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巧の挑戦~④
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「なるほど。後ろ向きのドリブルか。でももう少しドリブルスピードを上げないと、効果は薄いかも。ただ相手の守備を自分の体で防ぐやり方は、必要な動きだと思うよ」
そう言ってボールを投げ返した。
「そうやろ。後こういうのも考えとんの。行くよ」
彼女はそう言うと、ボールを自分の足の甲に乗せるように浮かせ、そのまま軽く押し出すように蹴った。先程よりもスピードがなく、まっ直ぐにボールは飛んできた。それを難なくキャッチした巧は千夏に聞いた。
「今のは何? ただのゆっくりとしたシュートにしか見えなかったけど」
「今のはシュートやなくパスに使おうと思って。どう? 音が聞こえんかったと思わん?」
そう聞かれてピンとこなかった巧は、
「音か。気付かなかったから、もう一回やってみて」
とボールをもう一度投げ返す。彼女はボールをトラップすると、同じような動作で蹴ってみせた。すると確かにボールはわずかに回転しているが、中に入った鉛がほとんど音を出さずに飛んでくるのが判った。巧はキャッチして感想を口にする。
「なるほど、音のならないパスか。確かに音で反応する選手にとっては、ボールが一瞬消えたように感じて守り難いかも。でもそれはパスの受け手も同じだろ?」
「それは他に色々声の合図を決めておけばええのよ。選手のいる位置だって、暗号みたいなもので教える場合もあるんやから」
「なるほど。受ける方が音は聞こえないけど、パスが来ると判っていれば多少は反応できるか。でもトラップするのが難しそうだね」
「そこは選手同士の練習次第や。このパスが出せて受けられるようになったら、八千草のチームだけじゃなく代表選手達にとっても、世界との戦いで大きな武器になると思うんや」
「しかしそんなこと、よく考えたね」
「実は別の競技でも、こういう技があるんよ。ブラインドテニスっていうのがあって、ブラサカと同じでボールの音が鳴るんやけど、その種目でボールに回転をかけて音を出にくくする技があるんよ。そしたら相手選手は、ボールがどこへ飛んだか判らんようになるんやって。それを知って、私もやってみようと思ったんや。実はどうやって回転すれば音が出えへんか、マスコミの騒ぎがひど過ぎて外出できん時に、家の中でもずっと試しとったんや」
「へえ! ただ家の中に籠っていたわけじゃないんだな」
巧は初めて聞いた。バッシングがひどくなり、外出を控えていたのはほんの一カ月程度だ。それ以外はこっそり大阪に出かけて、別のチーム練習に参加していたらしい。
だからブラサカの練習はずっと続けていて、やっと騒ぎが落ち着いたことで遠征も堂々と行い、八千草でのブラサカ仲間とのチーム練習もできるようになったそうだ。
「当たり前やん。部屋におる間は、ずっとそんな研究をしとったの。何、巧はずっと私が落ち込んどるとでも思っとったの?」
「それはそうだよ。これでも心配していたんだぞ。電話では少し話せたから、連絡はしていただろ。声は元気そうだったけど、本音はどうだか判らないからね。千夏は強がりだから」
「それはどうも、ご心配をおかけしまして。でも大丈夫。あと別の技もあんの。今度は巧がゴールの逆側の方におって、そこから私に向かってボールを強く早く投げて欲しいんや。それをトラップして、振り向きざまに打つ練習がしたいから」
「やれと言われればするけど、そんな難しいことができるのかい?」
「難しいからやらんといかんのよ。ちょっとやってみて」
「判った」
巧は千夏に言われた通りゴールの線を引いた逆側に走り、声を出して低めの早いボールをスローイングした。千夏は何とか反応してトラップはできたものの、すぐにはシュート体勢に入れなかった。ファーストタッチが上手くいかなかったからだ。
「ごめん、もう一回やって」
そういってシュートせずにこちらへ蹴り返されたボールを巧は掴んだ。
「ボールの投げる速さは、さっきくらいでいい?」
「うん。まずはあの程度からでええ」
そう言うのでもう一度声をかけ、先ほどと同じ速さで投げた。実は最初に投げた時も少し手加減して投げたのだが、千夏にはそれが判っていたようだ。
しかし彼女の頭の中でイメージして実戦で使える技術は、もっと早いボールに反応できないといけないらしい。
今度は上手くトラップできた千夏は、ワンステップで振り向きながらゴールに向かってシュートした。ボールは誰もいないコーンの間を通り過ぎ、ゴールの枠を捉える。ただキーパーが守っていたら、抜けたかどうかは微妙なコースだ。
「ナイスシュート。枠はキッチリ捉えていたよ」
巧がそう教えると、千夏は全く納得していない表情をした。
「枠に入るだけやったらあかん。飛んだコースは? ゴール右隅を狙ったんやけど」
さすが元日本代表にまでなった選手だ。求めるレベルはやはり高い。
「確かに右の方には飛んだけど、あれだと多分キャッチされていると思う。意表を突いてタイミングがずれたとしても、なんとか反応されてはじき出すくらいはされているかな」
正直にそう答えた。キーパーが巧だったら、間違いなくキャッチしていただろう。
「そうか。やっぱりもうちょっと練習せんとあかんね。もう一回お願い」
今度はボールが反対側にまで飛んで行ったので、巧は走って取りに行く。公園の隅の柵で止まっているボールを拾い上げ、駆け足で先ほどいた位置に戻ろうとすると、
「じゃあこっちへ戻る前に、もう一回ゴールの所からボールを投げて。振り向きざまのシュートを打って見るから。もう一回投げてもらって音の出ないパス、次に私の後ろから投げてもらってシュート。この三つをワンセットにして、何回かやりたいんやけど」
「了解。じゃあ、投げるぞ」
巧がゴール位置について改めて両端のコーンを叩き、ゴールの幅を知らせてから千夏にボールを投げた。彼女は難なくトラップすると後ろ向きになり、少し左右にドリブルしてから振り向きざまにシュートを打つ。
今度は右側のキャッチができない厳しいコースに飛んできたので、なんとか手の平ではじいてセーブした。
「ナイスコース。今のシュートは厳しかったな」
転がっていくボールを追いかけながらそう言う巧に、千夏は
「決まらんと意味がないんよ」
と悔しがる。巧は苦笑いしてボールを投げ返す。彼女はきっちりトラップし、今度は静かな音のならないパスのようなシュートを打つ。それを難なくキャッチした。
「いいね。今のも音はほとんど聞こえなかったと思うけど」
「もう少し静かに蹴らんと、ブラサカの選手達はみんな耳がええから欺けんかな」
これまた自分で高く設定したハードルを越えていないらしく、千夏は反省を口にした。
「じゃあ、今度は後ろから投げるよ」
念の為もう一度ゴール端のコーンを叩いてから彼女の後方に回り込み、そこから声をかけて彼女に早いボールをスローする。すると見事なトラップをして、振り向きながらシュートを打った。今度はゴールの左隅に飛び、コーンを掠めるようにゴール枠を捉えた。
そう言ってボールを投げ返した。
「そうやろ。後こういうのも考えとんの。行くよ」
彼女はそう言うと、ボールを自分の足の甲に乗せるように浮かせ、そのまま軽く押し出すように蹴った。先程よりもスピードがなく、まっ直ぐにボールは飛んできた。それを難なくキャッチした巧は千夏に聞いた。
「今のは何? ただのゆっくりとしたシュートにしか見えなかったけど」
「今のはシュートやなくパスに使おうと思って。どう? 音が聞こえんかったと思わん?」
そう聞かれてピンとこなかった巧は、
「音か。気付かなかったから、もう一回やってみて」
とボールをもう一度投げ返す。彼女はボールをトラップすると、同じような動作で蹴ってみせた。すると確かにボールはわずかに回転しているが、中に入った鉛がほとんど音を出さずに飛んでくるのが判った。巧はキャッチして感想を口にする。
「なるほど、音のならないパスか。確かに音で反応する選手にとっては、ボールが一瞬消えたように感じて守り難いかも。でもそれはパスの受け手も同じだろ?」
「それは他に色々声の合図を決めておけばええのよ。選手のいる位置だって、暗号みたいなもので教える場合もあるんやから」
「なるほど。受ける方が音は聞こえないけど、パスが来ると判っていれば多少は反応できるか。でもトラップするのが難しそうだね」
「そこは選手同士の練習次第や。このパスが出せて受けられるようになったら、八千草のチームだけじゃなく代表選手達にとっても、世界との戦いで大きな武器になると思うんや」
「しかしそんなこと、よく考えたね」
「実は別の競技でも、こういう技があるんよ。ブラインドテニスっていうのがあって、ブラサカと同じでボールの音が鳴るんやけど、その種目でボールに回転をかけて音を出にくくする技があるんよ。そしたら相手選手は、ボールがどこへ飛んだか判らんようになるんやって。それを知って、私もやってみようと思ったんや。実はどうやって回転すれば音が出えへんか、マスコミの騒ぎがひど過ぎて外出できん時に、家の中でもずっと試しとったんや」
「へえ! ただ家の中に籠っていたわけじゃないんだな」
巧は初めて聞いた。バッシングがひどくなり、外出を控えていたのはほんの一カ月程度だ。それ以外はこっそり大阪に出かけて、別のチーム練習に参加していたらしい。
だからブラサカの練習はずっと続けていて、やっと騒ぎが落ち着いたことで遠征も堂々と行い、八千草でのブラサカ仲間とのチーム練習もできるようになったそうだ。
「当たり前やん。部屋におる間は、ずっとそんな研究をしとったの。何、巧はずっと私が落ち込んどるとでも思っとったの?」
「それはそうだよ。これでも心配していたんだぞ。電話では少し話せたから、連絡はしていただろ。声は元気そうだったけど、本音はどうだか判らないからね。千夏は強がりだから」
「それはどうも、ご心配をおかけしまして。でも大丈夫。あと別の技もあんの。今度は巧がゴールの逆側の方におって、そこから私に向かってボールを強く早く投げて欲しいんや。それをトラップして、振り向きざまに打つ練習がしたいから」
「やれと言われればするけど、そんな難しいことができるのかい?」
「難しいからやらんといかんのよ。ちょっとやってみて」
「判った」
巧は千夏に言われた通りゴールの線を引いた逆側に走り、声を出して低めの早いボールをスローイングした。千夏は何とか反応してトラップはできたものの、すぐにはシュート体勢に入れなかった。ファーストタッチが上手くいかなかったからだ。
「ごめん、もう一回やって」
そういってシュートせずにこちらへ蹴り返されたボールを巧は掴んだ。
「ボールの投げる速さは、さっきくらいでいい?」
「うん。まずはあの程度からでええ」
そう言うのでもう一度声をかけ、先ほどと同じ速さで投げた。実は最初に投げた時も少し手加減して投げたのだが、千夏にはそれが判っていたようだ。
しかし彼女の頭の中でイメージして実戦で使える技術は、もっと早いボールに反応できないといけないらしい。
今度は上手くトラップできた千夏は、ワンステップで振り向きながらゴールに向かってシュートした。ボールは誰もいないコーンの間を通り過ぎ、ゴールの枠を捉える。ただキーパーが守っていたら、抜けたかどうかは微妙なコースだ。
「ナイスシュート。枠はキッチリ捉えていたよ」
巧がそう教えると、千夏は全く納得していない表情をした。
「枠に入るだけやったらあかん。飛んだコースは? ゴール右隅を狙ったんやけど」
さすが元日本代表にまでなった選手だ。求めるレベルはやはり高い。
「確かに右の方には飛んだけど、あれだと多分キャッチされていると思う。意表を突いてタイミングがずれたとしても、なんとか反応されてはじき出すくらいはされているかな」
正直にそう答えた。キーパーが巧だったら、間違いなくキャッチしていただろう。
「そうか。やっぱりもうちょっと練習せんとあかんね。もう一回お願い」
今度はボールが反対側にまで飛んで行ったので、巧は走って取りに行く。公園の隅の柵で止まっているボールを拾い上げ、駆け足で先ほどいた位置に戻ろうとすると、
「じゃあこっちへ戻る前に、もう一回ゴールの所からボールを投げて。振り向きざまのシュートを打って見るから。もう一回投げてもらって音の出ないパス、次に私の後ろから投げてもらってシュート。この三つをワンセットにして、何回かやりたいんやけど」
「了解。じゃあ、投げるぞ」
巧がゴール位置について改めて両端のコーンを叩き、ゴールの幅を知らせてから千夏にボールを投げた。彼女は難なくトラップすると後ろ向きになり、少し左右にドリブルしてから振り向きざまにシュートを打つ。
今度は右側のキャッチができない厳しいコースに飛んできたので、なんとか手の平ではじいてセーブした。
「ナイスコース。今のシュートは厳しかったな」
転がっていくボールを追いかけながらそう言う巧に、千夏は
「決まらんと意味がないんよ」
と悔しがる。巧は苦笑いしてボールを投げ返す。彼女はきっちりトラップし、今度は静かな音のならないパスのようなシュートを打つ。それを難なくキャッチした。
「いいね。今のも音はほとんど聞こえなかったと思うけど」
「もう少し静かに蹴らんと、ブラサカの選手達はみんな耳がええから欺けんかな」
これまた自分で高く設定したハードルを越えていないらしく、千夏は反省を口にした。
「じゃあ、今度は後ろから投げるよ」
念の為もう一度ゴール端のコーンを叩いてから彼女の後方に回り込み、そこから声をかけて彼女に早いボールをスローする。すると見事なトラップをして、振り向きながらシュートを打った。今度はゴールの左隅に飛び、コーンを掠めるようにゴール枠を捉えた。
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