音が光に変わるとき

しまおか

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裏切り(望の視点)~④

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 それまで可愛いと思っていた彼女が突然関西弁で啖呵を切ったものだから、絵里はもちろん、望まで怯んでしまった。こんなに怖い女性だとは思いもよらなかったからだ。
 さらに彼女の怒りは続いた。しかもその矛先は巧に向かったのだ。
「巧も巧や。はっきり言ってやりぃ。あんたがウダウダしているから、こんなこと言われるんやないの。しかもこの子はどこがええんか知らんけど、あんたに好意を持っとるみたいやから、余計はっきりさせんとあかんで」
 巧は目を丸くしていたが、彼女の発破が効いたのか少しして望の目を見て口を開いた。
「僕はフットサルを嫌いになった訳じゃない。でもずっと好きだった訳でもないんだ」
 衝打の告白に望は固まった。あれだけ見守り続けて来て応援してきた巧が、未来の日本代表候補とまで言われるほど活躍していた彼の口から、そんな言葉が出てくるとは想像を超える発言だった。彼は言葉を続けた。
「僕は小学校の時から今と同じ見た目は黒人みたいな子で、よく弄られてきたんだよ。それでブラジルのクウォーターだといったら、何故かサッカーに誘われた。でも足が遅くて器用じゃなかったから、キーパーばかりやらされることになってさ。でも反射神経と瞬発力だけはあったらしく、誰かさんからも鍛えられたおかげで、なんとかチームの邪魔にはされない程度の選手にはなったよ。でもずっとレギュラーにはなれずに、一時期腐ってサッカーを辞めたんだ。その頃かな。喜多川さん達と会ったのは。高一の終わり頃だったよね」
 高一の終わりの春休みと望は言い、絵里も頷く。千夏はそうだったんだという顔をして聞いていた。彼女はその頃のことを、詳しく知らないようだ。巧はさらに続けた。
「それでもサッカー自体は嫌いじゃなかった。そんな時、ここにいるサッカー大好きの天才少女の目が見えなくなり、サッカーができなくなった。それを知って僕はもう一度サッカーをやろうと思って、以前から勧められたフットサルクラブを紹介してもらったんだ。サッカーよりも小さいゴールを守る方が、僕には合っていたんだろうね。それからなんとか活躍できるようになったけど、でもやはり何かが違ったんだ。必要とされていないというか、僕じゃなくてもいいんじゃないかと心のどこかでずっと思っていた」
「そんなことない! だって日本代表候補の実力があるって、クラブの人も言っていたじゃないですか!」
 望は巧の言葉を強く否定したが、彼は首を横に振った。
「評価されたのは確かだけど、でも僕じゃなきゃいけないってことはないんだよ。代わりはいくらだっている。キーパーというポジションは一つだから、競争が厳しいことは知っているよね。正GKだって試合に出続け信頼を積み重ね、そのポジションに居続けなければならない。第二GKは試合に出た時は当然だけど、日々の練習での信頼を積み重ねていかなければいけない。第三GKも同じだ。僕はサッカー時代を含めると、十年程そういう経験を積み重ねてきたんだ」
「それが嫌になったというんですか。サッカー部時代はそうだったかも知れないですけど、フットサルをやっていた巧君は、その積み重ねてきた信頼の成果がもうすぐ実るところまで来ていたのに。それをどうして捨てるんですか」
「嫌になった訳じゃないし、捨てたわけじゃないよ。ただ僕はその競争に疲れていたんだろうと思う。そんな時、里山さんのブラサカの練習に付き合っている内に、僕は多くの人から必要とされ始めたんだ。もちろんブラサカのキーパーだって、代わりは他にもいる。でも知ってしまったんだ。人から必要とされ、さらに僕自身が心から楽しむことができるスポーツに出会ったことをね。あと当たり前だけど、ブラサカをやっている選手の多くは目が見えない。だから僕の外見を気にする人が、ここにはまずいないんだ。それに見た目で判断できない人達と接しているからか、その周りにいる健常者達もまた僕を変な目で見る人はほとんどいない。そんな環境が、僕には居心地良く感じたのかもしれないね。だから僕はフットサルでは無く、ブラインドサッカーを選んだんだ。これを逃げだと言う人もいるかもしれない。でも僕は自分の新たな居場所を見つけたと思っているんだ」
 望はそこで千夏の言っていた意味が理解できた。ずっと巧を見て来て何が違うと聞かれたら、真っ先に浮かぶ言葉は彼が心から楽しんでいたことだ。
 望は気づいていたのに、嫉妬心から認めたくなかっただけだった。だから巧の口から違う理由を聞きたいと思い、彼を問い詰めてしまった。しかし結局教えられたのは、望が感じたことだったのだ。
「それと、ごめんなさい。喜多川さんのことは、サポーターの一人としてしか見てこなかったし、それ以上の感情は持てないんだ。申し訳ない」
 再び頭を下げられ、突然目の前で振られてしまった望だったが、そのこと自体は覚悟していたのでそれほどショックは受けなかった。
 ただ周りにいた人達の方が巧の言葉に動揺していた。谷口はなんてことをと慌てふためき、絵里などは今このタイミングで言わなくてもと顔を真っ赤にして怒り、千夏はあんたデリカシー無さ過ぎと彼を叱っていた。
「ご、ごめん、こんな時に。でもクリスマスの頃に貰ったファンレターを読んでから、どうしようかと迷っている間に、いろいろ周りがドタバタし始めちゃったものだから、つい今の今まで返事をすることを忘れていたんだ」
「はあ? 何? クリスマスっていつの話よ。だいぶ前の話やないの。そこであんた、告白されていた訳? それで返事もせんと、今までほったらかし? それは誰でも怒るわ」
 千夏が望の思いを代弁するかのようにキツイ口調で問い詰め、巧の脛を蹴り始めた。
「い、いや、はっきり告白された訳じゃないんだけど、ね、あの、」
 巧はそれ以上手紙の中味のことを言っていいのか迷ったようで、望の顔をチラチラと見ながら、千夏の蹴りを避けている。望はもう笑うしかなかった。
「いいんです。こうなることは判っていたんですけど、私がいつまでもぐずぐずしていたんで、けじめをつけようとしただけですから。そうそう、絵里が六月にジュン君と結婚するんですよ」
「え? そうなの? ジュンってあのジュン? そうか。最近は彼らと全く連絡を取っていなかったから知らなかった。それはおめでとう。あいつはいい奴だから、良かったんじゃないかな。お似合いだよ」
 千夏の脛蹴りが止み、彼は絵里を見て微笑んだ。褒められて祝福された彼女は、怒りの感情から照れ笑いの表情に変わってありがとうと小声で答えていたが、顔はやはり赤いままだった。
 そこで張り詰めていた空気が少し和らぎ、谷口も良かったと口にはしていたが、目は泳いだままである。千夏もジュンって誰? 結婚? と首を傾げていた。
「絵里も新たな生活を始めることになって、私もこの機会を利用して自分の気持ちにケリをつけたかったの。ごめんなさい。もう巧君を追っかけることは止めます。今までありがとう。巧君の頑張っている姿を見て応援してきて、私も勇気を貰っていたことは間違いないし。巧君がこれからやることを直接応援はできないけど。私は私で、また別の道を探すことにする。お邪魔しました」
 望はぺこりと頭を下げ、彼に背を向けてグラウンドから小走りで離れ、駅に向かった。その後を絵里が追いかけてきていたようだが振り向くこともできず、まっすぐ前を向いて溢れだした涙を拭きながら望は走った。
 もう今後彼に会うことはないだろう。それでも彼の言ったことは忘れない。彼のように自分を必要としてくれて、自分が心から望むようなことを何でもいいから見つけたかった。
 それが恋人なのか、趣味なのか、仕事なのかは判らない。だがとにかく前向きになれる、心から楽しいと思える事に出会いたい。望は彼から遠ざかりながらそう強く思った。 
 その何かが発見できればその時こそ、望が二年前から始めていたネット上に千夏への誹謗中傷を書き込むことが止められるだろう。だがそんな日がいつ来るのか、望には判らなかった。
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