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第一章、三百年前
番外編 夢の中
しおりを挟む長い長い眠りの中、イヴは夢を見ていた。遠い昔の、それもこどもの頃の記憶。
それはイヴ自身も忘れかけているようなとても残酷な記録。
イヴが物心ついたとき、すでに実の両親は存在していなかった。育ての親はマヤという女性。マヤは魔女のレッテルを貼られ、街を追われた身だった。
薬学に精通しており、二人は自給自足をしながら黒苺の森で暮らしいていた。どういう経緯でイヴを育てることになったのか、詳しく話すことはなかったが捨て子の様なものだと説明されていた。
魔女の名を受けるだけあって、吸血鬼の生態にも精通していた彼女は知識をこれでもかとイヴに与えた。また、マヤは語学にも秀でていたためイヴはいつの間にか5ヶ国語が話せるまでになっていたのだ。
しかし、イヴに名前だけは与えず「お嬢様」と呼び続けた。二人の関係は母と子というより従者と主人のようなものに近かったのである。
そして、マヤには恋人がいた。その恋人は週末になると森にやって来きて、二人に会いにくる。
誰一人として血の繋がらない家族だったが、イヴにとって、とても幸せな日々だった。
イヴが十歳になったころのある週末の昼下がり。マヤに頼まれ黒苺を摘みにでた。
「お嬢様、黒苺を篭一杯摘んできてくださいな。私はスコーンを焼いておきますね」
「わかった。マヤ」
いつもと同じように送り出してくれたマヤ。
イヴは誉めてもらいたくて張り切って外に飛び出した。いつも摘みに行っている野生の苺畑が家の近くにあり、そこに摘みに行くのが仕事だった。
「そういえば今日はあの人が来る日だな」
父親同然のマヤの恋人のことだった。実の子どものようにイヴを可愛がってくれるその人に、とても懐いていた。
「マヤがスコーンを焼いているうちにいっぱいとってびっくりさせてやろう!!」
無邪気に苺摘みに夢中になるイヴ。時間を忘れて摘んでいた。苺の甘酸っぱい匂いに包まれながら篭山盛り一杯になるまで。
「そろそろいいかな。これなら二人ともきっと驚くぞっ!!」
意気揚々と家まで駆けていくイヴ。しかし、家に近づけば近づくほど変わった匂いがし始めた。スコーンの香ばしい香りとは違う、鉄臭い匂い。違和感を抱きながらも家に入る。
「マヤ!戻ったよ!みて、こんなに一杯になったんだ!!」
返事がない。スコーンの香りもしない。
「マヤ……??どうしたの??」
呼び掛けながらキッチンへ向かうイヴ。キッチンのドアを開けたとき、目に飛び込んできた光景は理解が追い付くものではなかった。
壁と床に飛び散る血痕。横たわる義母と義父。黒い服で十字架を首から下げた何人かの見知らぬ男たち。
「誰なの……??マヤ……なんで」
「お前が吸血鬼だな?おとなしく我々と一緒に来てもらおうか」
「いやだ!!起きてマヤ!!なんでこんな目に合わないといけないんだ!!」
「この女がお前の引き渡しを拒否したからだ」
男の一人がイヴの右手を引っ張った。
「そうか……そういうことなんだな。マヤたちを傷つけたのはお前たちなんだな?」
赤く鋭い目でその男を睨み付けた。イヴは自分の精神が段々崩れていくのがわかった。そして、男たちを許さないと心の底から強く強く念じた。
イヴの記憶は一旦ここで止まる。
次にイヴがイヴとして意識を戻した頃には男たちの姿は消えていた。
残ったのは冷たくなったマヤ一人の身体だけ。義父の身体は無くなっていた。
「マヤ……助けてあげられなくてごめん……ボクはこの森でずっとマヤと一緒にいるから」
三日かけてイヴは裏庭に穴を堀り、マヤを弔った。
それからアベルに会うまでの十五年、イヴは一切の吸血を絶ち森に籠っていた。あの日、アベルと契約していなかったら餓死寸前だったことを自覚していないのだ。
過去の記憶を遡り、イヴは目覚めの時を迎える。
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