音が光に変わるとき

しまおか

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巧の挑戦~⑨

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 村沢さんは何度も強く、巧の手を握りしめて喜んでいた。そこまでされると悪い気はしない。障害者スポーツといっても、今回は東京パラリンピックを見据えた将来の日本代表候補の集まりだ。
 教えるどころか、強豪フットサルチームといっても第二キーパーくらいだとその程度かと笑われてしまっては巧も恥ずかしい。日本トップレベルの選手が放つ強烈なシュートから、巧はゴールを守っているとの自負もあった。
「では詳しいことは施設についてからご説明しますので、バスの方にお乗り下さい。棚田さん達も待っていると思いますので」
 気付けば千夏達はとっくに乗り込んで席に座り、真ん中辺りの窓際にいる千夏の姿が見えた。またバスの乗り口では他の選手達が巧の後ろを通り過ぎ、次々と乗り込んでいく。
「あっ、判りました。申し訳ございません」
 慌てて乗り込んだ巧は、通路側に座っている正男さんの姿を見つけて近寄った。そして彼のすぐ後ろの空いていた席に座らせてもらう。すると巧が席に着くや否や、正男さんの方から先ほどの話題に触れてきた。
「協会の人に何か頼まれなかったかい? 村沢コーチと長い間喋っていたみたいだけど」
「そうなんですよ。おじさんも人が悪いなあ。僕がアテンドするって申請した時でしょうけど、事前に色々と協会の人と話をしていたようですね。僕がフットサルチームのキーパーだとか、千夏の幼馴染みで練習にも付き合っているとか」
「そうなの、お爺ちゃん?」
 千夏もその話は初耳だったようだ。正男さんの隣で他人事のような口調で尋ねていた。
「いや、申し訳ない。事前に私の口からお願いするのも筋が違うと思ったから、言うのなら直接言ってくれと伝えてはいたんだけど、結局どうした?」
「了解しましたよ。すごく真剣な顔でお願いされましたから。元々何かしらのお手伝いはするつもりでしたけど、まさか練習に参加することになるとは」
「え? 何? 巧も練習に参加すんの?」
 千夏が大きな声を出したため、バスに乗っている人達が一斉に巧達の方へ顔を向けた。特にここへ呼ばれた選手達は視覚に障害がある分、聴覚にはとても優れている人達が多い。
 しかも自分達の練習に参加する人がいると聞けば、関心を持つのは当然だ。未成年も多く参加しているため、保護者らしき方達も同行していた。だがまさしくそこにいる全員が、聞き耳を立てて巧達の話の続きを聞こうとしている。
 だったらここで内緒にしていても後で判ることだと思い、小声は止めて普通に彼女の質問に答えた。
「いやね。おじさんが同行するメンバーに僕が加わることを先方に伝えた時、協会でも僕が八千草のフットサルチームのキーパーだって判ったみたいでさ。それなら練習に参加してもらえないだろうかって、さっきお願いされたんだよ。断る理由も無かったからいいよって了解したんだけど。あれ? 断った方が良かったかな」
「え? ううん。そう言う訳やないけど驚いただけ。でもええの? 巧、シーズンが終わったばっかりやん。体を休めんとあかん時期やないの?」
「それはあっちのコーチも知っていて、無理はしない軽い程度でいいですって言われた。最初はただマスコミがたくさん集まっているか聞きたくて僕から声をかけたんだけど、話が全く別の方へ進んじゃって」
「マスコミの方はどうだって?」
 正男さんが心配そうに尋ねてきた。
「今回は思ったよりも反応が鈍くて、余り集まっていないみたいです。本当はもっと注目して欲しかったけど、関心が薄れたんじゃないかって。でも協会の方も前回の騒ぎを反省して、対応する準備は考えていたみたいでしたよ。それを聞いてちょっと安心しました」
「なんで?」
 千夏が再び呑気に聞いてきたので、巧は言ってやった。
「今回の選抜メンバーに千夏が選ばれたのも、またマスコミを集める目的じゃないかって心配していたからさ。まあ正直、協会も少しは注目を浴びたかったのは事実みたいだけど。さっき話していた村沢さんというコーチも、それは認めていたし」
「え? 村沢コーチがそんな事まで?」
「ああ。でも前回の過熱ぶりは、さすがに酷いと協会でも思ったらしい。千夏を今回呼ぶことに決めた時も、その対応をどうするかは協議したようだから。でも今回は用心するほどマスコミが動かなくて、少し残念な気持ちもあって複雑な心境だってさ。僕は僕で覚悟していた分、拍子抜けした感じだよ。だから今回マスコミの方は心配なさそうだ」
「そうなんや。まあ、どっちでもええけどね」
 口では強がっていたが、内心は違うだろう。再度自分を売り込んで、将来の為のスポンサーを獲得したいと考えていたはずだ。しかし正男さんは明らかに安堵していた。
「よかったよ。それなら巧君に来てもらうまでも無かったかな。申し訳ない。しかも思っていたこととは違う、別の仕事まで引き受けさせることになっちゃって」
「それはいいですよ。僕も将来の日本代表を目指す若手の練習には興味がありますし、千夏と一緒にブラサカの練習場に入る機会もそうは無いですから」
 実際、巧と千夏との間で行われているブラサカの練習は、いつも公園でばかりやっていた。彼女が所属するチーム練習に加わったことすら一度も無いため、以前から正式なブラサカのグラウンドに興味があったことは確かだ。
「そう言ってくれるとありがたい。協会の方から最初、巧君に練習参加して欲しいと打診された時は困ったんだよ。無下に断る訳にも行かなくてさ。直接交渉してくれって言ったら今度は事前には伝えないで欲しい、って口止めされちゃって。もし事前に知って同行自体を辞められると困るし。だから黙っていて申し訳ない」
「なるほど、そうだったんですか」
「そう、こういうのってボランティアの人達あってのことやから、アテンドの人達にも協力して貰えたら助かるんよ。さすがに合宿練習自体に参加してくれって言われるのは巧ぐらいやろうけど。普通はコート周辺での球拾いとか、設備の移動とか声かけとかぐらいやから」
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