音が光に変わるとき

しまおか

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巧の挑戦~②

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 二〇一四年一月に開かれた、二回目の女子ブラサカ練習会に参加した彼女の元へ大勢のマスコミが集まり、一気に日本全国からの注目を浴びるほどまでの騒ぎとなった。
 U-二十一時代から、千夏はビジュアルの良さからマスコミ受けしていた。だがそれに加えて実父が事故で死亡。母親が再婚した義父の暴力を受け、視覚障害者となった彼女がそこから立ち直り、ブラサカ界でまだ確立されていない女子の日本代表を目指す。
 そんな大衆受けするストーリーが付加したとなれば、マスコミのネタにならない訳が無い。
 さらに当時のブラサカ界では、男子日本代表が前回のロンドンパランピックへの切符を逃したことでマスコミや大衆の関心を失いかけていた。東京パラリンピック前に開催される次のリオ大会で出場権を得られないと、東京大会は開催国枠で初出場することになる。 
 そうした厳しい状況も手伝って、協会にも焦りがあったのだろう。それに拍車をかけたのが、リオへの切符を手に入れるためのブラサカアジア選手権最終予選が日本で開催されることが決定したことだ。
 かつて男子サッカー日本代表も、二〇〇二年日韓W杯の開催前は同様の立場にあった。一九九八年フランスW杯に自力出場できなければ、出場経験無しで自国開催枠に入る。その為何としても、フランスW杯のアジア最終予選は突破しなければならないという圧力の中、マスコミから注目を浴びていた。
 その時と同じ状況にブラサカ日本代表は置かれていて、注目度も高まりやすいという条件が揃っていたのだ。
 そこでなんとしても次回のリオ大会への切符を手に入れるために、多くの企業から協力を得て資金を集めなければならない。また大衆の関心を高め、選手層を厚くして選手のモチベーションアップを図ろうと画策していた協会側として、千夏の登場は絶好の機会だったと言える。
 おかげでまだ日本代表でもない彼女の所には、連日のようにテレビや雑誌の取材が押しかけ大忙しになってしまった。女子ブラサカ練習会に参加するため、一緒に会場へアテンドしていた正男さんや朝子さんまでもがインタビューを受け、何度もテレビに映しだされる羽目になったのだ。
 そうなるとテレビや雑誌では、どうしても千夏の過去に起こった悲劇に触れないわけにはいかない。そのため観ている側の巧としては、注目を浴びて羨ましいなどとは全く思わなかった。
 彼女のことが取り上げられる度に痛々しくハラハラしたり、時にはマスコミの心無い質問や偏った編集に腹を立てたりすることの方が多かった。
 しかしそんな心配をよそに、彼女はずっとこの機会を狙っていたのだと後に聞かされた。将来このような脚光を浴びることでスポンサーを見つけ、あわよくばプロを目指し自分の生活の糧にしようと考えていたというのだから、逞しいとしか言いようがない。
 だがこの時点で彼女はあくまで日本代表でも無い、ただの女子ブラサカ選手だ。所属している八千草チームも、立ち上がったばかりの強いチームではなかった。現実は厳しく、彼女や協会の考えは甘かったようだ。
 一通り騒いだ後には何も残らず、あれほど群がっていたマスコミの数が減ったかと思うとまさしく潮が引くように、あっという間に人々の関心は去ったのである。
 それだけではない。本来一時的にでも注目を集めたことで、少しでも応援する人々が増えたのなら良かった。
 だが当初は千夏を応援していた人々の中から、ブラサカ協会は障害者である彼女を、広告として利用しただけじゃないかという協会批判をする意見が出始めたのである。さらに障害者を弄び、同情を引こうとするマスコミの姿勢への批判も激しくなった。
 そこまでなら巧にも理解できたが、当時はネット社会が拡大していく過程だったことが不運となった。匿名という名の隠れ蓑を使い、誹謗中傷したがる連中がはびこり出した社会環境が災いした。
 障害者であり犯罪被害者であることを利用してマスコミに顔を売り、同情して頂戴とばかりにでしゃばる女、などと千夏を個人攻撃する人達まで現れたのだ。
 それほど可愛くもないくせに、美人すぎる○○と呼ばれ調子に乗る女。死んだ親の残した財産や加害者から多額の賠償金を貰っている上に、さらに障害者として国から援助を受けながら働きもせずボールを蹴るしか能の無い女。障害者であることを利用して金儲けする女、と千夏に対する容赦ない誹謗中傷する意見まで出始めた。
 中には「義父からの暴行(性的な行為も?)によって光を失った、みじめに枯れたなでしこ」とまで書きこむ輩までいたのである。これには正男さん達が激怒し、警察に被害書を提出して、弁護士に依頼し書きこんだ相手を訴えるという法的手段が取られるほどの騒ぎまで発展した。
 だが結局書きこんだ相手を特定する所までは警察も本腰を入れてくれず、泣き寝入りするしかなかったらしい。それでも誹謗中傷する書き込みはその後減少し、削除され始めた。
 千夏が視力を失った事件は、裁判も行われていた。実際は義父からの暴行は殴る蹴る、暴言を吐くということはあったものの、性的な暴行はなかったと双方が主張している。
 巧は千夏本人からも、そのような行為が無かったことが不幸中の幸いだったと直接聞いていた。好き勝手言う奴らはどこの世界にもいるが、ちやほやされていた時期があった分、その嫉妬が後で数倍になって返ってくるという大衆の恐ろしさを間近で知った。
 人の悪意というものに底がないと感じる恐怖は、言いようのないほどの絶望感、虚脱感を伴わせる。現に千夏はしばらくの間、再び家の中から出られなくなった。
 七月に開かれた三回目の女子ブラサカ練習会への参加も取りやめ、家に引き籠る生活が続いたのである。
 ただ以前の暴力事件の時と同様、世の中は様々な事件が日々起こり、時が経てば人の関心もまた次から次へと移って行く。そうして誹謗中傷を書き込む輩の攻撃対象も、また別の人間へと向かったのだろう。
 完全に無くなりはしなかったが、書き込みの量は格段に減っていった。騒ぎが少し収まり、通常の生活に戻ることができた頃には季節は秋に変わっていた。
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