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運命のいたずら~③
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巧が高二になった夏頃だ。その時千夏は高三の十八歳で、日本代表Uー二十一の選抜メンバーに入り、次は日本A代表メンバー入り確実とまで噂されていた。
そこで代表合宿へ入る前に、東北の寮から東京の家に一時帰宅した千夏は、真希子に対して暴力を振るい続けていた西村と争いになったらしい。カッとなった彼の怒りが頂点に達したのか、母子共々ボコボコになるまで殴る蹴るの暴行を受けたようだ。
その異常な悲鳴と怒声が入り混じる声を聞いた近所の人が警察に通報し、西村はその場で逮捕されたという。
この事件は、衝撃的なニュースとして全国に流れた。それは母親が全治二ケ月の怪我で済んだのとは対照的に、止めに入った千夏の頭に西村の拳が何度も命中したらしく、当たり所が悪かったのか目の神経が損傷し、彼女は失明に至る重傷を負ったからだ。
皮肉なことに巧と母は、テレビで千夏の姿を久しぶりに見た。被害者として何度も映し出された為である。彼女の顔写真や、事件前の元気な姿という名目で流された映像でサッカーをしている姿を見た限り、高校生になってから大人びていた。
以前の男勝りのボーイッシュな顔立ちから成長し、女性らしく柔らかな愛嬌のある可愛い女性へと変化していたことに驚いたほどだ。
その年の七月にW杯で女子サッカー日本代表が優勝したため、なでしこ人気が急激に高まった影響もあったのだろう。彼女のビジュアルも手伝い、次世代の期待の選手として以前からマスコミの注目を浴びていた。
その為名門女子サッカー部で活躍する彼女の姿や、映像がテレビ局などには多く残っていたらしい。そんな女性アスリートが、義父の暴力によりその後のサッカー人生を絶たれたというニュースは、マスコミや世間にとって多くの関心を呼び込む格好の材料として扱われたのだ。
事件発生後から連日のように流されるニュースを見て、母は悔しく幾度も涙を流した。
「あの時に私が勇気を振り絞って、警察や役所に連絡をしていれば良かった。どんな手を使ってでもあの暴力を表沙汰にしておけば、こんなことにはならなかったのに」
巧は別の意味でこの事件を聞いた時、衝撃を受けていた。あれだけ才能に恵まれ、なにより大好きなサッカーができなくなった彼女のことを思うと、自分は一体何をしているんだ、という思いが沸き起こった。
彼女ほどの能力は無かったが、巧もサッカーは好きだった。それなのに今の自分はいつでもボールが蹴られる環境にありながらも、それをやらずに漫然と虚しい日々を送っている。
だが彼女は、今後どれだけサッカーをやりたいと思ってもできないのだ。当たり前のようにいつでもできる、できていたことが突然できなくなる恐怖を想像した。そこでまさしく彼女が陥った立場で想像してみると、居てもたってもいられなくなったのだ。
今できることをやらなければ、必ず後悔するだろう。そう思った巧はすぐに付き合っていた不良仲間との関係を絶ち、真壁のいるスポーツ店へと足を運んで頭を下げた。
「今まで済みませんでした。フットサルチームへの紹介の件、よろしくお願いします」
丸刈りにした巧の頭を見た真壁は、それこそ目を丸くして驚いていた。しかし意思が固いことを理解して、すぐに了承してくれたのである。
仲間と遊んでいた時は黒人顔の強面を強調するため、短いドレッドにして気取っていた巧が、小学生時代も含め初めて坊主頭になった。そこまでしないと強い決意を持った行動だと周囲の人達にも判ってもらえないと思ったからだ。そうやって今までの愚かな自分と決別するために、必要と考えての行動だった。
高校に入学してから、クラブチームを辞めたまま生活が荒れ始めたことを母や周りの同級生達から聞き知った真壁は、巧の姿を見かける度に何度もフットサルチームへの入部を進めてくれていた。そのことは母も知らなかったらしい。
「今のお前は、どこのサッカーチームに所属してもつまらないだろう。だからサッカーを続けろとはいわない。でも本当のお前は、サッカーが好きだということを知っている。だからどうだ。フットサルをやってみないか。フットサルのキーパーなら、巧に向いていると俺は思う。反射神経の良さが存分に発揮できると思うんだ。一度考えてみないか」
八千草ではサッカーも盛んだったが、フットサル人気もあった。全国的に有名なフットサルチームがあり、そこから日本代表の選手も多く排出されていたからだろう。それにフットサルのゴールは、普通のサッカーゴールよりも小さいハンドボールゴールほどの大きさだ。それが巧に合っていると真壁は何度も力説していた。
身長があり手足も長い巧は、近距離からのシュートや手足の届く狭い範囲に飛んでくるボール処理には長けていた。その能力がフットサルのキーパーには必要なのだ、と。
最初の頃は聞く耳を持たなかった。けれども徐々に真壁の言う通りかもしれないと、頭の片隅では納得していた自分が常にいた。やはりサッカーが、放たれたシュートからゴールを守ることが好きだったキーパー魂が、心のどこかに残っていたのだろう。
千夏の事件をきっかけにして目を覚ました巧は、真壁に紹介されたフットサルチームに顔を出し、入部テストを兼ねた練習に参加することとなった。そこで高い評価を受け合格し、U-十九のクラスではいきなり正GKとまでいかなかったものの、入部して間もなく第二キーパーに選ばれたのだ。
全く皮肉なものだと思う。巧が真壁達に評価された至近距離で飛んでくる強烈なボールをはじく動体視力や、手が届く狭い範囲に蹴り込まれるボールへの反射神経は、小学生の頃から一日中ボールを蹴り続けていたくてたまらないサッカー大好き少女、千夏の練習に付き合わされて培った能力だ。
そんな巧が一度サッカーを捨てたにもかかわらず、サッカーを続けられなくなってしまった彼女の事件を機に、再びフットサルという新たな場所でボールを蹴り続けることができるようになったのだから。
テレビでは、日々次々と起こる様々な凶悪事件やワイドショーを騒がすゴシップが流れ、またその年の春には東日本大震災が起こったからだろう。大津波や原発問題等から日本全体が騒然となっていたこともあり、事件から半年も経たない年明けには、千夏に対する世間の興味も失われていった。
彼女と真希子が共に巧達の住む街のあの家に帰ってきたのはそのしばらく後であり、巧が高二の終わりの春休みが始まってすぐの頃だった。
そこで代表合宿へ入る前に、東北の寮から東京の家に一時帰宅した千夏は、真希子に対して暴力を振るい続けていた西村と争いになったらしい。カッとなった彼の怒りが頂点に達したのか、母子共々ボコボコになるまで殴る蹴るの暴行を受けたようだ。
その異常な悲鳴と怒声が入り混じる声を聞いた近所の人が警察に通報し、西村はその場で逮捕されたという。
この事件は、衝撃的なニュースとして全国に流れた。それは母親が全治二ケ月の怪我で済んだのとは対照的に、止めに入った千夏の頭に西村の拳が何度も命中したらしく、当たり所が悪かったのか目の神経が損傷し、彼女は失明に至る重傷を負ったからだ。
皮肉なことに巧と母は、テレビで千夏の姿を久しぶりに見た。被害者として何度も映し出された為である。彼女の顔写真や、事件前の元気な姿という名目で流された映像でサッカーをしている姿を見た限り、高校生になってから大人びていた。
以前の男勝りのボーイッシュな顔立ちから成長し、女性らしく柔らかな愛嬌のある可愛い女性へと変化していたことに驚いたほどだ。
その年の七月にW杯で女子サッカー日本代表が優勝したため、なでしこ人気が急激に高まった影響もあったのだろう。彼女のビジュアルも手伝い、次世代の期待の選手として以前からマスコミの注目を浴びていた。
その為名門女子サッカー部で活躍する彼女の姿や、映像がテレビ局などには多く残っていたらしい。そんな女性アスリートが、義父の暴力によりその後のサッカー人生を絶たれたというニュースは、マスコミや世間にとって多くの関心を呼び込む格好の材料として扱われたのだ。
事件発生後から連日のように流されるニュースを見て、母は悔しく幾度も涙を流した。
「あの時に私が勇気を振り絞って、警察や役所に連絡をしていれば良かった。どんな手を使ってでもあの暴力を表沙汰にしておけば、こんなことにはならなかったのに」
巧は別の意味でこの事件を聞いた時、衝撃を受けていた。あれだけ才能に恵まれ、なにより大好きなサッカーができなくなった彼女のことを思うと、自分は一体何をしているんだ、という思いが沸き起こった。
彼女ほどの能力は無かったが、巧もサッカーは好きだった。それなのに今の自分はいつでもボールが蹴られる環境にありながらも、それをやらずに漫然と虚しい日々を送っている。
だが彼女は、今後どれだけサッカーをやりたいと思ってもできないのだ。当たり前のようにいつでもできる、できていたことが突然できなくなる恐怖を想像した。そこでまさしく彼女が陥った立場で想像してみると、居てもたってもいられなくなったのだ。
今できることをやらなければ、必ず後悔するだろう。そう思った巧はすぐに付き合っていた不良仲間との関係を絶ち、真壁のいるスポーツ店へと足を運んで頭を下げた。
「今まで済みませんでした。フットサルチームへの紹介の件、よろしくお願いします」
丸刈りにした巧の頭を見た真壁は、それこそ目を丸くして驚いていた。しかし意思が固いことを理解して、すぐに了承してくれたのである。
仲間と遊んでいた時は黒人顔の強面を強調するため、短いドレッドにして気取っていた巧が、小学生時代も含め初めて坊主頭になった。そこまでしないと強い決意を持った行動だと周囲の人達にも判ってもらえないと思ったからだ。そうやって今までの愚かな自分と決別するために、必要と考えての行動だった。
高校に入学してから、クラブチームを辞めたまま生活が荒れ始めたことを母や周りの同級生達から聞き知った真壁は、巧の姿を見かける度に何度もフットサルチームへの入部を進めてくれていた。そのことは母も知らなかったらしい。
「今のお前は、どこのサッカーチームに所属してもつまらないだろう。だからサッカーを続けろとはいわない。でも本当のお前は、サッカーが好きだということを知っている。だからどうだ。フットサルをやってみないか。フットサルのキーパーなら、巧に向いていると俺は思う。反射神経の良さが存分に発揮できると思うんだ。一度考えてみないか」
八千草ではサッカーも盛んだったが、フットサル人気もあった。全国的に有名なフットサルチームがあり、そこから日本代表の選手も多く排出されていたからだろう。それにフットサルのゴールは、普通のサッカーゴールよりも小さいハンドボールゴールほどの大きさだ。それが巧に合っていると真壁は何度も力説していた。
身長があり手足も長い巧は、近距離からのシュートや手足の届く狭い範囲に飛んでくるボール処理には長けていた。その能力がフットサルのキーパーには必要なのだ、と。
最初の頃は聞く耳を持たなかった。けれども徐々に真壁の言う通りかもしれないと、頭の片隅では納得していた自分が常にいた。やはりサッカーが、放たれたシュートからゴールを守ることが好きだったキーパー魂が、心のどこかに残っていたのだろう。
千夏の事件をきっかけにして目を覚ました巧は、真壁に紹介されたフットサルチームに顔を出し、入部テストを兼ねた練習に参加することとなった。そこで高い評価を受け合格し、U-十九のクラスではいきなり正GKとまでいかなかったものの、入部して間もなく第二キーパーに選ばれたのだ。
全く皮肉なものだと思う。巧が真壁達に評価された至近距離で飛んでくる強烈なボールをはじく動体視力や、手が届く狭い範囲に蹴り込まれるボールへの反射神経は、小学生の頃から一日中ボールを蹴り続けていたくてたまらないサッカー大好き少女、千夏の練習に付き合わされて培った能力だ。
そんな巧が一度サッカーを捨てたにもかかわらず、サッカーを続けられなくなってしまった彼女の事件を機に、再びフットサルという新たな場所でボールを蹴り続けることができるようになったのだから。
テレビでは、日々次々と起こる様々な凶悪事件やワイドショーを騒がすゴシップが流れ、またその年の春には東日本大震災が起こったからだろう。大津波や原発問題等から日本全体が騒然となっていたこともあり、事件から半年も経たない年明けには、千夏に対する世間の興味も失われていった。
彼女と真希子が共に巧達の住む街のあの家に帰ってきたのはそのしばらく後であり、巧が高二の終わりの春休みが始まってすぐの頃だった。
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