音が光に変わるとき

しまおか

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巧の挑戦~⑤

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「ナイスシュート! 今のだったらキーパーも取れなかったかもね」
「そう? 手応えは良かったけど、どのあたりに飛んだ? 高さは?」
「コーンの左隅ぎりぎりに入ったから、ゴールがあればサイドネットに決まっていたと思うよ。高さは腰、いや膝上辺りかな? キーパーも取りづらいコースだと思う。僕クラスのキーパーだったら、横跳びして右手一本で何とかはじき返せたと思うけど」
「ほんま? 巧がそう言うんやったら成功かも。今の感覚ね。忘れんうちに、もう一回今のやってくれる?」
 巧の自慢を交えたユーモアは完全にスルーされ、笑顔でそう指示された。
「え? セットでやるんじゃなくて?」
「今の感覚を忘れんうちにもう一回! 早く!」
 巧はしょうがなく、千夏を通り過ぎてゴールの向こうまで飛んでいったボールを取りに走り、再び彼女を追い越して元の場所に戻った。これがなかなか疲れる。往復約五十mの距離を小走りとはいえ連続して移動することは、巧にとっても結構なトレーニングになっていた。
「じゃあ、行くよ!」
 無駄な文句も言わず、彼女に向って速めのボールをスローする。今度は少し先ほど投げた時より、スピードを上げて投げてみた。それでも千夏は奇麗なトラップをし、振り向きざまに先程とほぼ同じコースへ蹴り込んだ。打ってすぐに彼女は振り返り、巧に確認する。
「今のはどうやった?」
「ナイスシュート! 高さはほぼ同じだったけど、コースはさっきよりもちょっと内側だったかな。サイドネットにかかるほどではなかったと思う。それでもゴール隅には決まっていたと思うよ。僕がキーパーじゃなかったら、だけどね」
「はいはい。それはもうええから。じゃあ、元のセットに戻そか」
 今度はさらりと流された巧は、しょうがなく転がったボールを取りに戻りゴールラインの位置に立つ。再び両サイドのコーンを叩いて、千夏に声をかけてからボールを投げる。 
 同じくややボールスローのスピードを上げた。それでも千夏は難なくトラップし、振り返って後ろ向きにドリブルしながら、今度は左足でゴール左隅に打ってきた。
 意表を突かれた巧は少し反応が遅れ、なんとか左手を伸ばしてボールを弾いたが、キャッチできなかった。転がっていくボールを追いかける巧の背中に向かって、千夏が自慢げに言う。
「今のはええコースに飛んだやろ。さすがの巧でも弾くのが精一杯やった、ってところかな。あとちょっとずつスローイングのボールが速くなってきとるけど、もうちょっと速めでもええよ。トラップの練習にもなるから」
 そんな小憎らしい言葉に巧は嫌味で返した。
「はいはい、そうさせていただきます。確かに今のはいいシュートでした。でもシュートは決まらないとねえ」
 千夏はあからさまにむっとしていた。拾い上げたボールを持ってゴール位置に戻り、再度コーンを叩いて声をかけ、彼女に向ってさらに強めのボールを投げる。すると今度は少しトラップが乱れたけれど、すぐに態勢を立て直して音が出ないパスを蹴り込んできた。
「今のはいいね。ほとんど聞こえなかったよ」
「うん、今のはええ感じやった」
「どうする? 感覚が残っている間にもう一度同じのを蹴ってみる?」
 少しだけ頭を傾げて間を置いた後、
「うん、そうやな。もう一回投げて」
「判った」
 もう何度も繰り返していたため、巧は習慣のようにコーンを叩いて声をかけ、強めにボールをスローイングする。今度は先ほどよりも奇麗なトラップをした千夏は、足でボールの感触を確かめながら再び音の出ないパスを蹴り込んだ。
「うん。今のもいい感じ。コツを掴んできたんじゃない?」
「だんだんね。これが実戦で使えるようになるとええんやけど」
 確かに実際の試合では相手選手が周りにいて、千夏がボールを持っていると知れば声を出してプレッシャーをかけてくる。そんな圧力の中で音が出ないというデリケートなキックがまずできるか、というのが第一の課題だろう。
 さらに向かってくる相手選手のブロックを避けて味方選手へと蹴り込めるか、という問題をクリアしなければならない。これもなかなか難しい。
 だが一番の難題は、例え蹴り出せたとしても味方が無音のパスを受け取れるか、という点だ。選手は音を頼りにボールの位置を把握してトラップする。音が無い暗闇の中で、それこそ音のしないボールを止めることは至難の技だ。
 これをチーム内で習得するには、味方選手との間で相当息が合った練習をしなければならない。またチーム内でこの戦法が認められ、この練習に時間を割くことができるだろうか。この戦術は使えるとチームの監督が判断しなければ、試すことさえできない。それだけ高等な技術であるのは確かだ。
 しかしそんなことを今考えてもしょうがない。まず認められるためには、音の出ないパスを、千夏が常時どんな場合でも味方選手に通すという技術を習得するのが先だ。採用されるかどうかはその後考えればいい。この努力は決して無駄にならないと巧は思った。
「じゃあ、次は後ろから投げてシュート、でいいかな」
「うん、お願い」
 巧はコーンを叩いてからボールを持って小走りで千夏の後方に移動し、声をかけてスローイングする。彼女がトラップして振り向きざまに今回は左足でシュートを打った。今度は少しボールが高めに浮いたが、ゴールがあればキーパーの左上辺りに飛んで、反応しづらいコースに決まっていたかもしれない。
 何よりすごいのは、彼女は先程からゴール枠を全く外さずシュート出来ていることだ。普通のサッカーやフットサルのシュート練習でも、枠内を外れることはよくある。
 それなのに彼女はコース重視のために力を抜くような手加減をせず、フルスイングで蹴ってシュートを打ち、それでも枠を捉えていた。
 見えないのだから健常者のように、力を抜いてコースを狙うこと自体ができない。だからかもしれないが、力いっぱい打って高い確率で枠を捉えるためには、相当高度な技術が必要だ。
 そこが天性の才能を持った元サッカー少女たる所以なのだろう。千夏は音の出ないパス、後ろ向きのドリブルからのシュート、そして後方からのボールを受けて振り向きざまに打つシュート、この三つを秘密武器として習得したいと考えている。その日は合計二十セットほど、これらの練習を繰り返した。
 巧にすればあちこちへと移動し、狭い公園とはいえど二十回も繰り返せば走る距離だけでも一㎞以上になる。しかもただその距離を、小走りに走るだけではない。
 ストップしてボールを投げ、ボールを受けては投げ、また受けては走って投げ、また走って受けとストップ&ゴーを繰り返す。この動作はフットサルクラブの練習に組み入れてもおかしくないほど、ハードなトレーニングになった。
 時には正男さんが加わり、週に何度かこの繰り返し練習を千夏と巧は続けた。気付けば冬が近づき年末が近づいていた。
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