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第一部
09 栄子 (栄子視点)
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最近、飛鳥には艶が出てきた。当たり前か。好きな男と付き合ってるんだからね。でもちょっと気になるのは、痩せたかな?ということ。
パワフルそうだもんねえ、塔宮課長。余計なお世話か。ふふ。
「…どうした?」
「え?」
「栄子。そういうため息は、迂闊につかないほうがいい。男が惑わされる。」
「何言ってるの…。」
付き合いだすまで、この人がこんなことをいう人だなんて微塵も想像できなかったわ。彼は小さく笑ってウィスキーを舐める。
「友達のこと考えてたのよ。最近艶っぽくなってきたなあ、って。」
「なるほど。いい恋愛をしているんだろう。」
「そうね。お互い好きあってる同士だから、最高に幸せだと思うわ。」
私のグラスが空になる。と、彼は心得たように、同じ物を、とバーテンダーに注文する。
「違うものを頼みたい気分かもしれないわよ?」
「そうだったのか?」
「そうじゃないけど。」
彼はくしゃっとした顔で笑う。好きだわ、その顔。
彼と付き合いだしてもう何年になるだろう。3年近いだろうか。もう、若い子じゃあるまいし、付き合いだした記念日なんて覚えてやしない。そもそも、そんなものは重要じゃないんだもの。
多分彼もそうだと思う。というか、彼のほうこそそうだろう。31の私よりずっと大人の彼だもの。
不思議なほど、彼と一緒にいるのは心地いい。このままずっと一緒いられたらいいと思う。結婚するとかしないとか、そんなことは二の次だ。
彼にはバツが一つついている。だから、次の機会については慎重になるだろう。いや、もうコリゴリと思っているかもしれない。
そんな核心に触れた会話はしない。あえて避けている部分もあり、また、2人して向かい合う時にそういった話題は不要だからという部分もある。
今のままでいられたらいい、だなんて、ある意味刹那的な感覚なのかもしれない。でも遊びだと割り切って軽い感覚でいるわけでもない。
―――ああ、もう。
あれこれ理屈っぽく考えているのが面倒くさくなって、新しく目の前に置かれたグラスに口をつける。ライムの香りと、心地良い苦味。
飛鳥には到底飲めない液体だわね。
「美味しそうに飲むね。」
「…こんなに強いの飲めないわ、って言ってほしい?」
「よしなさい。君には似合わない。」
彼はちょっと上からものを言う。男の人からそういう態度をとられるのは、好きじゃなかった。彼と付き合うまでは。
ううん、きっと、今だって彼以外の男の人にそういう態度を取られたら、私は内心むっとするに決まってる。
―――私ったら、本当にこの人にベタ惚れなんだわ。
それって困ったことだわね、と自分に言い聞かせるけれど、本当はちっとも困ってなんかいない。そんな自分を当たり前のように思っている。
自分でも信じられないくらい誰かに惚れることができるなんて、最上の幸福じゃない。
カチッと音がして、彼がタバコに火をつける。私は吸わないけれど、彼が吸っているタバコの香りは好き。
「ねえ、営業一課の塔宮課長って、どう思う?」
「塔宮君か…。感じのいい人じゃないか。…気になるのか?」
「ある意味ではね。」
くくっと笑って、彼は細く長く煙を吐き出す。眉間にしわを寄せながら。その顔も好きだわ。
「彼が彼氏、か。」
「ええ。」
「なるほどねえ…。」
少し乾いたナッツを手に取り、ちょっと転がして、口に放り込む。
「意外といえば意外だ。」
「でしょう。」
「しかし見る目があるね。素晴らしい。」
タバコを指でもてあそびながら、先ほどからちっとも進まないウィスキーに口をつける。
「栄子。」
「なあに?」
「安心した。」
「なにが?」
「彼は君に気があるもんだとばかり思ってた。」
ぎゅぎゅっと、胸の奥で音がする。彼の言葉は強烈すぎる。
「どうして。」
「彼、君への接触が多いだろう。」
「そうね。」
「僕も観察力が落ちたな。」
「そうね。」
彼の声のトーンは変わらない。私の心をとてつもなく揺さぶって、喜ばせていることにちゃんと気づいているんだろうか。
「ねえ。」
「なんだ?」
「涙が出そうよ。」
「…そうか。」
タバコを灰皿に押しつけ、ぐっとウィスキーをあおる。
「じゃあ、2人きりになったほうがいいな。」
※
本当に枕が濡れた。
「ねえ、私、心臓がおかしいみたい。」
「どうして?」
「あなたといると破裂しそうなの。」
「それは、すまない。」
タバコの香りのキス。
目がくらむ。
※
「おはようございます、主任。」
艶を放ちまくった飛鳥が、爽やかなあいさつを寄越す。
「おはよう。」
あいさつを返すと、飛鳥はじいっとこちらの顔をのぞきこんだ。
「…つやつや。」
「え?」
「栄子、肌、つやつや。…昨夜いいことあった?」
あったわ。大ありよ。でも、そんなこと飛鳥に言えやしない。
「そうね、よく寝たのよ。」
大袈裟にあくびをしてみせると、出入り口から我が秘書課の課長が入ってきた。
―――うわ。やば。
課長が私の顔を見て笑う。
「おはよう。」
「おはようございます。」
「主任はいつも元気だね。豪快と言ってもいいくらいだ。」
「…ありがとうございます。」
「でも、口ぐらい覆ったほうがいいぞ。」
出た、プチお説教。隣の飛鳥がやれやれという顔をする。ふたこと目には‘女性らしく’を匂わせる課長の言い草が気に入らないらしい。飛鳥自身は大して言われてないくせにね。
―――でも、あなたでしょう、私に言ったの。
『そういう女らしいところは、人前で見せないほうがいい。』
…とか。
『そういう顔は僕といる時にだけ見せてくれればいいんだよ。』
…とか。
でも、やっぱり、あなたが言うことには従順でいたいと私も思ってしまうのだけど。
パワフルそうだもんねえ、塔宮課長。余計なお世話か。ふふ。
「…どうした?」
「え?」
「栄子。そういうため息は、迂闊につかないほうがいい。男が惑わされる。」
「何言ってるの…。」
付き合いだすまで、この人がこんなことをいう人だなんて微塵も想像できなかったわ。彼は小さく笑ってウィスキーを舐める。
「友達のこと考えてたのよ。最近艶っぽくなってきたなあ、って。」
「なるほど。いい恋愛をしているんだろう。」
「そうね。お互い好きあってる同士だから、最高に幸せだと思うわ。」
私のグラスが空になる。と、彼は心得たように、同じ物を、とバーテンダーに注文する。
「違うものを頼みたい気分かもしれないわよ?」
「そうだったのか?」
「そうじゃないけど。」
彼はくしゃっとした顔で笑う。好きだわ、その顔。
彼と付き合いだしてもう何年になるだろう。3年近いだろうか。もう、若い子じゃあるまいし、付き合いだした記念日なんて覚えてやしない。そもそも、そんなものは重要じゃないんだもの。
多分彼もそうだと思う。というか、彼のほうこそそうだろう。31の私よりずっと大人の彼だもの。
不思議なほど、彼と一緒にいるのは心地いい。このままずっと一緒いられたらいいと思う。結婚するとかしないとか、そんなことは二の次だ。
彼にはバツが一つついている。だから、次の機会については慎重になるだろう。いや、もうコリゴリと思っているかもしれない。
そんな核心に触れた会話はしない。あえて避けている部分もあり、また、2人して向かい合う時にそういった話題は不要だからという部分もある。
今のままでいられたらいい、だなんて、ある意味刹那的な感覚なのかもしれない。でも遊びだと割り切って軽い感覚でいるわけでもない。
―――ああ、もう。
あれこれ理屈っぽく考えているのが面倒くさくなって、新しく目の前に置かれたグラスに口をつける。ライムの香りと、心地良い苦味。
飛鳥には到底飲めない液体だわね。
「美味しそうに飲むね。」
「…こんなに強いの飲めないわ、って言ってほしい?」
「よしなさい。君には似合わない。」
彼はちょっと上からものを言う。男の人からそういう態度をとられるのは、好きじゃなかった。彼と付き合うまでは。
ううん、きっと、今だって彼以外の男の人にそういう態度を取られたら、私は内心むっとするに決まってる。
―――私ったら、本当にこの人にベタ惚れなんだわ。
それって困ったことだわね、と自分に言い聞かせるけれど、本当はちっとも困ってなんかいない。そんな自分を当たり前のように思っている。
自分でも信じられないくらい誰かに惚れることができるなんて、最上の幸福じゃない。
カチッと音がして、彼がタバコに火をつける。私は吸わないけれど、彼が吸っているタバコの香りは好き。
「ねえ、営業一課の塔宮課長って、どう思う?」
「塔宮君か…。感じのいい人じゃないか。…気になるのか?」
「ある意味ではね。」
くくっと笑って、彼は細く長く煙を吐き出す。眉間にしわを寄せながら。その顔も好きだわ。
「彼が彼氏、か。」
「ええ。」
「なるほどねえ…。」
少し乾いたナッツを手に取り、ちょっと転がして、口に放り込む。
「意外といえば意外だ。」
「でしょう。」
「しかし見る目があるね。素晴らしい。」
タバコを指でもてあそびながら、先ほどからちっとも進まないウィスキーに口をつける。
「栄子。」
「なあに?」
「安心した。」
「なにが?」
「彼は君に気があるもんだとばかり思ってた。」
ぎゅぎゅっと、胸の奥で音がする。彼の言葉は強烈すぎる。
「どうして。」
「彼、君への接触が多いだろう。」
「そうね。」
「僕も観察力が落ちたな。」
「そうね。」
彼の声のトーンは変わらない。私の心をとてつもなく揺さぶって、喜ばせていることにちゃんと気づいているんだろうか。
「ねえ。」
「なんだ?」
「涙が出そうよ。」
「…そうか。」
タバコを灰皿に押しつけ、ぐっとウィスキーをあおる。
「じゃあ、2人きりになったほうがいいな。」
※
本当に枕が濡れた。
「ねえ、私、心臓がおかしいみたい。」
「どうして?」
「あなたといると破裂しそうなの。」
「それは、すまない。」
タバコの香りのキス。
目がくらむ。
※
「おはようございます、主任。」
艶を放ちまくった飛鳥が、爽やかなあいさつを寄越す。
「おはよう。」
あいさつを返すと、飛鳥はじいっとこちらの顔をのぞきこんだ。
「…つやつや。」
「え?」
「栄子、肌、つやつや。…昨夜いいことあった?」
あったわ。大ありよ。でも、そんなこと飛鳥に言えやしない。
「そうね、よく寝たのよ。」
大袈裟にあくびをしてみせると、出入り口から我が秘書課の課長が入ってきた。
―――うわ。やば。
課長が私の顔を見て笑う。
「おはよう。」
「おはようございます。」
「主任はいつも元気だね。豪快と言ってもいいくらいだ。」
「…ありがとうございます。」
「でも、口ぐらい覆ったほうがいいぞ。」
出た、プチお説教。隣の飛鳥がやれやれという顔をする。ふたこと目には‘女性らしく’を匂わせる課長の言い草が気に入らないらしい。飛鳥自身は大して言われてないくせにね。
―――でも、あなたでしょう、私に言ったの。
『そういう女らしいところは、人前で見せないほうがいい。』
…とか。
『そういう顔は僕といる時にだけ見せてくれればいいんだよ。』
…とか。
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