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裏切り(望の視点)~①
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「ねえ、望はいつまで実らぬ恋を追い続けるの? 一サポーターとして選手に交際を申し込むのは、ルール違反というのも判らないではないよ。でも望は巧君のことが好きになったのが先で、サポーターになったのはその後じゃない」
「そう言われると微妙なんだよね。確かに知り合ったのは絵里と一緒にいたあの時だけど、好きになったのはフットサルをやっている彼を見るようになってからのような気がする」
「もうどっちだっていいよ、面倒くさい。だからいつまでこうしているのかって聞いているの。ファンとしてずっと見守り続けるだけ? それとも告白する?」
絵里は望のここ数年の煮え切らない態度に業を煮やしたのか、二〇十五年のシーズンが終わったら巧を食事に誘い、思い切って告白しろと迫ってきた。
今シーズンの巧はかつてないほど出場機会が増えて活躍もした。しかも現在正GKの田上選手が、来シーズンから移籍するのではないかとの噂がサポーター内でも流れ始めている。それが本当なら、巧は来季こそ正GKになるのではないかと囁かれていた。
だったら今以上に、注目を浴びることになるだろう。だから一層近づき難い存在になってしまう前に決着をつけろ、というのが絵里の見解だった。
巧と初めて会ってから、約五年が経とうとしている。その間望は他の男性と付き合うこともなく一途にサポーターとして、熱烈なファンとして巧だけを見つめ続けてきた。
一方の絵里とジュンとの交際は、その後も順調だ。付き合いだして丸五年となる彼女の誕生月であるこの六月に、二人は結婚することになった。ジュンが四月生まれだから二人が二十二歳になって夫婦になるのだという。
絵里はこれまで住んでいた望と同じアパートから、半年前に彼の家へと転がり込んだ。そこで彼の母親と一緒に三人での生活を始めていた。
まだ早いようにも思えたが、絵里の妹がこの春で高校を卒業し就職先も決まり社会人になるらしい。その為後は高二の弟だけだから、南沢家もようやく経済的に余裕がもてるようになったからだという。
絵里は高校を卒業してから地元の中堅企業に就職し、事務員として働きこの四月で丸三年経ち、ジュンは社会人になって丸六年になる。
結婚しても共働きのままだろうが、彼の家も絵里の家も経済的に安定してきたらしい。そこで真剣な交際を認めてきた両家では、そろそろいいだろうという話になったようだ。
年が明けて、本格的に式を上げる準備に入った絵里の相談相手となっていた望は、そこで巧とのこともそろそろ真剣に考えろという話題に移り、急かされる羽目になってしまったのである。
「私は望のことを思って言っているんだよ。おばさんだってすごく心配しているんだから。あんたの家では一番下の妹がまだ高一だけど、その上は去年高校を卒業して働き始めたから、あんたの家もうちと同じで生活面では楽になっているはずだよね。それなのに一番上の姉は彼氏も作らず、黙々と働いて時々サッカーを見に行くだけが唯一の趣味だと思っているんだよ。ああ、でも大丈夫。巧君のことは喋ってないから」
「本当に止めて。お母さんや他の人には、絶対言わないでね。言ったら本当に絶交よ」
「言わないよ。約束したもんね。この事はジュンにさえ言ってないから。六月の結婚式に望は必ず呼ぶけど、彼は巧君とは縁が切れているし、いまさら呼ばれても迷惑だろうって呼ぶつもりはないみたいだし。それに巧君のことは、私が結婚するから言う訳じゃないからね。今までずっと言ってきたことだから。でも本当に私が結婚を決意したように、望も決断する時が来たんじゃないのかなって思うんだ」
そんな絵里の熱意に押された訳でもないが、十二月二十日のリーグ戦最終日を迎えた日の試合終了後、他のファンに交じってクリスマスプレゼントと一緒にファンレターを忍ばせた望は、ドキドキしながら練習後の巧に会うことができ、直接手渡した。
強豪チームとはいえ、フットサルはまだまだマイナースポーツだ。その為ファンも収拾がつかないほど集まるケースはほとんどない。
その分クリスマスやバレンタインデー等、ファンが集まるイベント事がある際には、選手と接する機会を設けられており制限されることもなかった。
ただプレゼントなどを持ち込む際には簡単なセキュリティーチエックをされる場合もあって、食べ物だとクラブ側から持ち込みを拒否されることは知っている。
だから今回は普段の練習時で使えるような、テーピングと膝などに巻くサポーターのセットを用意した。あまり高いものだと、選手から引かれる。
また経済的には決して恵まれているとはいえない選手達にとっては、よく使う消耗品の方が喜ばれるだろう。何より望の懐事情からしても、その程度が精一杯だからだ。
「ああ、喜多川さん。プレゼント? ありがとう。いつも応援に来てくれて嬉しいよ」
以前から顔馴染みである望に、巧は微笑んでくれた。巧の追っかけである他の女性ファン二人に睨まれている視線を感じながらも、望は思い切って彼に告げた。
「今回はファンレターも入れておいたので、是非読んでください」
「うん、判った。ありがとう」
望の重大決意とは裏腹に、巧は軽く手を上げて他のファンからもプレゼントを受け取るために背を向けた。望は手紙の中にメールアドレスと電話番号を記入し、
“年明けのプレーオフが終わって完全にシーズンが終了して休みに入ったら、一度食事をしませんか。連絡下さい。待っています。”
という一文を書いた。今までにない大胆な行動だ。連絡してくれますように、と望は願う気持ちで彼の背中をしばらくじっと見つめていたのだ。
だが年が明けてシーズンオフになっても、彼からの連絡は来なかった。それが答えなのかと諦めていた時、望の耳に入ってきたのは、巧がフットサルチームを辞めるという信じ難い噂だったのだ。
しかもただ辞めるのでなく、彼はブラインドサッカーのチームへ移るらしい。しかも今までクラブをサポートしていた巧が勤める会社が、新たにそのチームとスポンサー契約を結ぶというではないか。
また会社は、彼と盲目の女性のブラサカ選手ともマネジメント契約を結ぶという。その噂は結局真実となり、四月に入って巧の所属する会社とクラブの担当者が記者会見を開き、実際の目で見聞きした望は愕然とした。
しかも当面は本人の精神面と体調面を考慮し、直接取材を受けつけないらしく、記者会見の場に二人の姿は無かった。
「そう言われると微妙なんだよね。確かに知り合ったのは絵里と一緒にいたあの時だけど、好きになったのはフットサルをやっている彼を見るようになってからのような気がする」
「もうどっちだっていいよ、面倒くさい。だからいつまでこうしているのかって聞いているの。ファンとしてずっと見守り続けるだけ? それとも告白する?」
絵里は望のここ数年の煮え切らない態度に業を煮やしたのか、二〇十五年のシーズンが終わったら巧を食事に誘い、思い切って告白しろと迫ってきた。
今シーズンの巧はかつてないほど出場機会が増えて活躍もした。しかも現在正GKの田上選手が、来シーズンから移籍するのではないかとの噂がサポーター内でも流れ始めている。それが本当なら、巧は来季こそ正GKになるのではないかと囁かれていた。
だったら今以上に、注目を浴びることになるだろう。だから一層近づき難い存在になってしまう前に決着をつけろ、というのが絵里の見解だった。
巧と初めて会ってから、約五年が経とうとしている。その間望は他の男性と付き合うこともなく一途にサポーターとして、熱烈なファンとして巧だけを見つめ続けてきた。
一方の絵里とジュンとの交際は、その後も順調だ。付き合いだして丸五年となる彼女の誕生月であるこの六月に、二人は結婚することになった。ジュンが四月生まれだから二人が二十二歳になって夫婦になるのだという。
絵里はこれまで住んでいた望と同じアパートから、半年前に彼の家へと転がり込んだ。そこで彼の母親と一緒に三人での生活を始めていた。
まだ早いようにも思えたが、絵里の妹がこの春で高校を卒業し就職先も決まり社会人になるらしい。その為後は高二の弟だけだから、南沢家もようやく経済的に余裕がもてるようになったからだという。
絵里は高校を卒業してから地元の中堅企業に就職し、事務員として働きこの四月で丸三年経ち、ジュンは社会人になって丸六年になる。
結婚しても共働きのままだろうが、彼の家も絵里の家も経済的に安定してきたらしい。そこで真剣な交際を認めてきた両家では、そろそろいいだろうという話になったようだ。
年が明けて、本格的に式を上げる準備に入った絵里の相談相手となっていた望は、そこで巧とのこともそろそろ真剣に考えろという話題に移り、急かされる羽目になってしまったのである。
「私は望のことを思って言っているんだよ。おばさんだってすごく心配しているんだから。あんたの家では一番下の妹がまだ高一だけど、その上は去年高校を卒業して働き始めたから、あんたの家もうちと同じで生活面では楽になっているはずだよね。それなのに一番上の姉は彼氏も作らず、黙々と働いて時々サッカーを見に行くだけが唯一の趣味だと思っているんだよ。ああ、でも大丈夫。巧君のことは喋ってないから」
「本当に止めて。お母さんや他の人には、絶対言わないでね。言ったら本当に絶交よ」
「言わないよ。約束したもんね。この事はジュンにさえ言ってないから。六月の結婚式に望は必ず呼ぶけど、彼は巧君とは縁が切れているし、いまさら呼ばれても迷惑だろうって呼ぶつもりはないみたいだし。それに巧君のことは、私が結婚するから言う訳じゃないからね。今までずっと言ってきたことだから。でも本当に私が結婚を決意したように、望も決断する時が来たんじゃないのかなって思うんだ」
そんな絵里の熱意に押された訳でもないが、十二月二十日のリーグ戦最終日を迎えた日の試合終了後、他のファンに交じってクリスマスプレゼントと一緒にファンレターを忍ばせた望は、ドキドキしながら練習後の巧に会うことができ、直接手渡した。
強豪チームとはいえ、フットサルはまだまだマイナースポーツだ。その為ファンも収拾がつかないほど集まるケースはほとんどない。
その分クリスマスやバレンタインデー等、ファンが集まるイベント事がある際には、選手と接する機会を設けられており制限されることもなかった。
ただプレゼントなどを持ち込む際には簡単なセキュリティーチエックをされる場合もあって、食べ物だとクラブ側から持ち込みを拒否されることは知っている。
だから今回は普段の練習時で使えるような、テーピングと膝などに巻くサポーターのセットを用意した。あまり高いものだと、選手から引かれる。
また経済的には決して恵まれているとはいえない選手達にとっては、よく使う消耗品の方が喜ばれるだろう。何より望の懐事情からしても、その程度が精一杯だからだ。
「ああ、喜多川さん。プレゼント? ありがとう。いつも応援に来てくれて嬉しいよ」
以前から顔馴染みである望に、巧は微笑んでくれた。巧の追っかけである他の女性ファン二人に睨まれている視線を感じながらも、望は思い切って彼に告げた。
「今回はファンレターも入れておいたので、是非読んでください」
「うん、判った。ありがとう」
望の重大決意とは裏腹に、巧は軽く手を上げて他のファンからもプレゼントを受け取るために背を向けた。望は手紙の中にメールアドレスと電話番号を記入し、
“年明けのプレーオフが終わって完全にシーズンが終了して休みに入ったら、一度食事をしませんか。連絡下さい。待っています。”
という一文を書いた。今までにない大胆な行動だ。連絡してくれますように、と望は願う気持ちで彼の背中をしばらくじっと見つめていたのだ。
だが年が明けてシーズンオフになっても、彼からの連絡は来なかった。それが答えなのかと諦めていた時、望の耳に入ってきたのは、巧がフットサルチームを辞めるという信じ難い噂だったのだ。
しかもただ辞めるのでなく、彼はブラインドサッカーのチームへ移るらしい。しかも今までクラブをサポートしていた巧が勤める会社が、新たにそのチームとスポンサー契約を結ぶというではないか。
また会社は、彼と盲目の女性のブラサカ選手ともマネジメント契約を結ぶという。その噂は結局真実となり、四月に入って巧の所属する会社とクラブの担当者が記者会見を開き、実際の目で見聞きした望は愕然とした。
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