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新たな戦い~⑫
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味方サポーター達が騒ぎだす。監督やガイドも、このチャンスに思わずガッツポーズをしていた。味方のコーチとメディカルスタッフが慌ててグラウンド内に入り、転倒した彼女の様子を確認するために駆け寄る。
千夏は彼らの問いかけに頷いたり、首を横に振ったりしていたが、しばらくしてすっと立ち上がった。どうやら怪我はしていない様子だ。巧は一瞬緊張した肩の力を抜いた。
彼女は自分が蹴ると審判に意思表示をし、第一PKの場所まで案内されてボールをセットする。残り時間はもうほとんどない。これが決まれば勝ちという、大事なPKだ。
ここは守備陣も全員、こぼれ球を押し込むために前線へと上がっていった。ゴールエリアから出られない巧は、この場所から彼女の背中を見守りながら祈ることしかできない。
頼む、決めてくれ。そう願いながら両手を組んだ。
大切な一発だと判っているのだろう。四十m近く離れていても、千夏の緊張感が巧の所まで伝わってくる。それだけでない。試合会場を取り巻く全員がこのPKに注目し、彼女とキーパーとの対決を見守っていた。
巧達のチームやサポーターは入れ、決まれと祈り、相手チームやそのサポーター達は、止めろ、外れろと祈っているはずだ。
ガイドによりゴールポストが叩かれ、ゴール位置を知らせる行為が終わる。ピーっと審判の笛が鳴った。千夏がボールに添えていた手を離す、と同時にノーステップのトォキックでゴール右隅の下を狙った。低い弾道でボールが鋭くゴールに向かう。
キーパーが左手を伸ばすが、わずかに早くその手をすり抜けた。ボールは右コーナーポストぎりぎりに飛んでいく。入れ! 巧は思わず叫んだ。
が、その願い虚しくボールはポストを掠め、ゴールを外れてラインを割った。あまりにも狙い過ぎたのがいけなかったか、枠を捉えることができなかったのだ。
「ああああああ、」
「惜しい!」
「よし! 外れた!」
「ナイス!」
大きなため息や残念がる声以上に、相手チームからは大きな歓声が上がった。ガイドやコーチ、監督も選手も皆が肩を落とす。千夏もまた悔しいのか、ダンと強く地面に右足を叩きつけるように踏み込んだ。しかしまだ試合が終わった訳ではない。
「すぐ戻れ!」
田川がいち早く立ち直り、そう周りの選手に声をかけながら自陣に走った。全員が相手陣内まで上がっていたために、味方の守備エリアはがら空きだ。
そこにハーフラインで陣取っていた青山に向かって、素早くリスタートをした相手キーパーによる鋭いスローが投げられた。青山は完全フリーでボールをトラップした。
「戻れ! 戻れ!」
そう叫びながら相手キーパーは、千夏の前方に立ちはだかっていた。彼女はスピードに乗ったドリブルのまま右足でシュートを打つ、と見せかけて右に切り返した。
そこで相手キーパーはタイミングをずらされ、また僅かに右側に体重移動した。その逆を突くように、彼女は左足でキーパーの左足元に向け、シュートを打とうと振り被った時だった。
「ボイ! ボイ!」
と叫びながら背後から戻ってきた坂口が、先ほどよりも激しく突き飛ばすように千夏の体にぶつかったのだ。
軸足一本で立っていたタイミングで衝突された彼女は、たまらず受け身も取れない状態で転倒した。
ピーッ! と鋭く審判の笛が鳴る。完全な反則で、しかも背後からのプッシングという悪質な行為だった。ゴール裏にいた味方ガイドがたまらずグラウンドの中に入り、千夏の元に駆け寄った。
「大丈夫か?」
周囲からは、大きなブーイングが巻き起こる。審判が坂口に対して厳しい口調で注意を行っていた。
当然第一PKの位置を指示し、千夏の元に駆け寄る。審判も彼女の状態が気になったのだろう。うずくまったまま、右足首を押さえていた。おそらくシュート体勢に入っていた時の軸足を、激しい突進の際にひねってしまったのかもしれない。
田川や他の二人は、不穏な空気を察して彼女のいる場所に向かって歩いていた。監督も他のコーチ、そしてドクターとメディカルスタッフ達もグラウンド内に駆け込む。
完全にゲームが中断している状況だったため、巧も走り寄った。その途中で選手の一人に追いつき、声をかけてから彼の左手を自分の右肩に添えてゆっくりと歩く。
他のスタッフが田川達の元に歩み寄り、同じように彼らの手を取って千夏の元に向かっていた。
巧が一人を連れて千夏を取り囲んでいる輪に辿り着いた時、彼女はもう立ち上がっていた。チームメイト達全員が、心配そうに見つめている。そんな気配を察知したのだろう。
「大丈夫。ちょっとひねっただけだから。それよりPKだよ。これが最後の最後だろうから、次は絶対決めるからね」
大きな声を出して手を叩き、みんなに喝を入れていた。
「おお、大丈夫なのか。良かった」
田川や他の選手達は千夏の本当の姿が見えないため安堵していたが、彼女の足を見ていたドクターやメディカルスタッフは少し険しい顔をしている。巧や監督達は本当に大丈夫なのか、疑わしい目で彼女を見つめた。
「大丈夫ですか? 彼女は蹴られますか?」
谷口がドクターに確認する。ドクターは首を傾げながら、
「少し痛みはあるようなので、ひねったのは間違いないと思いますが、」
と言いかけたのを千夏は遮った。
「大丈夫です。できます。蹴られますから。やらせてください」
彼女は真剣な顔で、谷口の方に向って言い放つ。本人が大丈夫と言っている以上、触診したドクターやメディカルスタッフも、駄目だとは言いづらいようで口をつぐんだ。
千夏は彼らの問いかけに頷いたり、首を横に振ったりしていたが、しばらくしてすっと立ち上がった。どうやら怪我はしていない様子だ。巧は一瞬緊張した肩の力を抜いた。
彼女は自分が蹴ると審判に意思表示をし、第一PKの場所まで案内されてボールをセットする。残り時間はもうほとんどない。これが決まれば勝ちという、大事なPKだ。
ここは守備陣も全員、こぼれ球を押し込むために前線へと上がっていった。ゴールエリアから出られない巧は、この場所から彼女の背中を見守りながら祈ることしかできない。
頼む、決めてくれ。そう願いながら両手を組んだ。
大切な一発だと判っているのだろう。四十m近く離れていても、千夏の緊張感が巧の所まで伝わってくる。それだけでない。試合会場を取り巻く全員がこのPKに注目し、彼女とキーパーとの対決を見守っていた。
巧達のチームやサポーターは入れ、決まれと祈り、相手チームやそのサポーター達は、止めろ、外れろと祈っているはずだ。
ガイドによりゴールポストが叩かれ、ゴール位置を知らせる行為が終わる。ピーっと審判の笛が鳴った。千夏がボールに添えていた手を離す、と同時にノーステップのトォキックでゴール右隅の下を狙った。低い弾道でボールが鋭くゴールに向かう。
キーパーが左手を伸ばすが、わずかに早くその手をすり抜けた。ボールは右コーナーポストぎりぎりに飛んでいく。入れ! 巧は思わず叫んだ。
が、その願い虚しくボールはポストを掠め、ゴールを外れてラインを割った。あまりにも狙い過ぎたのがいけなかったか、枠を捉えることができなかったのだ。
「ああああああ、」
「惜しい!」
「よし! 外れた!」
「ナイス!」
大きなため息や残念がる声以上に、相手チームからは大きな歓声が上がった。ガイドやコーチ、監督も選手も皆が肩を落とす。千夏もまた悔しいのか、ダンと強く地面に右足を叩きつけるように踏み込んだ。しかしまだ試合が終わった訳ではない。
「すぐ戻れ!」
田川がいち早く立ち直り、そう周りの選手に声をかけながら自陣に走った。全員が相手陣内まで上がっていたために、味方の守備エリアはがら空きだ。
そこにハーフラインで陣取っていた青山に向かって、素早くリスタートをした相手キーパーによる鋭いスローが投げられた。青山は完全フリーでボールをトラップした。
「戻れ! 戻れ!」
そう叫びながら相手キーパーは、千夏の前方に立ちはだかっていた。彼女はスピードに乗ったドリブルのまま右足でシュートを打つ、と見せかけて右に切り返した。
そこで相手キーパーはタイミングをずらされ、また僅かに右側に体重移動した。その逆を突くように、彼女は左足でキーパーの左足元に向け、シュートを打とうと振り被った時だった。
「ボイ! ボイ!」
と叫びながら背後から戻ってきた坂口が、先ほどよりも激しく突き飛ばすように千夏の体にぶつかったのだ。
軸足一本で立っていたタイミングで衝突された彼女は、たまらず受け身も取れない状態で転倒した。
ピーッ! と鋭く審判の笛が鳴る。完全な反則で、しかも背後からのプッシングという悪質な行為だった。ゴール裏にいた味方ガイドがたまらずグラウンドの中に入り、千夏の元に駆け寄った。
「大丈夫か?」
周囲からは、大きなブーイングが巻き起こる。審判が坂口に対して厳しい口調で注意を行っていた。
当然第一PKの位置を指示し、千夏の元に駆け寄る。審判も彼女の状態が気になったのだろう。うずくまったまま、右足首を押さえていた。おそらくシュート体勢に入っていた時の軸足を、激しい突進の際にひねってしまったのかもしれない。
田川や他の二人は、不穏な空気を察して彼女のいる場所に向かって歩いていた。監督も他のコーチ、そしてドクターとメディカルスタッフ達もグラウンド内に駆け込む。
完全にゲームが中断している状況だったため、巧も走り寄った。その途中で選手の一人に追いつき、声をかけてから彼の左手を自分の右肩に添えてゆっくりと歩く。
他のスタッフが田川達の元に歩み寄り、同じように彼らの手を取って千夏の元に向かっていた。
巧が一人を連れて千夏を取り囲んでいる輪に辿り着いた時、彼女はもう立ち上がっていた。チームメイト達全員が、心配そうに見つめている。そんな気配を察知したのだろう。
「大丈夫。ちょっとひねっただけだから。それよりPKだよ。これが最後の最後だろうから、次は絶対決めるからね」
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「大丈夫ですか? 彼女は蹴られますか?」
谷口がドクターに確認する。ドクターは首を傾げながら、
「少し痛みはあるようなので、ひねったのは間違いないと思いますが、」
と言いかけたのを千夏は遮った。
「大丈夫です。できます。蹴られますから。やらせてください」
彼女は真剣な顔で、谷口の方に向って言い放つ。本人が大丈夫と言っている以上、触診したドクターやメディカルスタッフも、駄目だとは言いづらいようで口をつぐんだ。
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