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巧の挑戦~③
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注目を浴び始めてからバッシングまで半年以上の年月が経ち、その間巧は千夏と公園で練習することもできなかった。その為会社で働きながら、六月から翌年の二月まで続くフットサルのリーグ戦を戦うための練習に打ち込む毎日を過ごしていた。
ようやく周囲が落ち着いて、肌寒くなり公園で遊ぶ子供達も少なくなり始めた頃、巧は千夏と二人で再び練習を始めるようになった。それからは以前にも増して彼女はブラサカの練習にのめり込んだ。
朝晩の気温が下がり始め、練習の合間の休憩で体を冷やさないようベンチに坐って厚手のコートを羽織っている時、巧は彼女といろんな話をした。
「しかし大変だったな。やっと騒ぎが収まって静かになったけど、もう大丈夫かい」
「確かに今回の件は応えたわ。でもこの経験はええ勉強になった。後から冷静になって取材を受けた自分の話を聞いたり、雑誌の記事を音声で読み取ったりしたけど、確かに私自身甘かった。調子に乗っとる部分もあるなって反省したんや。そうはいうても、あんだけ叩かれたのは納得してへんけど。でも次は大丈夫。これで耐性もできて対処法も学んだから」
「そんなこと言っても、また騒ぐ奴らはでてくるぞ」
「それは何をしても、表に出たら多少はあるわ。でもそれで自分が好きなことを辞めるなんて理由にはならへんし、それこそそんな奴らのせいで逃げなあかんのは癪やろ」
「それはそうだけど。本当に大丈夫か?」
「大丈夫。今度はうまくやる。でもそれより大事なのは、本当の実力をつけて日本代表に選ばれるような選手にならんと。確かに私は客寄せパンダみたいに、利用されとった部分もあると思う。だけどやっぱり間違いなく世界に通用すると思わせるだけの実力は、ブラサカ界自体にはまだあらへん。それに私自身も練習に参加して指導を受けとるけど、まだまだ実力不足なんやってことに気付かされたことが一番悔しいんや。まずはそこ。マスコミとか、ネットの中のバッシングなんて二の次、三の次。それに私の場合、見えへんからわざわざ音声ソフトを通さんと、何が書かれとるのか判らへんし、スルーすることは簡単やから」
「そうだ。あんな馬鹿な書きこみや中傷は、無視するのが一番だよ。まともな理屈が通らない輩が多いから、相手にしてもこっちが損をするだけだからね。でもさ。本当に女子だけで、日本代表チームなんて作られるのかな? 男子の日本代表でさえパラリンピックに出られていないんだし、まだまだ選手層が薄いよね」
巧は余計なこととは判りつつそんな心配をして口にしたが、千夏は首を横に振った。
「できるよ、絶対。それに男子は今度こそリオ大会に出場しようと頑張っとるんやから。男子だけやない。ブラサカ界自体がもっともっと底辺を広くして、全体のレベルアップが求められとる。私は少しでもそのお手伝いがしたいんや。その為には私自身がもっと上達して国内リーグで活躍するくらいにならんと、世界では通用せえへんからね」
「千夏は相変わらず強いな」
巧が感心していると、彼女はそんなことないと否定した。だがそれは巧から見れば謙遜だ。彼女の負けず嫌いは筋金入りだと改めて感心した。
「そうとなったら、練習あるのみ。やっぱりちょっとした得意技というか、私にしかできん必殺技を持ってないと通用せんのよ。色々考えたんやけど、手伝ってくれる?」
そう言ってベンチに座っていた彼女はコートを脱いで立ち上がり、ブラサカ用のボールを蹴り始めた。慌てて巧も後に続いて彼女の手を自分の右肘に誘導し、半歩前に立っていつもの練習している場所に移動した。
今日は正男さんがいない日なので二人きりだ。公園も寒くなったせいもあって、遊びに来ている子供や親達は誰も居なくて静かだった。
練習する環境に、静寂さはとても必要な要素だ。彼女のような視覚障害者にとって、音は様々なことを判断するためにとても重要で、周りでいろんな雑音が聞こえるとどうしても混乱してしまう。
実際のブラサカの試合でも、観客はゲーム中に声を出したり騒いだしりないよう注意している。そうでなければ指示する人達の声や、ボールの音が聞こえなくなるからだ。
ブラサカではボールの音や味方や相手選手と審判の声以外に、チームで三人の声が重要となる。まず攻撃している時は正男さんがやっていたように、相手ゴールの後ろにいるガイドの役割だ。
コーラーとも呼ばれる人がゴールポストを叩いたり声を出すことで、ゴールの位置や相手選手の動きなどを知らせたりする。このガイドが声を出せる範囲は縦十二mと限られていて、コート全体の約三分の一に当たる相手陣地内のみだ。ボールがある時以外に声を出せば、反則が取られてしまう。
コート中央部分の縦十六mのエリアでは、センターラインの延長線上にどんと構えた監督が声を出して指示を出す。残り十二mの味方陣地内での守備においては、味方キーパーが声を出して指示するのだ。それぞれが決められた位置以外で声を出すことは許されない。
声を出す三人の位置も大切だ。選手達は三人の声を聞き分け、さらに声の聞こえ方から今いる自分の位置を把握する。だから基本的に監督やガイド、キーパーは定位置から声を出す必要があった。
例えば監督があちこち動くと聞こえる距離が変わるために、自分のいる正確な位置が把握できなくなるからだ。
このことだけでもブラサカでは声、という音を大事にしていることが判る。一定の位置で限定された人のみが声を出すことにより、選手が今いる場所やその時のコート内の戦況を選手に知らせる。
不必要な声を排除することで混乱しないように考えられた、ブラサカ独自のルールと言っていい。だから選手は攻撃の際は味方のガイドと相手キーパーや選手同士の声、そしてボールの音に集中する。
中央にいる時は相手味方双方の監督の声と、互いの選手の声とボールの音に耳を傾ける。味方陣地では相手チームのガイドと味方のキーパー、周囲の選手の声とボールの音を頼りに動くのだ。
視覚障害者達にとって、その限られた音が試合を進めるために必要不可欠だった。それ以外の音は、プレーを妨害する邪魔ものでしかない。
ただ例外があるとすれば、ゴールを決めた瞬間に起こる観客の歓声と味方コーチ達が喜ぶ声だろう。なかなか点が入らないサッカーと同様に、一点決まった時の喜びはそれまで静寂していた反動から、一気に爆発する分半端なものでは無い。
時には健常者であるガイドや監督、スタッフがグランドに飛び込む。味方キーパーが前線まで走ってゴールを決めた選手に抱擁して喜びを表現している姿などは、健常者の観客としてとても感動的なものに映る。
といっても巧はまだ動画でしか実際の試合を観たことがなかったため、肌でその感覚を味わったことはなかった。
「さて、こういうのはどうかな」
正男さんがいないため、ゴール位置に着いた巧がゴールの両端に置いたコーンを叩く。すると千夏はゴールの数m先で背中を向けて後ろ向きにドリブルし、振り向き様にシュートを打ってきた。ボールはほぼ正面に飛んできたために、巧は軽くキャッチした。
ようやく周囲が落ち着いて、肌寒くなり公園で遊ぶ子供達も少なくなり始めた頃、巧は千夏と二人で再び練習を始めるようになった。それからは以前にも増して彼女はブラサカの練習にのめり込んだ。
朝晩の気温が下がり始め、練習の合間の休憩で体を冷やさないようベンチに坐って厚手のコートを羽織っている時、巧は彼女といろんな話をした。
「しかし大変だったな。やっと騒ぎが収まって静かになったけど、もう大丈夫かい」
「確かに今回の件は応えたわ。でもこの経験はええ勉強になった。後から冷静になって取材を受けた自分の話を聞いたり、雑誌の記事を音声で読み取ったりしたけど、確かに私自身甘かった。調子に乗っとる部分もあるなって反省したんや。そうはいうても、あんだけ叩かれたのは納得してへんけど。でも次は大丈夫。これで耐性もできて対処法も学んだから」
「そんなこと言っても、また騒ぐ奴らはでてくるぞ」
「それは何をしても、表に出たら多少はあるわ。でもそれで自分が好きなことを辞めるなんて理由にはならへんし、それこそそんな奴らのせいで逃げなあかんのは癪やろ」
「それはそうだけど。本当に大丈夫か?」
「大丈夫。今度はうまくやる。でもそれより大事なのは、本当の実力をつけて日本代表に選ばれるような選手にならんと。確かに私は客寄せパンダみたいに、利用されとった部分もあると思う。だけどやっぱり間違いなく世界に通用すると思わせるだけの実力は、ブラサカ界自体にはまだあらへん。それに私自身も練習に参加して指導を受けとるけど、まだまだ実力不足なんやってことに気付かされたことが一番悔しいんや。まずはそこ。マスコミとか、ネットの中のバッシングなんて二の次、三の次。それに私の場合、見えへんからわざわざ音声ソフトを通さんと、何が書かれとるのか判らへんし、スルーすることは簡単やから」
「そうだ。あんな馬鹿な書きこみや中傷は、無視するのが一番だよ。まともな理屈が通らない輩が多いから、相手にしてもこっちが損をするだけだからね。でもさ。本当に女子だけで、日本代表チームなんて作られるのかな? 男子の日本代表でさえパラリンピックに出られていないんだし、まだまだ選手層が薄いよね」
巧は余計なこととは判りつつそんな心配をして口にしたが、千夏は首を横に振った。
「できるよ、絶対。それに男子は今度こそリオ大会に出場しようと頑張っとるんやから。男子だけやない。ブラサカ界自体がもっともっと底辺を広くして、全体のレベルアップが求められとる。私は少しでもそのお手伝いがしたいんや。その為には私自身がもっと上達して国内リーグで活躍するくらいにならんと、世界では通用せえへんからね」
「千夏は相変わらず強いな」
巧が感心していると、彼女はそんなことないと否定した。だがそれは巧から見れば謙遜だ。彼女の負けず嫌いは筋金入りだと改めて感心した。
「そうとなったら、練習あるのみ。やっぱりちょっとした得意技というか、私にしかできん必殺技を持ってないと通用せんのよ。色々考えたんやけど、手伝ってくれる?」
そう言ってベンチに座っていた彼女はコートを脱いで立ち上がり、ブラサカ用のボールを蹴り始めた。慌てて巧も後に続いて彼女の手を自分の右肘に誘導し、半歩前に立っていつもの練習している場所に移動した。
今日は正男さんがいない日なので二人きりだ。公園も寒くなったせいもあって、遊びに来ている子供や親達は誰も居なくて静かだった。
練習する環境に、静寂さはとても必要な要素だ。彼女のような視覚障害者にとって、音は様々なことを判断するためにとても重要で、周りでいろんな雑音が聞こえるとどうしても混乱してしまう。
実際のブラサカの試合でも、観客はゲーム中に声を出したり騒いだしりないよう注意している。そうでなければ指示する人達の声や、ボールの音が聞こえなくなるからだ。
ブラサカではボールの音や味方や相手選手と審判の声以外に、チームで三人の声が重要となる。まず攻撃している時は正男さんがやっていたように、相手ゴールの後ろにいるガイドの役割だ。
コーラーとも呼ばれる人がゴールポストを叩いたり声を出すことで、ゴールの位置や相手選手の動きなどを知らせたりする。このガイドが声を出せる範囲は縦十二mと限られていて、コート全体の約三分の一に当たる相手陣地内のみだ。ボールがある時以外に声を出せば、反則が取られてしまう。
コート中央部分の縦十六mのエリアでは、センターラインの延長線上にどんと構えた監督が声を出して指示を出す。残り十二mの味方陣地内での守備においては、味方キーパーが声を出して指示するのだ。それぞれが決められた位置以外で声を出すことは許されない。
声を出す三人の位置も大切だ。選手達は三人の声を聞き分け、さらに声の聞こえ方から今いる自分の位置を把握する。だから基本的に監督やガイド、キーパーは定位置から声を出す必要があった。
例えば監督があちこち動くと聞こえる距離が変わるために、自分のいる正確な位置が把握できなくなるからだ。
このことだけでもブラサカでは声、という音を大事にしていることが判る。一定の位置で限定された人のみが声を出すことにより、選手が今いる場所やその時のコート内の戦況を選手に知らせる。
不必要な声を排除することで混乱しないように考えられた、ブラサカ独自のルールと言っていい。だから選手は攻撃の際は味方のガイドと相手キーパーや選手同士の声、そしてボールの音に集中する。
中央にいる時は相手味方双方の監督の声と、互いの選手の声とボールの音に耳を傾ける。味方陣地では相手チームのガイドと味方のキーパー、周囲の選手の声とボールの音を頼りに動くのだ。
視覚障害者達にとって、その限られた音が試合を進めるために必要不可欠だった。それ以外の音は、プレーを妨害する邪魔ものでしかない。
ただ例外があるとすれば、ゴールを決めた瞬間に起こる観客の歓声と味方コーチ達が喜ぶ声だろう。なかなか点が入らないサッカーと同様に、一点決まった時の喜びはそれまで静寂していた反動から、一気に爆発する分半端なものでは無い。
時には健常者であるガイドや監督、スタッフがグランドに飛び込む。味方キーパーが前線まで走ってゴールを決めた選手に抱擁して喜びを表現している姿などは、健常者の観客としてとても感動的なものに映る。
といっても巧はまだ動画でしか実際の試合を観たことがなかったため、肌でその感覚を味わったことはなかった。
「さて、こういうのはどうかな」
正男さんがいないため、ゴール位置に着いた巧がゴールの両端に置いたコーンを叩く。すると千夏はゴールの数m先で背中を向けて後ろ向きにドリブルし、振り向き様にシュートを打ってきた。ボールはほぼ正面に飛んできたために、巧は軽くキャッチした。
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