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再会(正男の視点)~④
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彼は最初何を言っているのか判らなかったようだ。彼女はブラインドサッカーをやり始めたとは言ったが、目が見えないのだからここにあるフットサルのボールを蹴ることはできない。でもその答えは彼女の次の言葉で理解できたようだ。
「お爺ちゃん、車の中からブラサカ用のボール、持ってきてくれない? それと公園に線を引いて、キーパーしてくれる彼の後ろでガイド役をやってくれると助かるんだけど」
正男は頷いて答えた。
「ああ、ボールを持ってくるのはいいけど、ガイドか。あのゴールの後ろでこっちだ、あっちだって、指示する人のことだろ。上手くできるかな」
「だいたいでいいから。ちょっとした遊びなんだし。いいでしょ?」
「判った。巧君、ちょっと千夏の相手をしてやってくれないかな」
正男がこの流れでそう頼めば、彼も断れるはずもなく当然のように頷いた。彼の了解を確認した正男は、小走りで公園の脇に停めた車まで戻り、中からボールを取り出してまた戻った。実物を初めて見るのだろう彼は、興味深げにじっと見て言った。
「ちょっと触らしてもらってもいいですか?」
正男は頷き渡した。彼はボールを受取り軽く振った。するとシャカシャカという、鈴とは違う、いくつかの金属の塊がぶつかって転がる音がした。
「中には銅の球がいくつか入っとって、それが転がったりするとぶつかって音が鳴るようになっとるんよ」
千夏がそう説明していた。少し触り心地とボールの固さを確かめてから、じゃあといって彼が千夏の肩を軽く叩いてから手渡す。そこで彼女は一旦ボールを受け取った後、自分の足元に落して右足のインサイドで軽く蹴った。次に左足のインサイドで蹴るといった繰り返しをしながら、少しずつ前に進む。
その後を慌てて正男が追いかけ、周りの遊んでいる子達とぶつからないよう彼女のすぐ近くに立ち警戒態勢に入った。しばらくそんなドリブルを続けてボールの感触を掴んだ千夏は、顔はあさっての方向を向きながら彼に声をかけた。
「じゃあ、巧、やろう。昔より短めに線を引いてそこを守って頂戴。私がドリブルしてシュートするから」
「ああ、判った」
彼は千夏の側に近寄ってそこから少し離れ、周りの子達が寄ってこない場所を選んで横に三mほどの線を引いた。その幅さはフットサルやブラサカのゴールの横幅と同じだという。
実際のゴールは高さが二mほど加わるのだが、千夏達が子供の頃にやっていたルールでは、せいぜい胸の高さ位までをゴールとみなしていたようで、今回もそうしようと彼らは話していた。
彼が引いた線の後ろに正男が立ち、隅から隅に移動しながら
「ここがゴールの右端、そしてここがゴールの左端。判ったか。もう一度言うぞ。ここが左端。で、ここが右端」
正男の呼びかけにおおよその距離感を把握したのか、千夏は頷いて指示を出した。
「判った。じゃあお爺ちゃんは巧の後ろから見て、ゴールからだいたいどのくらい離れているか、どの方向にいるか声を出して教えてね」
「ああ、難しそうだけど何とかやってみるよ。その辺りだと六mいや五mか、やや右か。」
と声を出して線の後ろに立ち構える。が、ルールをまだ完全に掴めてない様子である彼が疑問を持ったようで、千夏に尋ねた。
「僕は声を出さなくていいのかい?」
「今は出さなくてええよ。代わりに後ろのガイド役のお爺ちゃんが教えてくれるから」
そう聞いて頷いた彼は再度構えて、よし、こいと千夏に声をかけた。そこで背後から見ていて気付いたが、彼の手にはキーパー用のグローブは無く素手のままだ。しかも靴は運動靴でサッカー用のスパイクではない。
ただ素人ではないし、遊び程度で無理しなければ彼も怪我はしないだろうと正男は思い、何も言わないでおいた。
しばらくすると少し離れた距離にいた千夏がゆっくりとボールを足の間で細かく動かし、ドリブルしだした。そこでまた背後から
「四m、右、そう、そこから真っすぐ、」
と正男が声を出す。その光景を不思議に思ったのか、公園にいた何人かの親子がこちらに注目しているのが判った。
ギャラリーがいることで彼も少し真剣になったのか、それとも後ろから聞こえる正男の声が耳触りに感じて集中力が定まらないのか、顔を軽く叩いて構え直している。
そこで正男はゆったりと細かく右へ左へと移動する彼女の動きを見ながら、昔のような素早いドリブルをしていた彼女とは違う今の姿は見て、彼はどう思っているのだろうと考えた。
そう思った瞬間、千夏が素早く右足を振りぬいてボールを蹴った。ボールは巧の右の足元近くを通り過ぎようとしている。左足で地面を蹴って右に横飛びした彼は右手を伸ばし、なんとかボールを手の平で押し出すように弾いた。
ボールはゴールラインを割ることなく、転がっていく。見ていた子供や大人達から、軽くわっと騒ぐ声が聞こえた。
素手だったためか衝撃が走ったのだろう。彼は軽く手を振っていたが見た様子では痛めるほどの強さでは無かったようだ。それでも飛んできたボールの早さと、彼女の蹴る瞬間まで察知させない動きには舌を巻いたらしく驚いた顔をしていた。
「ああ、惜しい。止められたか」
正男が思わず声を出した。シュートした千夏も、悔しそうな顔をして言った。
「もう一回!」
彼は転がったボールを拾い彼女のいる場所まで渡しに行こうとすると、察知したのか
「こっちへそこから軽く投げてくれてええよ」
と指示されたため、彼はゆっくりと下手投げで山なりにボールを投げた。ちょうどボールは彼女の足元辺りにバウンドし、それを難なくトラップして再びボールの感触を確かめるように左右の足の間でボールを蹴り、千夏はドリブルをしだした。
あまりにも自然な動きに戸惑った様子を見せた彼は、元のゴール位置に戻り構える。再び後ろから正男が声を響かせた。
「五m、右、そう、四m、巧君はここ、ここ。やや左」
絶えず彼の背後から出される正男の声に惑いながらも、彼は彼女の動きを観察しながらボールに集中しているようだ。先ほどは止められたけれど、決して余裕があった訳ではない。もう少し彼の反応が遅れていたら入っていただろう。
彼自身もそのことを理解しているようで、集中、集中と小さく呟きながら、ゆっくりと左右にドリブルする千夏の動きを目で追っていた。すると先ほどよりも少し前に近づいてきたかと思うと、今度は逆の左足で彼女は打った。コースも逆で彼の左の足元に向かっている。
「お爺ちゃん、車の中からブラサカ用のボール、持ってきてくれない? それと公園に線を引いて、キーパーしてくれる彼の後ろでガイド役をやってくれると助かるんだけど」
正男は頷いて答えた。
「ああ、ボールを持ってくるのはいいけど、ガイドか。あのゴールの後ろでこっちだ、あっちだって、指示する人のことだろ。上手くできるかな」
「だいたいでいいから。ちょっとした遊びなんだし。いいでしょ?」
「判った。巧君、ちょっと千夏の相手をしてやってくれないかな」
正男がこの流れでそう頼めば、彼も断れるはずもなく当然のように頷いた。彼の了解を確認した正男は、小走りで公園の脇に停めた車まで戻り、中からボールを取り出してまた戻った。実物を初めて見るのだろう彼は、興味深げにじっと見て言った。
「ちょっと触らしてもらってもいいですか?」
正男は頷き渡した。彼はボールを受取り軽く振った。するとシャカシャカという、鈴とは違う、いくつかの金属の塊がぶつかって転がる音がした。
「中には銅の球がいくつか入っとって、それが転がったりするとぶつかって音が鳴るようになっとるんよ」
千夏がそう説明していた。少し触り心地とボールの固さを確かめてから、じゃあといって彼が千夏の肩を軽く叩いてから手渡す。そこで彼女は一旦ボールを受け取った後、自分の足元に落して右足のインサイドで軽く蹴った。次に左足のインサイドで蹴るといった繰り返しをしながら、少しずつ前に進む。
その後を慌てて正男が追いかけ、周りの遊んでいる子達とぶつからないよう彼女のすぐ近くに立ち警戒態勢に入った。しばらくそんなドリブルを続けてボールの感触を掴んだ千夏は、顔はあさっての方向を向きながら彼に声をかけた。
「じゃあ、巧、やろう。昔より短めに線を引いてそこを守って頂戴。私がドリブルしてシュートするから」
「ああ、判った」
彼は千夏の側に近寄ってそこから少し離れ、周りの子達が寄ってこない場所を選んで横に三mほどの線を引いた。その幅さはフットサルやブラサカのゴールの横幅と同じだという。
実際のゴールは高さが二mほど加わるのだが、千夏達が子供の頃にやっていたルールでは、せいぜい胸の高さ位までをゴールとみなしていたようで、今回もそうしようと彼らは話していた。
彼が引いた線の後ろに正男が立ち、隅から隅に移動しながら
「ここがゴールの右端、そしてここがゴールの左端。判ったか。もう一度言うぞ。ここが左端。で、ここが右端」
正男の呼びかけにおおよその距離感を把握したのか、千夏は頷いて指示を出した。
「判った。じゃあお爺ちゃんは巧の後ろから見て、ゴールからだいたいどのくらい離れているか、どの方向にいるか声を出して教えてね」
「ああ、難しそうだけど何とかやってみるよ。その辺りだと六mいや五mか、やや右か。」
と声を出して線の後ろに立ち構える。が、ルールをまだ完全に掴めてない様子である彼が疑問を持ったようで、千夏に尋ねた。
「僕は声を出さなくていいのかい?」
「今は出さなくてええよ。代わりに後ろのガイド役のお爺ちゃんが教えてくれるから」
そう聞いて頷いた彼は再度構えて、よし、こいと千夏に声をかけた。そこで背後から見ていて気付いたが、彼の手にはキーパー用のグローブは無く素手のままだ。しかも靴は運動靴でサッカー用のスパイクではない。
ただ素人ではないし、遊び程度で無理しなければ彼も怪我はしないだろうと正男は思い、何も言わないでおいた。
しばらくすると少し離れた距離にいた千夏がゆっくりとボールを足の間で細かく動かし、ドリブルしだした。そこでまた背後から
「四m、右、そう、そこから真っすぐ、」
と正男が声を出す。その光景を不思議に思ったのか、公園にいた何人かの親子がこちらに注目しているのが判った。
ギャラリーがいることで彼も少し真剣になったのか、それとも後ろから聞こえる正男の声が耳触りに感じて集中力が定まらないのか、顔を軽く叩いて構え直している。
そこで正男はゆったりと細かく右へ左へと移動する彼女の動きを見ながら、昔のような素早いドリブルをしていた彼女とは違う今の姿は見て、彼はどう思っているのだろうと考えた。
そう思った瞬間、千夏が素早く右足を振りぬいてボールを蹴った。ボールは巧の右の足元近くを通り過ぎようとしている。左足で地面を蹴って右に横飛びした彼は右手を伸ばし、なんとかボールを手の平で押し出すように弾いた。
ボールはゴールラインを割ることなく、転がっていく。見ていた子供や大人達から、軽くわっと騒ぐ声が聞こえた。
素手だったためか衝撃が走ったのだろう。彼は軽く手を振っていたが見た様子では痛めるほどの強さでは無かったようだ。それでも飛んできたボールの早さと、彼女の蹴る瞬間まで察知させない動きには舌を巻いたらしく驚いた顔をしていた。
「ああ、惜しい。止められたか」
正男が思わず声を出した。シュートした千夏も、悔しそうな顔をして言った。
「もう一回!」
彼は転がったボールを拾い彼女のいる場所まで渡しに行こうとすると、察知したのか
「こっちへそこから軽く投げてくれてええよ」
と指示されたため、彼はゆっくりと下手投げで山なりにボールを投げた。ちょうどボールは彼女の足元辺りにバウンドし、それを難なくトラップして再びボールの感触を確かめるように左右の足の間でボールを蹴り、千夏はドリブルをしだした。
あまりにも自然な動きに戸惑った様子を見せた彼は、元のゴール位置に戻り構える。再び後ろから正男が声を響かせた。
「五m、右、そう、四m、巧君はここ、ここ。やや左」
絶えず彼の背後から出される正男の声に惑いながらも、彼は彼女の動きを観察しながらボールに集中しているようだ。先ほどは止められたけれど、決して余裕があった訳ではない。もう少し彼の反応が遅れていたら入っていただろう。
彼自身もそのことを理解しているようで、集中、集中と小さく呟きながら、ゆっくりと左右にドリブルする千夏の動きを目で追っていた。すると先ほどよりも少し前に近づいてきたかと思うと、今度は逆の左足で彼女は打った。コースも逆で彼の左の足元に向かっている。
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