音が光に変わるとき

しまおか

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巧の挑戦~⑥

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 その間巧は所属するフットサルチームで、日本代表でもある正GKの田上先輩が足首を痛めた時など代わりのキーパーとして公式戦に出た。そこで何度かファインセーブをして無失点に抑えるなど、それなりの活躍を見せる機会が増えた。
 それでも田上先輩が怪我や休養から復帰すると、巧は再び控えキーパーの座に戻った。日本代表でもある先輩の壁は、まだまだ高く巧も学ぶことは多い。それでもクラブ練習とは別に千夏との練習を繰り返していたおかげで、体力面でも反応面でもますます向上していることを自分でも実感していた。
 フットサルの世界では、来年二〇十五年は特別大きな国際試合が無い。だが次の二〇十六年には三月からW杯予選を兼ねたAFCアジア選手権が始まり、その秋にはW杯が開催される。
 そこで日本代表を新たに選出するために、いくつかの国際親善試合が組まれていた。その試合に参加できる、新たな日本代表候補が選ばれ合宿に入る年でもあった。だが今のところ巧には声がかかっていない。そんな時だった。
 二〇十五年一月に再度女子ブラ練習会が開催されたのだが、その後三月に二〇二〇年東京パラリンピックを目指し、若手を育成するという名目でU-二十三、ジュニアアスリート合宿というものが開かれるという連絡が入った。
 しかも二十三歳以下なら男女問わず、となっていた参加資格に千夏は反応した。これにぜひ参加したいと言い出したのだ。ただ募集人数は限られており、必ず参加できるとは限らない。
 話を聞いた巧の心境は複雑だった。千夏が今もブラサカを続け、新技まで練習しているのは、将来の日本代表選手に選抜されるためだ。今回の強化合宿に参加できて実力をアピールできれば、女子ブラサカ日本代表チームが発足した時に、召集される可能性は上がるに違いない。
 しかし再びマスコミが注目する場に立つことは、メディアから取材攻勢を受け、集客の為のマスコットとして協会から利用されることを意味する。よってマスコミやネットから、再びバッシングを受ける可能性が高まることでもあるのだ。
 そこで巧も大きな決断をした。もし応募に選ばれたら、彼女のアテンドの一人として合宿に同行しようと決めたのだ。その事を聞いた千夏は夜、巧のスマホに電話をしてきた。
「巧、お爺ちゃんから聞いたけど本気で言うてる? 強化合宿って土日やけど、あんたはフットサルの練習があるやろ。三月ならリーグ戦のシーズンは終了しているとは思うけど」
「大丈夫。例年だと自主練はあるけど、三月上旬ならシーズンが終わったばかりだから、休んでも問題はないと思うんだ」
 フットサルの国内リーグ戦は、例年六月から二月中旬ごろまで続く。その後上位チームによるプレーオフが開かれ、八千草は連覇を目指している時期だ。
 ただ千夏が参加する合宿の前の週に全日程が終了するため、次の週はオフシーズンに入っている。軽い自主トレは土日でも組まれていたが、休息をとる選手も少なくなかった。 
 そんな時期でなければ、さすがに千夏が心配だとしても、巧がついて行く訳にはいかなかっただろう。
「駄目やん。だって巧はフットサルチームに所属しとるんやから、今の会社におって働いとるんやろ。自主練やって、ある意味仕事とちゃうの」
「だけど決めたんだ。会社の方には事情を説明して、その週だけ休めるように申請をして了解は取れているから。さぼりじゃない。平日の練習は就業時間を削って練習する場合もあるから、怪我や体調が悪い時以外は基本的に休めないけど、他の選手だって土日に練習がある場合でも、家庭の事情で休むことは認められているんだ。事情によるけど、有休を取ると思えば会社も文句は言えないんだよ。特にオフに入ったばかりの時期は休みやすいんだ」
 実は巧が会社に事情説明して休みを申し出たところ、クラブの監督は同じ地域で活躍している千夏の存在を昔から知っていて理解が深かったために、応援もしてくれていた。
 さらに前回のマスコミの注目具合から大変になるかも、と心配している巧の話をとても親身に聞いてくれ、そういう理由なら是非付き添ってあげなさいと背中を押されてしまったほどだ。
 それでもオフとはいえ第二GKの若手の巧が、自主練に参加しないことは正直引け目を感じた。しかし千夏には、そんな素振りを見せないよう気をつけて説明した。
「オフだからって有休まで取るようなことして、なんで一緒に行きたがるの? 正直一緒に来てもろたら助かるよ。二日間とはいえ、東京への移動は同行してくれるお爺ちゃんかてさすがに疲れる。私のアテンドだけやなく協会の強化練習となったら、周りには今まで以上に沢山のボランティアの人達もおると思う。だから私が練習しとる間だって、お爺ちゃんが何もせん訳にもいかんようになって大変やとは思う」
 ブラサカでは日本代表の練習といえども、多くのボランティアスタッフの力によって支えられていることが多いと聞く。例えば会場の設営からボール拾い、練習外での選手達の誘導など多くの仕事があるらしい。
 練習中は代表スタッフの中に、選手達をフォローしてくれる選任の人はいるようだ。しかしそれ以外の仕事は、アテンドでついてきた人達がボランティアで手伝うという。強制では無いが、やらない訳にはいかないのだろう。
「だったらいいじゃないか。同行は二名まで参加OKなんだし。プライベートなフォローはおじさんに任せるとして、荷物を持ったりする力仕事やブラサカに関するボランティアだったら、体力のある僕がいた方が安心だろ。なんならキーパー練習も参加しようか?」
「それはあかんやろ。今回はあくまでFPの若手を育成する合宿なんやから。キーパーは協会スタッフ達で対応するやろうし、邪魔になるようなことしたらあかんで」
「冗談だって。それだけ色々手伝えるってことさ。じゃあ、そう言うわけでアテンドは僕も含めて行けるよう、手続きはおじさんにもお願いしてあるから」
「う、うん、判った。あっ、お爺ちゃんが電話、代わりたいって」
 電話口で正男さんの声が聞こえた。
「巧君、ありがとう。千夏も納得してくれたようで、正直安心したよ。実際大阪への同行なら慣れているけど、今まで女子ブラサカ練習会の為に東京へ行った時は、移動も大変だったからね。それ以上にマスコミやらが騒いで、正直怖かったから助かる」
「大丈夫です。僕がそういう奴らの楯になりますから、その間におじさんは、千夏のケアに集中して貰えればいいので。今回は必要以上の取材は、受けない方がいいと思います」
「千夏もそう言っているよ。前回の反省もあるし、今回は若手育成合宿だから女子が目立っても迷惑だからってね。千夏が言うように正式に女子の日本代表チームが結成されて、定期的にこれから呼ばれるようになったら、また考えなきゃいけないのかもしれないが」
「それはその時になって考えましょう。代表に選ばれるなら、千夏の目標が一つ達成されることになります。それはそれで喜ぶべきことでしょうから」
「そうだな。千夏はそのために、毎日頑張っているんだから。その生きがいがあるおかげであいつは障害者として、胸を張って生きていけるようになったんだからね」
 巧は電話を切った後で考えた。今まで疑っていた訳では無いが、千夏が目指している日本代表になるという夢は少しずつだが現実化しつつある。近い将来、彼女が日本代表入りを果たすことになったとしたら自分はどうするか。
 そこで巧は自分の将来についてもっと真剣に考え、その覚悟と決断をそろそろしなければならない、と考えていた。
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