音が光に変わるとき

しまおか

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再会(正男の視点)~①

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 結局巧は母、弘美の反対を押し切り、無事高校を卒業して声をかけてくれた企業への就職を決めたと、棚田正男は聞いた。
 その時正直良かったのではないかと、弘美に声をかけた。彼女もまた、そうですよね、と笑って頷いていたから間違いでは無かったと思う。
 いよいよ春から社会人として働きだそうとしていた時期に、彼は卒業旅行に行く同級生達とは距離を置き、日々フットサルの練習に時間を割いていたという。
 家の前の公園で体力作りや反復横飛びを繰り返し、倒れるように横へ何度も飛び、少しでもボールへの反応を早くする練習に取り組むなど、クラブ練習がない時も自主練に精を出していると弘美は苦笑していた。
 だが時には体を休めることも、アスリートにとっては重要な仕事らしい。そこで彼は自らの判断で休養日と決めたある日、午前中は部屋でゴロゴロと過ごして母親に作ってもらった昼食を食べ終わると、暇を持て余しフットサル用のボールを持っていつもの公園へと足を伸ばしていたようだ。
 平日の午後、その日はよく晴れた日で日差しが暖かかったためか、小さな子供連れの親子が数組いて、ブランコや滑り台、砂場などでそれぞれ遊んでいた。公園の周りにある数本の桜の木の枝にはいくつかつぼみが膨らみかけている。
 テレビの天気予報で言っていた通り、あと数日もすればこの地域にも開花宣言が出るだろう。そんな時、正男は隅にあるベンチの一つに腰かけ、足元に置いたボールを足裏で転がしながらぼんやりとしていた彼を見つけたのだ。
 そこで家の前で自動車を停め、ドアが開けて彼に手を振った。彼もまた、こちらを何気なく見ていたために気づいたようだ。表情からすると正男のことを誰だか判っていない様子だったが、構わず何度も手を振った。
 正男が車を下りたために後部座席のドアが開き、後ろに乗っていた千夏が白杖を持ってゆっくりと降りてきた。そこで声を出して呼びかけた。
「お~い、巧君じゃないか? 久しぶりだね。そこで何しているんだい?」
 突然のことで心の準備ができていなかった様子の彼は、千夏の姿を見て軽いパニックに陥っているようだった。
 だがこれはいい機会だと思った正男は、自分の右腕の肘に左腕を廻した千夏を連れてゆっくりと彼に向って歩いた。彼女は右手に杖を持って黙って横を一緒に付いてきた。だが視線の先は巧のいる前方を見ているようだが目線は合っていない。
 途中で正男達が誰なのか理解したらしい彼は、近くまで辿り着くとベンチから立ち上がり、
「ご無沙汰しています」
と動揺を隠しながら頭を下げて挨拶してくれた。
 彼と面と向かって話をしたのは、千夏が東京へ引っ越す前以来である。彼も少し緊張していたのかわずかに声が震えていた。それまではお互い近所で何度か姿を見かけたことはあったが、こんな近距離で言葉を交わしたのは四年ぶりのことだ。
 ただそれ以上に彼は千夏とも同じ位会っていなかっただろうし、喋ったこともなかったはずだ。視力を失ってからの彼女と、これだけ近づいたのも今回が初めてだったと思う。 
 滑稽なくらい体が硬くなっていて、態度もぎこちなくなっているのが可笑しい位判った。視線が合わない彼女の顔をまともに見ることもできず、彼の目は泳いでいた。それでも正男は何気ない素振りで声をかけた。
「ちょっと、ここ、一緒に坐らしてもらっていいかい?」
 彼がどうぞと席を開けてくれたので、大人がちょうど三人腰掛けられるベンチの真ん中に正男が坐り、その右横に千夏が座った。彼は空いている正男の左隣りに坐った。
「しかし大きくなったね。巧君のことはちょこちょこ見かけてはいたんだが、いま身長はどれくらいあるんだい?」
 正男が彼の方を向いて尋ねた。右横に座っている千夏はまっすぐ前を向いていたが、耳だけは二人の話を聞いているようだ。やはり彼女も興味があるのだろう。
「百七十八㎝あります」
 そう答えたので正直本当に驚き、おおと声を出していた。横で千夏も軽く頭を後ろに反らし、吃驚びっくりした反応を見せていた。
 それもそのはず、彼女と彼がこの公園で一緒にサッカーをやり始めていた頃は、二人とも背は同じ位低かった。今も彼女の身長はそれほど高くなく百五十㎝ない程で昔と変わらず小柄なままだ。
 一方彼の身長は弘美さんから聞いた話によれば、千夏と疎遠になり始めた中学の頃から伸び始めたらしい。ここまで大きくなった姿を彼女はおそらく見たことが無く、会話も交わしていないはずだ。
 おそらく目が見えない千夏の頭の中には、同じチビだった頃の印象の方が強く残っているだろう。そんな彼女に今は自分の身長より三十㎝近く高い、と聞いた彼の姿を想像するのは難しいのかもしれない。
 しかも近くで良く見れば顔立ちも精悍になり、以前の気弱な彼とは思えない風貌をしていた。ただ目だけは昔と変わらず純粋に輝き、愛嬌のある眼差しをしている。
「おお、大きいね。確か巧君はまだサッカーは続けているらしいね。君のお母さんから話は聞いたよ。この四月から社会人として働きながらサッカーをするって」
「はい、そうです。ただ正確にいえば、サッカーでは無く、フットサルなんですけどね。あんまり勉強は得意じゃなかったものですから、働きながらそこの会社がスポンサーになっているフットサルチームの練習に参加する予定です。そのチームには、高二の頃からお世話になっているので」
 彼がそう説明しだすと、突然横にいた千夏が口を開いた。言葉使いは丁寧な標準語だ。
「フットサルではやっぱりキーパーなの?」
 彼女の顔は巧の方を向いていた。正男を挟んではいるが、久しぶりに間近で見る彼女の顔を見ていた彼は少し照れているようだ。
 当然だろう。以前の男勝りだった少女の頃とは違い、我が孫ながら今の千夏はとても愛嬌があり可愛らしい。テレビや雑誌などでも期待の美人アスリートとして何度か紹介される姿を見て誇らしく思っていた自慢の孫だ。彼が見惚みほれたとしてもしょうがない。
「うん。ずっとキーパー。僕はそこしかできないからね」 
 彼はぎくしゃくとした様子で答えると、千夏は首を強く横に振った。
「巧はキーパーしかできないんじゃない。キーパーのポジションが、一番巧に合っているんだよ。反射神経の良さは、私もよく知っているから。」
 彼はそう言われて嬉しかったのだろう。顔を赤くし、目に涙が少し滲ませていた。だが彼は思わず照れ隠しだろうか、昔のような口調を使って憎まれ口を叩いた。
「小学生の頃からこの公園で、誰かさんに散々鍛えられたからね。おかげさまで近距離から顔面めがけて、思いっきりボールを蹴られるのも怖くなくなったよ」
 おもわず正男は驚いたが、千夏は声を上げて笑った。
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