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再会(正男の視点)~③
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話す口調を丁寧な標準語に戻した千夏は、彼の方を向いて笑いながら教えていた。その顔にまた照れたのか、赤くなった顔を見られないように伏せ、そうなんだと小さく呟いていた。
正男はそれに気づかない振りをする。そこで彼が昔は千夏と、名前を呼び捨てにしていた懐かしい思い出が蘇った。二人でこの公園で練習していた時、千夏は彼より一つ上の先輩だったが呼び捨てで良いと本人が言ったらしい。
彼は周りに他の子がいる時は気を使って先輩とつけていたが、それ以外は“ちか”と呼んでいたことを思い出しながら、彼に尋ねてみた。
「巧君はブラインドサッカーって知っているかい? 私は最近まで全く知らなかったんだけどね」
「なんとなく。ルールとかはよく知らないですけど、以前夜のニュースで特集していたのを見たことがあります」
昨年開かれたロンドンオリンピックの一年前に、パラリンピックのことも特集していたらしい。日本代表チームが初めての出場切符を手に入れるための挑戦と題して、男性アイドルがキャスターをしている番組で見た、と彼は説明してくれた。
特集の内容を何となく覚えていたらしく、言った。
「目の見えない人がアイマスクをして、フットサルと同じような広さのグラウンドでボールを蹴るんですよね。その時の解説では目が見えない選手の為にボールの中に、シャカシャカと音が鳴るものが入っていると言っていました。その音を頼りに、選手達はドリブルしたりシュートしたりすると聞きました。または相手からボールを奪ったりするとも説明していたはずです」
すると今度は千夏が、それこそ目を輝かせてブラインドサッカーについて語り出した。正式な名称はフィールドプレイヤー、通称FPが四人、そしてキーパー一人の計五人で行われる視覚障害者五人制サッカーと呼ぶんだ、と彼に教えていた。
「そう、そうなのよ。目が見えなくたって音が聞こえれば、ドリブルだってシュートだってできるの。最初はすごく難しかったし、相手とぶつかることもあったりして怖いとも思っていたけど、慣れてくるとそれも楽しいのよ。それにキーパーは弱視の人もいるけど、基本的に目の見える人がやっているケースが多くて、晴眼者の人からゴールを奪えたりしたらすごく気持ちいいの」
それから千夏は、コートの広さやゴールの大きさ、ボールのサイズもほぼフットサルと同じで、違うのはボールの音が鳴ることと、コートの周りには高さ一mくらいのサイドフェンスと呼ばれる壁で囲われていること等を説明した。
さらに守備の選手はボールを持っている選手に近づく時、衝突の危険性もあるから“ボイ”と言いながら近づかなければならないこと、“ボイ”とはスペイン語で「行くぞ!」という意味で、それを言わないとノースピーキングという反則を取られてしまうことなどを彼に教えていた。
ちなみにブラインドサッカー、略してブラサカとも言うが、これはNPO法人日本ブラインドサッカー協会において商標登録されている言葉だ。
巧には初めて聞くこともあったようで、へぇと何度も言いながらも一生懸命話す千夏の熱に圧倒されていた。
正男は目が見えなくなってから家に引き籠りがちだった彼女が、最近やっと元気になってきたことが嬉しかった。それこそサッカーが大好きで毎日そのことしか考えていない、かつてのサッカー少女に戻ったかのような錯覚に陥る。
うんうん、と千夏の話に相槌を打ちながら聞いていたが、気付くと目に涙が一杯溜っていて今にもこぼれ落ちそうになっていた。
「どうしたんですか?」
驚いたのだろう。巧が思わず小声でそう尋ねてきたが、正男は静かに首を横に振って、大丈夫と小声で答え、まだ嬉しそうに話し続ける千夏の話に耳を傾けた。
ブラインドサッカーの説明を一通り終えた千夏は、自分ばかりが喋り過ぎたと気づいたらしい。取ってつけたような横柄な態度の関西弁に切り替え、彼に質問した。
「巧の方はどうなん。フットサルのチームでは上手くやれてんの?」
先ほど正男が口にしたことから、千夏も一時期彼が荒れていたことを耳にしていたと気づいたのだろう。しばらく会っていない間、彼女なりに彼のことを心配しているようだと感じたのか、彼は千夏がここから離れていった後のことを順序立てて話してくれた。
クラブチームでサッカーを続けることが嫌になったこと。高校入学を機にクラブを辞めてから、不良仲間と付き合って荒れていた時期もあったこと。
だけど結局サッカーのことは大好きだった為真壁コーチに相談して、フットサルの方が向いているだろうと今のチームを紹介して貰ったこと。今はクラブのU-十九では正GKとしてチームにはそれなりに貢献していること。Aチームでも第二、第三GKの位置でやっていけるようになったおかげで、春から就職できた経緯も教えてくれた。
さらにフットサルのキーパーとして、今自分がそれなりの活躍ができているのは、千夏が昔この公園で鍛えてくれたおかげだということを、彼はふざけた口調にならないよう気をつけて照れず正直に話してくれた。
その誠実な態度に正男はとても好感が持てた。今日ここで彼に話しかけたことは、やはり間違っていなかったと心の中で喜んだ。
「何言うてんの。巧の身長と手足が伸びたのは、私に関係ないやん。そういう身体的な特徴もそうやけど、元々巧は動体視力と反射神経が良かったんよ。その能力を活かしてこれまで真面目に練習してきたから、今の活躍があるんとちゃうの。もっと自分に自信を持ちいや。なんたってあんたはブラジル人の血が流れている、やればできる子なんやから。なんてね」
そう茶化して照れ隠しをしていが、千夏はそのついでにと思わぬことを言い出した。
「久しぶりに私と一対一の勝負をしてみいへん?」
正男はそれに気づかない振りをする。そこで彼が昔は千夏と、名前を呼び捨てにしていた懐かしい思い出が蘇った。二人でこの公園で練習していた時、千夏は彼より一つ上の先輩だったが呼び捨てで良いと本人が言ったらしい。
彼は周りに他の子がいる時は気を使って先輩とつけていたが、それ以外は“ちか”と呼んでいたことを思い出しながら、彼に尋ねてみた。
「巧君はブラインドサッカーって知っているかい? 私は最近まで全く知らなかったんだけどね」
「なんとなく。ルールとかはよく知らないですけど、以前夜のニュースで特集していたのを見たことがあります」
昨年開かれたロンドンオリンピックの一年前に、パラリンピックのことも特集していたらしい。日本代表チームが初めての出場切符を手に入れるための挑戦と題して、男性アイドルがキャスターをしている番組で見た、と彼は説明してくれた。
特集の内容を何となく覚えていたらしく、言った。
「目の見えない人がアイマスクをして、フットサルと同じような広さのグラウンドでボールを蹴るんですよね。その時の解説では目が見えない選手の為にボールの中に、シャカシャカと音が鳴るものが入っていると言っていました。その音を頼りに、選手達はドリブルしたりシュートしたりすると聞きました。または相手からボールを奪ったりするとも説明していたはずです」
すると今度は千夏が、それこそ目を輝かせてブラインドサッカーについて語り出した。正式な名称はフィールドプレイヤー、通称FPが四人、そしてキーパー一人の計五人で行われる視覚障害者五人制サッカーと呼ぶんだ、と彼に教えていた。
「そう、そうなのよ。目が見えなくたって音が聞こえれば、ドリブルだってシュートだってできるの。最初はすごく難しかったし、相手とぶつかることもあったりして怖いとも思っていたけど、慣れてくるとそれも楽しいのよ。それにキーパーは弱視の人もいるけど、基本的に目の見える人がやっているケースが多くて、晴眼者の人からゴールを奪えたりしたらすごく気持ちいいの」
それから千夏は、コートの広さやゴールの大きさ、ボールのサイズもほぼフットサルと同じで、違うのはボールの音が鳴ることと、コートの周りには高さ一mくらいのサイドフェンスと呼ばれる壁で囲われていること等を説明した。
さらに守備の選手はボールを持っている選手に近づく時、衝突の危険性もあるから“ボイ”と言いながら近づかなければならないこと、“ボイ”とはスペイン語で「行くぞ!」という意味で、それを言わないとノースピーキングという反則を取られてしまうことなどを彼に教えていた。
ちなみにブラインドサッカー、略してブラサカとも言うが、これはNPO法人日本ブラインドサッカー協会において商標登録されている言葉だ。
巧には初めて聞くこともあったようで、へぇと何度も言いながらも一生懸命話す千夏の熱に圧倒されていた。
正男は目が見えなくなってから家に引き籠りがちだった彼女が、最近やっと元気になってきたことが嬉しかった。それこそサッカーが大好きで毎日そのことしか考えていない、かつてのサッカー少女に戻ったかのような錯覚に陥る。
うんうん、と千夏の話に相槌を打ちながら聞いていたが、気付くと目に涙が一杯溜っていて今にもこぼれ落ちそうになっていた。
「どうしたんですか?」
驚いたのだろう。巧が思わず小声でそう尋ねてきたが、正男は静かに首を横に振って、大丈夫と小声で答え、まだ嬉しそうに話し続ける千夏の話に耳を傾けた。
ブラインドサッカーの説明を一通り終えた千夏は、自分ばかりが喋り過ぎたと気づいたらしい。取ってつけたような横柄な態度の関西弁に切り替え、彼に質問した。
「巧の方はどうなん。フットサルのチームでは上手くやれてんの?」
先ほど正男が口にしたことから、千夏も一時期彼が荒れていたことを耳にしていたと気づいたのだろう。しばらく会っていない間、彼女なりに彼のことを心配しているようだと感じたのか、彼は千夏がここから離れていった後のことを順序立てて話してくれた。
クラブチームでサッカーを続けることが嫌になったこと。高校入学を機にクラブを辞めてから、不良仲間と付き合って荒れていた時期もあったこと。
だけど結局サッカーのことは大好きだった為真壁コーチに相談して、フットサルの方が向いているだろうと今のチームを紹介して貰ったこと。今はクラブのU-十九では正GKとしてチームにはそれなりに貢献していること。Aチームでも第二、第三GKの位置でやっていけるようになったおかげで、春から就職できた経緯も教えてくれた。
さらにフットサルのキーパーとして、今自分がそれなりの活躍ができているのは、千夏が昔この公園で鍛えてくれたおかげだということを、彼はふざけた口調にならないよう気をつけて照れず正直に話してくれた。
その誠実な態度に正男はとても好感が持てた。今日ここで彼に話しかけたことは、やはり間違っていなかったと心の中で喜んだ。
「何言うてんの。巧の身長と手足が伸びたのは、私に関係ないやん。そういう身体的な特徴もそうやけど、元々巧は動体視力と反射神経が良かったんよ。その能力を活かしてこれまで真面目に練習してきたから、今の活躍があるんとちゃうの。もっと自分に自信を持ちいや。なんたってあんたはブラジル人の血が流れている、やればできる子なんやから。なんてね」
そう茶化して照れ隠しをしていが、千夏はそのついでにと思わぬことを言い出した。
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