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第9章 アルカナートの追憶

cys:206 アルカナートの責務とナターシャの城

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「ここでいいかしら」

 ナターシャが連れてきたお店は、ちょっと変わった喫茶店だった。

「カフェ……『アステール・ダスト』? へぇ~~っ、なんか変わったメニューがいっぱいあるね♪」
「フンッ、俺は別にどこでも構いやしない」
「ねぇっ、ちょっとはメニュー見てよ」
「あーー、とりあえず入るぞ」

 アルカナートがスッと扉を開けると、夜空に星座が煌めくような内装の中、古代ギリシャを彷彿させる白い服を纏った店員達が、ニコッと笑みを浮かべてきた。

「いらっしゃいませー♪ アステール・ダストにようこそ♪」

 店員達の明るい笑顔を無視したまま、無愛想に佇むアルカナート。
 けど、その後から入ってきたセイラはパァァァァッ! と、キラキラした笑みを浮かべた。
 セイラは可愛い物が大好きだから。

「すごーーーーーーーいっ♪ みんな女神様みたい!」
「気に入ってもらえてよかったわ。このカフェはそういうコンセプトのお店なの」
「そーーなんだ! いいお店ねっ♪」

 セイラが嬉しそうな顔で胸の前で両手を組むと、店員達がナターシャに向かい、少し慌てた顔でバッと会釈をしてきた。

「オーナーっ! お疲れ様ですっ!」
「お疲れ様ですっ!」
「きゅ、急にいらっしゃるなんて!」

 店員達のその姿にセイラがハッとして振り向くと、ナターシャは軽く微笑みを浮かべ彼女達を見つめる。

「フフッ、元気なのはいいけど、お客様の前であまり固くなったらダメよ。貴女達は『女神様』なんだから」
「は、はいっ!」
「そうですよね……」
「失礼しました」

 そんな中、アルカナートはナターシャにチラッと流し目を向けた。

「お前、その若さで店をやってるのか」
「そういう貴方もセイラも、その若さで王宮魔道士でしょ♪」
「フッ、まぁそうだな」

 アルカナートがそう答えた隣で、興奮の冷めないセイラ。

「ナターシャ! 貴女本当に凄いねっ! 尊敬するわ~~~!」
「ありがとうセイラ」
「私もいつか、お店とかやってみたいなー♪」

 夢を膨らますセイラに、アルカナートは呆れた顔で眼差しを向ける。

「セイラ、店はおままごとじゃねぇんだぞ」
「なによっ! 分かってるわよそんなの」

 アルカナートに嘲られプスーっと不満げな顔を膨らますセイラだが、将来孤児院を開く事になるのは本人すら、この時はまだ想像もしていなかった。

 また、店員達は王宮魔道士が来店した事にザワめいていたが、プロ意識で体勢を立て直し接客を始めてゆく。
 そして、アルカナート達が円形の席に着き待っていると、頼んだ注文が彼女達から運ばれてきた。
 両手に持った綺麗なトレイには、たくさんの品が乗せられている。

「お待たせいたしました。こちら『コスモティー』三つと、『勝利の盾のパンケーキ』『ドラゴンの昇龍ガレット』『アンドロメダの特製ストロベリー盛り合わせ』でございます♪」

 店員はそれらを皆の前に置くと、スッと綺麗なおじぎをした。
 長く綺麗な髪がサラッと下に零れ落ちる。

「では、皆様にコスモの加護があります事を……♪」

 そう告げて去っていった店員の後ろ姿は、本当に神話の女神のようだ。
 その姿を見届けたセイラは、コスモティーに軽く口をつけると思わず目を見開いた。

「えっ、メッチャ美味しーーーーっ♪」
「フンッ、たまには酒以外も悪くはないな」
「よかったわ。後、フェニックスのドリンクバーとキグナスのシャーベットは、さっきサービスで付けておいたから」
「わあっ♪ ありがとうナターシャ!」

 三人はそんな感じで楽しく食事が進んでいたが、突然お店のドアが勢いよくバンッ! と、音を立てて開かれた。
 そこから入ってきたのは、長身の男だ。
 漆黒の長い髪を靡かせ、ズカズカと足音を立てアルカナートに向かい進んでくる。
 そして、アルカナートの前に来るとズイッと上から見下ろした。

「アルカナート、お前……ここで何をしている!」
 
 怒りの声を受けたアルカナートは、座ったままメンドクサそうに彼を見上げた。

「クリザリッド、どーした」
「どーしたではない。お前、勝手にドラゴン討伐に向ったな……重大な越権行為だっ!」

 クリザリッドの言った事は、この国の法律に照らし合わせるとその通りだった。
 街のもめ事やトラブル、また、今回のようなモンスターの発生については街の衛生兵達がやるべき職務。
 王宮魔導士は敵国が攻めてきた時迅速に対応しなければならない為、こういった事には首を突っ込んではいけない決まりなのだ。
 けれど、アルカナートはそんな事は気にしない。

「フンッ、それがどうした」
「なんだと……! アルカナート、お前は勇者でありながらなぜ法を犯す!」
「法? 知るかよ。俺は俺の責務を果たしただけだ」
「責務だと……法を犯して何が責務だ!」

 クリザリッドに怒鳴りつけられたアルカナートを見た、ナターシャの心が締めつけられる。

───私のせいで……

 そう思い席から立ち上がろうとした時、アルカナートがその心を読んだかのように、ナターシャの前にスッと腕を伸ばした。

「クリザリッド、俺は目の前で苦しんでる奴がいれば……それを助ける為に躊躇はしない」
「なっ……!」
「それを妨げる決まりなんぞ、クソくらえだ! こいつ等が無事なら、それでいいんだよ!」

 その言葉がナターシャとセイラの心を射抜く。

「貴方……!」
「だよね♪ さっすがアルカナート♪」

 見開いた瞳に軽く涙を滲ませるナターシャと、快活な笑みを浮かべたセイラ。
 アルカナートの言葉から伝わる気持ちに、心が弾む。
 けれど、クリザリッドはそういう事は許せない。

「き、貴様……!」
「ちょっとクリザリッド、いいじゃない別に」
「セイラ、お前も同じだ。なぜ決まりを守らぬ」
「決まり決まりって、目の前で人が襲われてるのを見過ごすなんて間違ってるわよっ!」

 セイラは思わず席からガタっと立ち上がり、怒った顔でクリザリッドを見上げた。
 それを上から睨み返すクリザリッド。

「セイラ……なぜコイツの肩を持つ。正しいのは俺の方のハズだ」
「クリザリッド、そうじゃなくて……」
「教皇クルフォス様からも、アルカナートを連れて来いと達しが出ている」
「そ、そんな……!」
「セイラ、お前もだ。さぁ行くぞ」
「待ってよクリザリッド、そんなの……!」

 セイラが納得いなかい顔を浮かべ訴えかけた時、ナターシャがスッと立ち上がりクリザリッドを静かに見据えた。

「黙りなさい」

 たったその一言が、クリザリッドの胸をなぜかグッと押しつぶす。
 クリザリッドもアルカナートと同様、最強の王宮魔導士の一人であるにも関わらずだ。

「お、女……貴様、何者だ?!」
「私はナターシャ。この店のオーナーよ」
「店のオーナーだと? そのお前が、この俺に命じるというのか」
「当然でしょ。貴方が誰だかなんて関係ないわ。ここは私の城よ」

 その言葉にクリザリッドは思わず目を見開いた。
 王宮魔導士である自分にこんな態度を取ってくる女など、同格の者以外今まで決していなかったからだ。
 また、ナターシャの全身からは凛とした、それこそまるで女神のようなオーラが溢れている。
 クリザリッドはそのオーラに気圧されながらも、退かずに言い放つ。

「だが、アルカナートとセイラは俺と同じ王宮魔導士だ。俺が連れて行ってもなんの問題もあるまい」
「フフッ、分かってないわね」
「なんだとっ?!」

 謎めいた顔をしかめたクリザリッドに、ナターシャはハッキリと告げる。
 その女神のようなオーラと共に。

「ここにいる限り、アルカナートもセイラもこの店の大切なお客様なの。横暴は、私が決して許さないわ! 今、アルカナートが教えてくれたようにね……!」
「なんだと……!」
「それに、貴方は決まり決まりって言うから敢えて言うけど、お店の自治はこの国の法律で定められているのは知ってるでしょ」
「ぐっ……そ、それは……!」

 痛い所を突かれ言葉に詰まるクリザリッドに、ナターシャは軽く微笑みながら話を続ける。

「それとも、貴方もアルカナートみたいに決まりを破る? それでもいいけど、そしたらアルカナートを連れて行くのはオカシナ話になるけど」
「き、貴様……!」

 クリザリッドは、ギリッと歯を噛みしめナターシャを見据える。
 だが、それでもナターシャは一歩も退かず、クリザリッドを見据えたままだ。
 クリザリッドとナターシャの眼差しが、しばしの間ぶつかり合う。
 そしてその数瞬の後、クリザリッドはスッと軽く瞳を閉じるとフッと笑みを浮かべた。

「ハーッハッハッハッ! よかろう。ナターシャと言ったな。お前に免じてこの場は退いてやる」
「あら? 貴方、意外に物分かりがいいのね」
「ククッ……決まりを守るのは王宮魔導士として当然の事。それに……」
「それに、何よ」
「別に、なんでもない」 
「……そっ。ならいいんだけど」

 ナターシャがそう言って軽くため息を吐くと、クリザリッドはクルッと背を向けそのまま告げる。

「セイラ、アルカナート。お前達はたまたま現場に居合わせ、緊急守護を行っただけだな」
「クリザリッド、貴方……!」
「フンッ、どういう風の吹き回しだ」

 セイラが驚き目を丸くする中、ニヤリと笑みを浮かべたアルカナート。
 それを背に受けたクリザリッドは軽く微笑んだ。

「城で女神と……その大切な者達に無礼を働いた詫びだ」

 クリザリッドがそう告げ立ち去ろうとすると、ナターシャがその背中に声をかける。

「クリザリッド!」

 その声に踏み出した歩みを止めたクリザリッド。
 そんなクリザリッドに、ナターシャはそのまま告げる。

「待ちなさい」

 そして、そのままカウンターへ向かうと手際よくコスモティーを淹れ、クリザリッドに差し出した。

「はい、これ」
「なんだコレは?」
「ウチで作る最高の紅茶コスモティーよ」
「そうではなく……」

 軽く謎めいた顔を浮かべたクリザリッドに、ナターシャは凛とした眼差しを向け微笑んだ。

「言ったでしょ、クリザリッド。ここは私の城なの。だから飲んでもらわなきゃ。大切なお客様にはね」
「ナターシャ……」
「さっ、早く」

 そう勧められたクリザリッドはコスモティーを口にすると、その瞬間、まるで心を溶かすような優しいエネルギーが全身に染み渡った。
 そのあまりの美味しさにクリザリッドは一瞬目をハッと見開くと、優しい眼差しを浮かべ静かに零す。

「美味いな……」
「フフッ、でしょ♪」
「幾らだ」
「今日はいいわ。ツケといてあげる。その代わり、次、必ず来なさい。いいわね♪」
「ククッ……商売上手な女……いや、女神だな」

 クリザリッドはそう言って笑みを浮かべると、アステール・ダストを後にした。
 その胸に、今まで感じた事の無い気持ちを抱えながら。
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