アダムズコード

青山惟月

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第二章 吸血鬼と少年

4、怪物が怪物たる理由

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 葦野森学園あしのもりがくえん二ノ宮東洲にのみやとうしゅうが学長を務める小中高等部の一貫教育校。四十年前に開校したというその学舎は人間のためのものだけではなく、この地域の吸血鬼の子息を守るための機能も果たしている。
 といっても、そんなに吸血鬼の比率は高くなく十年に一人、二人が入学するくらいである。ただ、現在は二人在学しているという話を事前にイヴ達は聞いていた。
 東洲と出会った翌日、早速イヴは高等部へ登校した。オッドアイで目立たぬよう、片目は度のないカラーコンタクトを入れて、両目を緑に色を揃えた。また金色の髪も校内では黒髪のウィッグを着けることにした。
  校内に入ってすぐイヴは視線を感じた。それも殺気立った視線。
 雪斗を狙っているのか自分を狙っているのか判断が付かなかったが、この学園にも自分達と対立しうる存在がいることが明確だと感じた。
 「どこでも安全は保証されないな」


 昼休み、不意にアナウンスが鳴る。
 「一年三組、神代イヴさん。学長先生がお呼びです。学長室までお願いします」

 初日から校内アナウンスで呼び出されてしまったイヴ。雪斗に断りをいれ、一人学長室に向かった。

 「やあ。呼び出してすまなかったね」
 東洲は紅茶片手にイヴの前に座った。前回とは香りの異なる茶葉だった。
 「学長、用件はなんですか?休み時間も残り少ないので手短に願います」
 「わかった。一つ頼み事がしたくてだね」
 「頼み事ですか?」
 「近頃、生徒が吸血鬼に襲われる案件が学区内で多発しているんだ。」
 「ほう」
 「今のところ少し血を吸われただけで犠牲者は出ていないが、警察が騒ぎ始めていてな」
 「犯人を特定しろということですか?」
 「まあそんなところだな。それにもしかしたら雪斗君のアダムズコードが狙われている可能性もある」
 「なるほど。貴方にはボクも恩がありますから」
 「引き受けてくれるかい?」
 「ええ。分かりました。ただ一つボクからも質問を」
 「なんだい?」
 イヴは木製のロッカーを指差す。
 「そこに隠れている生徒……いや、死体はボディガードか何かですか」
 バンっとロッカーの扉が開く。そのまま拳はイヴに向かって放たれた。イヴは相手の動きを見切ってかわし、低い姿勢から足を狙う。思いっきりの力で相手のバランスが崩れるように蹴りを入れた。普通の人間ならこの時点で吹き飛んでいるが、「それ」はびくともしなかった。
 「硬いっ!?」
 思わずイヴは距離を取った。
 「そこまでだアルマ」
 「はい、先生」
 「アルマ……?」
 よく見ると「それ」は、ウェーブがかった黒髪の、顔立ちはすこし大人びた少年だった。目は青と黒のオッドアイ、精悍な顔立ちをしていたが、イヴはその存在から生気を感じることができなかった。
 「紹介しよう。私の助手をやってもらっているアルマだ。因みに君と同じクラスの生徒だからね」
 「よろしく……」
 アルマは小さな声で答えた。
 「死体が動くのか……今日一日感じていた殺気はこれか」
 「いや、彼は怪物といった方が正しいかな。聞いたことはないか?フランケンシュタインの怪物」
 「この前本で読みました。人の死体を使って作られた人工的な命を持つ怪物の話ですよね」
 「昔、ある外国の研究者が禁忌を犯して作った。もう二百年もこうして存在している。アルマは歳もとらないし、半永久的な命を持っているんだ。今は主がいないから許可を得て、私の側にいてもらっているのだがね」
 「その怪物さんがボクと何か関係が?」
 「流石に力を制限されているイヴくんにだけ任すのも申し訳ないからね。一応サポートにアルマをつかせよう」
 「お気遣い痛み入ります」 
 「アルマに今の状況のくわしい資料を渡しておいた。二人で協力してくれ」

  昼下がりの廊下を歩く二人。垂直に位置する太陽の光は室内に漏れてはこない。外からも他の音は聞こえず、むしろしんとした静寂の中に二人の足音だけが響く。
 「お前の主は……死んだのか?」
 先に口を開いたのはイヴだった。
 「もう四十年程前の話だよ」
 「そうか、ボクは三百年も前だ。勝手に巻き込んで勝手に死んで、ボクは結局一人残されたんだ」
 イヴが吐き捨てるように言った。
 「そう……僕はまた主と出会えるまで待つだけだから」
 「それは命が永遠だから言えるのだろう?ボクには人間より長いとはいえリミットはある」
 「リミットがある方が幸せだと思うけどね。でも、最初の主は僕に身体をくれた。そして二番目の主は僕に心をくれたんだ。次会うとき、次はどんなものを与えて貰えるのか楽しみで仕方ない。彼女といる時だけ僕は怪物からヒトになれるのだから」
 アルマは穏やかな顔つきで愛しそうに言った。


 「そうか……それならボクは未だになのかもしれないな。いや……怪物でいないといけないのかもしれない。今度こそ守らないといけないんだ」


 境遇の異なる二人の怪物はまた沈黙して、教室に戻っていく。
 静けさに割ってはいるように予鈴が鳴り、短い昼の休み時間が終わりを告げた。
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