音が光に変わるとき

しまおか

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新たな戦い~⑬

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「腫れてはいないのですね?」
 巧は一緒にいた選手の手を他のスタッフに預けてから輪の中に割り込んで、ドクターに聞いた。
「腫れてはいないようですね」
 その言葉を聞いてから巧は地面にしゃがみ込み、ロングソックスがまくられたまま立っている彼女の右足首を強引に掴んだ。
「わっ、何するの!」
 急に触られたことで驚いていたが、それを無視して痛めている足首を軽く動かした。触った感触ではドクターの言う通り、腫れてはいないようだ。
 それでも筋を痛めている可能性はあり、本人がやせ我慢していることも考えられる。だから巧は自分の目で彼女の足の状態を確認し、本当にキッカーが務まる状態なのかを判断したかったのだ。
 千夏も足首を触っているのが巧だと気づいたのだろう。
「巧、本当に大丈夫やって。本当にあかんかったら、こんな大事な場面で無理して蹴ろうなんてせえへん」
 足元にいる巧を見下した。巧が顔を上げ、もう一度彼女の足首を軽く回すように捻る。少しだけ痛みを感じるようだが、それほどひどくないようで眉間を僅かに歪ませた程度だった。
 その表情を見る限り、本人が言うように蹴られないほどは痛めていないようだ。それでももう一度確認しない訳にはいかなかった。
「本当の本当に、大丈夫だろうな。千夏はさっき、はずしているんだからな」
 厳しい言い方で、逆にプレッシャーになるかもしれないとも思った。だがそれくらい言っても蹴るというくらい、自信が持てる足の状態でなければこの大事な場面は任せられない。千夏は少し言葉に詰まったようだが、一度深く呼吸をしてから、
「大丈夫。今度こそ決めるから」
と、静かにそう告げた。
「そうか。それなら任せて大丈夫だな。監督、いいですか? 千夏がキッカーで」
 巧は立ち上がって、谷口の目を見て確認する。あくまで最終的に判断するのは監督だからだ。問われた谷口は、二人のやり取りを見ていていけると確信したらしい。大きく頷いて千夏の肩をぽんと叩いた。
「よし。それなら任せたよ」
 その言葉を合図にチームスタッフ達は選手に声をかけながら、グラウンドの外に出ていった。巧も自陣のゴールエリアに戻る。その途中で田川達三人に一人ひとり声をかけた。
「これが最後のプレーかもしれない。こぼれ球は絶対拾え。拾ったらシュートしろ」
 それぞれが強く頷く。巧は自陣ゴール前から、改めて千夏の背中を見守った。先ほどのように祈りはしない。もう運は天に任せた。ここで見ているしかないのだ。
 それぞれが第一PKに備えて、ポジションを取る。今度は青山までが自陣に戻っていた。当然だろう。誰もがこれがラストプレイだと思っている。
 もしボールがこぼれ、それをキープして時間を稼げば同点でPK戦に突入する。千夏が決めるか、味方がこぼれ球を押し込めば巧達が勝ち上がり、ブラジル代表が待つ決勝へ進出できるのだ。
 ぐっと会場の緊張感が高まり、皆が息を飲んで静かに見守っていた。ガイドがゴールの位置を知らせるためにポストをカンカン、と叩く音が高く響きわたる。第一PKの位置にはボールをセットした千夏の様子を確認した審判が、笛を口に持っていく。
 ピーッ、と吹かれた音と同時に、千夏がセットしていたボールから手を離す。今度は一歩だけ下がった。ワンステップで蹴るようだ。
 千夏がフーっと軽く息を吐いたように見えた。そこから彼女は勢いをつけ、一歩左足をボールの横に踏み込み、右足をするどく振り抜いた。今度はトォキックでは無く、右足の甲で蹴るインステップキックだ。
 ボールは先ほどとは真逆の、ゴール左上に向かって飛んでいく。キーパーも逆方向に来ると読んでいたようだが、コースは低めを予測していたらしい。
 横へ飛んだキーパーの上を通り越し、ボールはゴール左上のサイドネットを揺らした。決まった!
「ナイスシュート!」
「おおおおおおお!」
 観客が一斉に沸く。味方サポーターが、土壇場での一点に興奮して大きな歓声を上げた。味方ガイドや監督達も飛び上がるように喜んだ。
 一気にグラウンド内に入り、千夏の元に駆け寄る。彼女も大きく右手を高く上げて巧の方を振り向き、何か叫びながら喜んでいた。
 近くにいた田川達が千夏の元に集まる。彼女の周りに輪ができ、その中にいる女性スタッフ達が抱きついていた。男達はその周りを取り囲み、
「千夏! ナイスシュート!」
「よく決めた! さすが千夏!」
と絶賛の声を上げた。
 爆発的に味方チームが喜びに沸いている中、巧は駆け寄ることもできず、ゴールエリアの中で膝をつき、顔を覆った。
 やってくれた。千夏が決めてくれた。巧が二点取られるという失態を犯した展開から、千夏自身がチャンスを作り、千夏自身が点を取ってくれたのだ。嬉しさの余り、巧は涙が溢れて止まらなかった。
 巧が泣き崩れている姿が見えない千夏は、他のみんなと一通り喜びを分かち合った後、センターサークル近くまで戻ってきて、
「あれ? 巧は?」
と聞いていたが、目の見えるスタッフ達は含み笑いをしながら誰も教えなかった。
「何! せっかく決めたのに、喜んでへんの、あいつ!」
 そう怒りながらも、まだ試合終了の笛が鳴らないため全員がポジションに付いた。ゴール奥に置かれた残り時間を示すタイムボードを見ると、まだわずかに時間が残っている。 
 青山達が急いでボールを中央にセットしていた。しかし試合は完全に中断した状態なので、時計は止まっていて審判の笛は吹かれない。
 ただ喜んでいる巧達のチームスタッフに対して、グラウンドの外に出るよう促していた。まだこれから相手のキックオフが始まるのだ。
「守るよ! 絶対守るよ!」
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