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第8章 反逆の狼煙

cys:200 刃のアネーシャと鞘のルミ

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「ハァッ……ハァッ……」

 カッカッカッカッ……と、いう足音が回廊に響く中、ルミが苦しそうに零す吐息がノーティスとアネーシャの耳に届く。

「ルミ、ごめん。大丈夫か?」
「大丈夫?」

 ノーティスとアネーシャはピタッと足を止め、ルミの方へ振り向いた。
 二人の髪がサラッと揺れるのとは対照的に、ルミは両膝に手をつき苦しそうな吐息を零している。
 だが、無理もない。
 二人とルミとでは、体力に大きな違いがあるからだ。

「ハァッ……ハァッ……すいません、大丈夫……です」

 吐息交じりにそう零すルミは、完全に息が上がっている。  
 その姿を見たノーティスとアネーシャは互いに視線を合わせ、コクンと軽く頷いた。

「ルミ、こっちこそゴメンな。少し休憩しよう」
「ハァッ……えっ? いや……いいですよノーティス様。急ぎましょう……!」
「いや、少し休む。決まりだ」
「ノーティス様……」

 申し訳なさそうな顔でノーティスを見上げたルミに、ノーティスはもちろん、アネーシャも優しく微笑んだ。

「フフッ、ちょうどいいわ。私も少し休みたかったし」
「アネーシャさん、そんな……」
「ホントよ。それにルミさん、貴女にもしもの事があったら……ノーティスまた号泣しちゃうし」
「えっ?」

 ルミが驚いて目を丸くする中、アネーシャは少しフフンとした顔でノーティスを見つめる。

 もちろん、アネーシャは内心許してはいた。
 自分と命を賭けて誓ったにも関わらず、ルミがああなった事に対してノーティスが心から涙を流し、それが間違いなく愛であった事を。

 けれど、アネーシャ自身その身に染みて分かっているのだ。
 シドの仇として憎んでいたノーティスを愛してしまったように、人の気持は変わる物だという事が。
 
───それにノーティス、ルミこの子と一緒にいる時の貴方は本心で安らいでるわよね……

 また、そう感じる故にアネーシャには分かってしまう。
 ノーティスが記憶を失くしていた時も今も、常に真剣に本気で人に向き合い生きてきてる事を。
 ただ、それでも寂しい気持ちはどうしても沸いてしまうので、ノーティスに軽く皮肉を込めた眼差しを送ったのだ。

───別に構わないわ。いつもの事だし……

 もちろんルミは、そこまでの事は全く知らない。
 なので、さっき自分が倒れた時ノーティスが号泣したという事を知り、恥ずかしさと申し訳なさに顔を赤く火照らせてしまった。

「ノ、ノーティス様がですかっ?!」

 ビックリして思わず身を乗り出したルミ。
 今までノーティスと色んな事を体験してきたが、号泣した所は見た事が無かったから。
 無論、自分が倒れていた時は意識が無かったので知る由もない。

 そんなルミに、アネーシャはちょっと意地悪な顔で軽く頷く。

「そうよ。もーーー凄かったんだから。まるで、勇者とは思えない程激しかったわ」
「ア、アネーシャ……!」

 ノーティスはちょっと照れた顔を浮かべ、片手で頭をクシャッと掻いた。
 そして、軽く視線を逸らす。

「まっ、まあさ……だって、いきなりあんな事になったら、誰だってビックリするじゃん……」

 照れてちょっと言葉を濁したノーティスの顔を、アネーシャはニヤッと笑みを浮かべ覗き込む。

「あら? 誰でもじゃなくて、ルミさんだったからでしょ。違うの?」
「あっ、いや、それは……」
「ふーーん……じゃあ、もし……」

───あれが私だったらどうするの……

 アネーシャはそこまで言いかけて、咄嗟に言葉を変える。

「どうでもいい人だったとして、ああなるかしら?」
「いや、それは……」

 アネーシャに見つめられ、言葉に詰まるノーティス。
 感情が昂った時に好意を伝える事は出来るが、普通の時だと恥ずかしくて言えないから。

 ただ、そんな二人を見つめるルミは、聡明である故、直感的に感じてしまった。
 アネーシャがノーティスを想う気持ちを。

───アネーシャさん、もしかして貴女もノーティス様の事を……

 普段なら嫉妬にすぐ気が立ってしまうが、アネーシャに対しては不思議とそんな気持ちは起こらなかった。
 無論、アネーシャとノーティスが過ごした時間については知らないが、アネーシャから何となくだが伝わってくるからだ。
 好きであっても身を引いている事が。
 むしろ、それがルミの心に切なさのさざ波を立てる。

───アネーシャさん、貴女は……!

 心で切なさを感じたルミは、ふぅっ、と、一呼吸つくとノーティスに向かいコホンと咳ばらいをした。

「ノーティス様、お騒がせしてしまい申し訳ありませんでした」
「ルミ……」

 戸惑いながら振り向いたノーティスに、ルミは凛とした眼差しで告げる。

「私はノーティス様の執事であると同時に、お二人の力の触媒クナーティアです。なので、ここからも全力でサポートさせて頂きます」
「う、うん。よろしく頼むよルミ」
「はいっ♪ 任せてくださいノーティス様」

 そう言ってニコッと微笑むと、アネーシャがギュッと抱きしめてきた。
 アネーシャの大人びた体の感触と、精悍で儚い薫りがルミに伝わってくる。

「ア、アネーシャさんっ?!」

 突然抱きしめられビックリして顔を火照らすルミの耳元で、アネーシャはそっと囁く。

(心配しないで。あの人が愛しているのは貴女よ)
(ア、アネーシャさんっ……! うぅっ……)

 ルミの胸がグッと締め付けられ、込み上がる涙が瞳を熱く滲ます。
 アネーシャのその短い言葉の中に、ルミとノーティスを想いやる大きな愛が心に染み渡ってきたから。

(私はノーティスかれと一緒に戦う刃。ノーティスかれの鞘は貴女よ、ルミ)
(アネーシャさん、私は……)

 ルミが涙を滲ませながらそう零すと、アネーシャはルミからスッと体を離し両手を肩に乗せて微笑んだ。

「よしっ、すっかり体力も回復したようね」
「アネーシャさん……」
「ルミ、一緒に行けるわよね」

 光に揺れるアネーシャの瞳を見つめたまま、ルミは力強く微笑む。
 アネーシャの気持に全力で応える為にも。

「はいっ! アネーシャさん」

 ルミはそう答えると階段をタタッと駆け上がり、立ち止まったままのノーティスを追い越すと、クルッと振り返った。

「ノーティス様、早く来ないと置いてっちゃいますよ」
「おっ、ゆーねルミ。ってかどーした?」

 何となくルミの雰囲気が変わった事に気付き、少しキョトンとしたノーティス。
 その背を、アネーシャは横からポンッと軽く片手で叩いた。
 そして振り向いたノーティスに、軽く流し目を向ける。

「あの子が触媒なのは、力だけじゃないみたいよ」
「ん? そってどーゆー……」
「フフッ、分からないか。まっ、それが貴方のいい所でもあるんだけど」
「えっ? いや、俺そーゆーのは苦手で……」
 
 そう零した時、ノーティスは今までと違い真剣な表情を浮かべ、ハッと階段の上を見上げた。

───こ、このエネルギーはまさか……! いや、微かに違う……でも……!

 王の間からここまで伝わってくるエネルギーに、ノーティスは驚愕を禁じえない。
 そんなノーティスを、謎めいた顔で見つめるアネーシャとルミ。

「どうしたのノーティス。もしかして、今流れ込んできたエネルギーの事?」 
「そうなんですか、ノーティス様?」

 二人から見つめられる中、ノーティスの心に最悪のシナリオが流れ込んでくる。

───嘘だ。そんな事、そんな事ありえない……!

 その想いを振り払うかのように、ノーティスは階段をササッと駆け上がると二人に振り向き、精悍な顔で告げる。

「すまないルミ、アネーシャ。急ごう!」

 ノーティスは二人にそう告げると、真っすぐ前を見ながら走り出した。
 その胸に最悪の予感を抱きながら。
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