ったわ。」
トマトを食べると、さらに酸味が増した。私の言葉に、少し貴志さんが笑う。
「嘘じゃないよ。」
「ううん、きっと嘘よ。意地悪な貴志さんの本性は、他の人に言いたくないんだわ。」
「彼女にはそういう顔は見せてない。というか、そういう気にならなかった。」
「…どうして?」
「俺は本気にならなかったからじゃないの。」
今の言葉で、私は喜んでいいんだろうか。私には本気だよって言ってるのかしら。でも、素直に受け止めるのはちょっと恥ずかしい。
「やだわ、そんな言い方。遊びでつきあってたの?」
「そう解釈する?それは違うよねえ、飛鳥さん。」
貴志さんがどんどんいつもの調子を取り戻していく。と、思いきや、表情を引き締めた。
「彼女に求められて真面目に付き合ったよ。彼氏としてはできるだけするべきことをした。でも俺の気持ちは最後まで落ち着いてたな。まあ要は、惚れてなかったってことだね。」
さっくりと言い捨てて、貴志さんはサラダをかたづける。嬉しいような、彼女がかわいそうなような、でもそれは偽善的なような、変な気持ちだ。
「そのうち仕事で忙しくて、彼女に労力を使うのが惜しくなっていった。そうすりゃ彼女は不満増大、喧嘩も倍増、 そしてお別れ。まあ、結果的にはそう仕向けたようなもんかな。」
やっぱり複雑。そんな話を聞くと、貴志さんは女性に冷たいひどい男、って感じなんだもの。でも私にとっての貴志さんは、そんな人じゃない。
「だから俺は今の自分の現状が不思議でならないんだよね。」
「…どういうこと?」
「やだなあ、飛鳥さん。これ以上はっきり俺に言わせたいの?意地悪になったんじゃない?」
ちょうど熱々のパスタとピザが目の前に運ばれ、手早く貴志さんが取り分けてくれる。
「俺、恥ずかしがりなんだから言葉にするのは苦手なんだよね。」
「もう、嘘つき…!」
「嘘なんかついてない。今夜はたっぷり態度で示させてもらいます。…そういう方が好きなんだろ?」
くるくるとパスタをフォークにまきつけ、貴志さんは美味しそうに頬張る。言葉遣いばっかり優しくて紳士的で、でもやっぱり彼は意地悪なんだ。
更衣室で帰宅の準備を終えて帰りかけたところを、同じ秘書課の理恵子ちゃんに呼び止められた。
「実は私の学生時代のサークルの先輩がM製薬に勤めてるんですけど、飛鳥さんに会ってみたいって凄く熱心なんですよね。」
「ああ…。」
「あ。女性です。そこは、はい。安心してください。」
雑誌‘S’に出て以来、こういう話は絶えない。他部署でろくに話したこともない人には、悪いけどお断りをしてきている。元々付き合いがあるならともかく、全部相手にしていると本当にキリがないのだ。
むしろごく近しい秘書課の子のほうがそういう話はしてこなかった。だから、理恵子ちゃんの依頼は珍しい。
「もちろん、飛鳥さんが嫌なら断りますんで…。」
そういいつつも、話を聞いた段階で断らなかったということは、よほどお世話になった先輩なのかしら。うーん、理恵子ちゃんにはそれなりにお世話になってるしな。たまには、役に立たなくちゃね。
「わかった。理恵子ちゃんのお願いだもの、いいわよ。」
「本当ですか?あぁ、よかったぁ。」
少し大袈裟なくらいに理恵子ちゃんは胸を撫で下ろし、同じく帰ろうとしている栄子に目を向ける。
「できれば主任も来てくれませんか?そのほうが飛鳥さんも楽しいですよ、ね?」
「え?あたし?…まあ、別にいいけど。」
「だって、会ってみたくないですか?M製薬の人たちですよ。」
小首を傾げる理恵子ちゃんの思惑に、栄子も私も苦笑せざるを得ない。
実は、M製薬というのは、貴志さんの前の職場である。理恵子ちゃんはどうも、彼と栄子の仲を本気で疑っている1人らしい。
「特に会ってみたいわけでもないけど、塔宮課長の話なんか聞いてみてもいいかもね。」
栄子の言葉に、理恵子ちゃんはにっこりと―むしろにやりと―笑って見せた。
なるほど。理恵子ちゃん的にははじめから栄子のことを誘いたかったわけだ。で、そのためには私をどうしても攻略したかったわけだ。ふうん。
「じゃあ、都合のいい日教えてくださいね。」
※
理恵子ちゃんの俊敏ともいえる迅速なセッティングにより、M製薬の方々との飲み会はさして間をおかず開かれた。場所は多国籍料理店で、店内には刺激的な香りが充満している。
「こんばんは、一度お目にかかってみたかったんですよ。」
「ご覧の通り、こんな程度で申し訳ないです。」
「やだー、謙遜しないでくださいよぉ。」
理恵子ちゃんの先輩という古河さんは、とても明るくおしゃべりが好きそうな感じだ。
「私も今日は楽しみで。なんせ‘A化粧品の美肌№1’でしょう?」
「もうねえ、あれは本当に撮影側の技術の賜物なんです。」
「またまたぁ。」
古河さんと一緒に来た田中さんはさらにさらに滑らかに言葉を紡ぎだす。
「ついでに塔宮さんの近況なんかも聞きたくて。実は私、営業課で部下だったんです。」
「へえ、そうなんですか。」
気持ち、理恵子ちゃんが身を乗り出した。一緒に来た、同じ秘書課の夕子ちゃんも。
「どんな感じだったんですか?塔宮課長って。」
「んー、会社ではなんていうか完璧人間だったなあ。でも隙がないっていうんでもなく、話しやすい人だったなあ。」
「ああ、やっぱりそうなんですねえ。」
「まあ、私は会社でのことしか知らないけど。ねえ、樹里さん?」
古河さんが連れてきたもう1人の女性、天本さんは田中さんの言葉を受け、あいまいな笑顔を見せる。
「塔宮課長のプライベートが知りたければ、こちらの樹里さんにどうぞ?」
「えっ、それって…。」
「もしかして天本さん、塔宮課長の元カノ…?」
理恵子ちゃんと夕子ちゃんの顔を交互に見て、ためらいがちに天本さんは小さくうなずいた。ここで返す適切なリアクションというのはなんだろう。例えば驚きの声を上げたり、即座に食いつくように塔宮課長とのことを質問したりするべきなのだろう。
けれど、私達は4人そろってかたまってしまった。理恵子ちゃんと夕子ちゃんの若い2人は栄子と彼の仲を疑っているわけだから栄子に気をつかう。栄子は私に気をつかう。私はどうしていいんだかわからない。
変な空気に気づき、少し照れたような顔をしていた天本さんが古河さん、田中さんの2人を振り返る。
「もしかしてあなた達の中に今の彼女さんがいる…なんて?」
仕方なく古河さんが思い切って口を開いた。それにほっとしたように、栄子が笑顔で返す。
「あは、まさか。ただちょっとびっくりしちゃって。」
「そ、そうですよね。」
かたまりかけた空気が、ぎこちなくはありながらもだんだんとほどけていく。でも、今の空気のかたまり方を見て、古河さんの言葉を否定しきることはできないだろう。
「どんな人だったんですか?塔宮課長って。」
この話題を無視するほうがかえってまずいと判断したのか、栄子がそうノリノリというわけでもなく天本さんに問いかける。
「そうですね…会社にいるときとそう変わらないような気がします。優しくて紳士的で。」
‘優しくて紳士的’。その言葉に耳を疑ってしまう。確かに、基本的にはそうだけれど、2人きりになったときの彼はそれとは程遠い気がする。
でも、なにも本当のことを話す必要なんてないんだものね。大事な思い出こそ、自分の胸にしまっておく、ということもあるだろうし。
その後、話題は次第に雑誌‘S’の撮影や取材へと移行していった。
※
別れ際、理恵子ちゃんはなんだか恐縮していて、誘ったことをしきりに謝っていた。主に、栄子に対してなんだろうけど。
M製薬の人たちはもっとミーハーな感じかと思ったらそんなことはなく、とても楽しく会は進んだと思う。…もちろん、天本さんの様子は気になったけど。
パーマをかけたミディアムショートの髪型が似合っていて、ほっそりとした体を包んだグレーのスーツは品が良かった。
貴志さんはこの人とお付き合いしていたんだなあと思うと、複雑ではあったけれど素敵な人で嬉しいような気もした。
と、私は自分の気持ちをおさめていたのだけど。
「あの天本さん?なーんかタチが悪そう。」
2人になった途端、栄子が渋い顔をして見せたのだ。
「…そう?」
「だってさ、元カレの今の職場の人とわざわざ会うかな。しかもぐいぐい自分からその話するんでもなければ、反対に隠そうともしてないし。まだ見ぬ今カノを遠まわしに牽制してやろうっていうんじゃないの?」
「えー…考えすぎじゃないの。」
「飛鳥は人が良すぎるの。一応、彼には話しておいたほうがいいんじゃなの?」
それは、そうするつもりでいた。報告したからってなにがどうってことはないけど、どうやら貴志さんには変に隠し事のようなことはしない方がいいと星川君の件で学習したからだ。
※
「お待たせ、ごめんね。」
今日のデートはイタリアンだ。個室とまではいかないけれど、背もたれで各テーブルが仕切られているつくりになっている。
貴志さんは頼んだビールをぐっと飲んで、大きく息をついた。私は貴志さんを待ってる間にすでに2杯目になってしまったアイスティーを少し、飲む。
「そういえばこの間の飲み会はどうだったの。M製薬との。」
貴志さんから話を振ってくれた。良かった。自分から話し始めるよりすっと言いやすい。
「うん、楽しかったわ。意外な人にも会ったけど。」
「意外な人?」
「天本樹里さん。」
持ち上げたビールのグラスが一度傾きかけ、結局傾くことなくテーブルの上に戻る。
「あー……聞いた?」
「うん。元カノさん、なのね。」
「…はい。」
会話が途切れたところに、サラダが2人分運ばれてくる。フォークでレタスを刺して口に運ぶと、思ったよりもすっぱい味がした。
「貴志さんは優しくて紳士的だったって言ってたわ。」
「…そう。」
「嘘でしょ、って思ったわ。」
トマトを食べると、さらに酸味が増した。私の言葉に、少し貴志さんが笑う。
「嘘じゃないよ。」
「ううん、きっと嘘よ。意地悪な貴志さんの本性は、他の人に言いたくないんだわ。」
「彼女にはそういう顔は見せてない。というか、そういう気にならなかった。」
「…どうして?」
「俺は本気にならなかったからじゃないの。」
今の言葉で、私は喜んでいいんだろうか。私には本気だよって言ってるのかしら。でも、素直に受け止めるのはちょっと恥ずかしい。
「やだわ、そんな言い方。遊びでつきあってたの?」
「そう解釈する?それは違うよねえ、飛鳥さん。」
貴志さんがどんどんいつもの調子を取り戻していく。と、思いきや、表情を引き締めた。
「彼女に求められて真面目に付き合ったよ。彼氏としてはできるだけするべきことをした。でも俺の気持ちは最後まで落ち着いてたな。まあ要は、惚れてなかったってことだね。」
さっくりと言い捨てて、貴志さんはサラダをかたづける。嬉しいような、彼女がかわいそうなような、でもそれは偽善的なような、変な気持ちだ。
「そのうち仕事で忙しくて、彼女に労力を使うのが惜しくなっていった。そうすりゃ彼女は不満増大、喧嘩も倍増、 そしてお別れ。まあ、結果的にはそう仕向けたようなもんかな。」
やっぱり複雑。そんな話を聞くと、貴志さんは女性に冷たいひどい男、って感じなんだもの。でも私にとっての貴志さんは、そんな人じゃない。
「だから俺は今の自分の現状が不思議でならないんだよね。」
「…どういうこと?」
「やだなあ、飛鳥さん。これ以上はっきり俺に言わせたいの?意地悪になったんじゃない?」
ちょうど熱々のパスタとピザが目の前に運ばれ、手早く貴志さんが取り分けてくれる。
「俺、恥ずかしがりなんだから言葉にするのは苦手なんだよね。」
「もう、嘘つき…!」
「嘘なんかついてない。今夜はたっぷり態度で示させてもらいます。…そういう方が好きなんだろ?」
くるくるとパスタをフォークにまきつけ、貴志さんは美味しそうに頬張る。言葉遣いばっかり優しくて紳士的で、でもやっぱり彼は意地悪なんだ。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説


会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。






ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる