音が光に変わるとき

しまおか

文字の大きさ
上 下
11 / 62

再会(正男の視点)~②

しおりを挟む
「そんなこともあったわね。でもあれは最初、軽く蹴っても簡単にゴールできていたのが段々巧の反応が良くなってきて、なかなか入らなくなったからだよ。思いっきり蹴るようになったのは巧の実力が上がったからだし、顔面に飛んだのは狙ったんじゃなく、たまたまそこに飛んだだけ。人聞きの悪いこと言わないでよ」
「そうだよね。僕が苛められているのを、千夏先輩には何度も助けてもらったし。でもそのおかげで苛め以上に厳しい地獄の特訓を、この公園で毎日のように受けることにはなったんだけどね」
「何よ、巧は嫌々やってたわけ?」
 ふくれ面をした千夏に向かって、彼はおどけて言い返した。話しているうちに二人はだんだん昔の調子に戻ってきたようだ。
「とんでもございません。天才少女と呼ばれていた千夏先輩から、直接有難いご指導を受けられて、大変光栄でございました」
「全然、光栄だったって聞こえてこないんだけど」
「そんなこと、ございません」
「何その言い方。巧ってそんな口調で喋る子だったっけ」
「いえいえ、久しぶりにお話しさせていただくので、わたくし、少し緊張しているだけでございますことよ」
「何でおかま口調になんのよ。もしかして本当にそっちの道に目覚めたんとちゃう?」
 今度は千夏が昔のような、関西弁の口調で反撃しだした。
「目覚めてないよ。こんな浅黒い、外人顔したでっかい奴のおかまって怖すぎるだろ」
 それまで高い声を出してからかう様に喋っていた口調が、急に低い声でツッコミ返していた。千夏は余りの変わりようにきょとんとしていたが、二人の間で聞いていた正男は思わず吹き出してしまった。
「巧君はなかなか面白いことを言う子になったね。昔は大人しい、静かな子だったイメージが強かったから驚いたよ。一時期は少し荒れていた時があったと聞いたけど、今はすっかりいい青年になった感じだね」
 恥ずかしく思っている過去のことを触れたためか、彼は黙って頭を掻いていた。悪い事を言ったと後悔したが時すでに遅く、少しの間沈黙があり彼は足元にあったボールを所在なさげに足と足との間で蹴っていた。そこで話題を変えようと正男が質問した。
「ああ、このボールは君のやっているフットなんとかというサッカーボールなのかい?」
「そうです。フットサル用のボールです。今日はクラブの練習も休みで休息日にするつもりだったんですが、つい持ってきちゃいました。いつもはこことか別のグランドで自主連をしたりはしているんですけどね」
 この公園は有難いことに千夏達が幼い頃遊んでいた時と変わらず、制限付きだがボール遊び自体は禁止されていない。最近はいたるところでボールを使って遊ぶこと自体が出来なくなっている。
 とても窮屈で寂しい思いもするが、遊んでいる他の子達にボールが当たって怪我をさせてしまうリスクもあるため、しょうがないことだと諦めるしかない。
 弘美さんによれば、彼はこの公園で良く自主連をしていて、そうした危険性を考えてボールを蹴らずにいるという。公園の隅でもっぱらボールを使ったストレッチや、自分で投げてキャッチングするなど、子供達に危険が及ばない練習しかしていないらしい。
 だが正男の関心は別の所にあった。
「ちょっと、そのボールを貸してもらってもいいかな」
 彼は足元から拾い上げて、ついた土を軽く払ってから渡してくれた。正男はボールを軽く振ったり、大きさや柔らかさを確かめたりした後に感想を言った。
「これって、やはり音はならないんだね。でもブラインドサッカーのボールと大きさや触り心地は似ているね。触ってみるかい」
 横にいる千夏に声をかけ、彼女の手元にボールを運んだ。すると彼女は頷き、座っていたベンチに右手で握っていた白杖を慎重な手つきで斜めに立て掛け、両方の手のひらを上にしてボールを受け取る仕草をした。
 正男が彼女の動きを確認してから、ボールをそっと優しく手の上に置く。ボールを受け取り、撫でるような仕草で丁寧にその形を確かめている。彼女もやはり正男と同じように耳を傾け、ボールを軽く振って音がしないこと確認していた。巧はその行動を奇妙な顔をして見ていた。
「やっぱり大きさはほぼ一緒だ。高校でサッカーをやっていた時も、フットサルのボールを使う練習があったから蹴ったことはあるんだけどね。こうやって改めて触ってみると、微妙な違いが判る。もちろんこっちは音が出ないし」
 千夏が正男に向かって喋っていたが、今度は巧が質問してきた。
「ブラインドサッカーのボールを触ったことがあるの? ち、千夏先輩は」
「昔みたいに千夏でいいよ。うん、実はちょっと前から福祉センターの人から教わってブラインドサッカーをやり始めたの。まだ八千草にはブラインドサッカーのチームはないんだけど、関東とか関西にはいくつか協会が認めたクラブがあるんだって。そう言う人達が今、全国をまわってブラインドサッカーという競技を広めているの。わたしもその講習に参加したんだけど、そしたら面白くなっちゃって」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

荷車尼僧の回顧録

石田空
大衆娯楽
戦国時代。 密偵と疑われて牢屋に閉じ込められた尼僧を気の毒に思った百合姫。 座敷牢に食事を持っていったら、尼僧に体を入れ替えられた挙句、尼僧になってしまった百合姫は処刑されてしまう。 しかし。 尼僧になった百合姫は何故か生きていた。 生きていることがばれたらまた処刑されてしまうかもしれないと逃げるしかなかった百合姫は、尼寺に辿り着き、僧に泣きつく。 「あなたはおそらく、八百比丘尼に体を奪われてしまったのでしょう。不死の体を持っていては、いずれ心も人からかけ離れていきます。人に戻るには人魚を探しなさい」 僧の連れてきてくれた人形職人に義体をつくってもらい、日頃は人形の姿で人らしく生き、有事の際には八百比丘尼の体で人助けをする。 旅の道連れを伴い、彼女は戦国時代を生きていく。 和風ファンタジー。 カクヨム、エブリスタにて先行掲載中です。

ヤマネ姫の幸福論

ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。 一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。 彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。 しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。 主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます! どうぞ、よろしくお願いいたします!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

フットモンキー ~FooT MoNKeY~

崗本 健太郎
現代文学
フットサルのアマチュア選手である室井昴が、 一度は諦めてしまったプロの選手になる夢を叶えるために奮闘する物語。 彼女である瑞希との恋や、チームメイトたちとの友情、 強敵たちとの激戦など、熱い青春を感じさせるストーリーは必見だ。 展開が速くいろいろな要素が盛り込まれており、 特にサッカーと恋愛が好きな人にはオススメの作品である。 笑いと感動を手にしたい人は乞うご期待!! ※毎日19時公開 全46話 下記サイトにて電子書籍で好評販売中!! Amazon-Kindle:www.amazon.co.jp/kindle BOOK WALKER:www.bookwalker.jp

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...