偽りの街

しまおか

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プロローグ

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 正直者は馬鹿を見る。俺達は幼い頃から、そう教わって生きて来た。
 真面目に働いても、学歴の低い者が得られる給料は少ない。だからこそ、金を持っている奴らから盗む。その方が手っ取り早く稼げるからだ。また俺達を見下みくだしてきた奴らの鼻を、明かすこともできた。
 水は上から下にしか流れない。だが金は下から上へと、流れる場合があった。それなら最下層にいる俺達が、上級国民と呼ばれるやからから少々の金を奪ったっていいはずだ。
 裏では犯罪者だが、表では真っ当な仕事をしている。それなりに大きな事業も営んできた。その為税金だって、決して少なくない額をしっかり支払ってきた。
 しかし上にいる奴らはどんな貧困にあえいでいる者達からでも、なけなしの金を奪っていく。そうして流れた金の一部を取り返して、一体何が悪い。
 もちろんそうした税金が国の為に有効利用されているのなら、言うまでもなく道理に反するだろう。だが実態はどうだ。湯水の如く無駄に消費し、挙句の果てには特権階級のお仲間達同士で集まり、私腹を肥やしているではないか。
 それなのに、彼らは何の罪にも問われない。例え表沙汰になっても逃げ回り、マスコミから厳しく追及されようが、のうのうと嘘を付き通す。それだけでは飽き足らず、証拠となる書類を破棄、または改ざん、隠蔽する。それでも彼らは逮捕されず、通常と変わらない日常を過ごすのだ。
 その上その日一日を生きるだけで必死な状況へと、国民を追いつめる。そうして思考停止に陥らせ、元々忘れやすい国民性を利用し時間を稼ぐのだ。やがて何事もなかったかのように、彼らはのさばり続ける。その繰り返しではないか。
 そんな信じられない社会だからこそ、俺達は自らの信念に基づく街を作り上げてきた。それが絶対に正しいとは、決して言わない。しかし不平等な中でも、何かを選ばなければならないのがこの世界だ。その結果誕生したのが、山塚やまづかという特殊な集団である。

 証言台に立った樋口ひぐちとおるの後ろにはマスコミを含め、高い倍率を潜り抜けた大勢の傍聴人ぼうちょうにんが座っていた。有罪となれば、間違いなく死刑判決が出る裁判員裁判だからだろう。
 ただ関心が高い理由は、それだけでなかった。犯行に至った特殊な背景や、被害者を含む事件関係者達の裏の顔がどのようなものか。その点に多くの注目が集まったと思われる。
 徹は自分が呼ばれるまでの間、苦々にがにがしい思いで彼らを見つめていた。俺達はただの加害者ではない。不公平な社会のゆがみが産んだ、被害者でもある。騙されたと言っても過言では無かった。第一俺は、人を殺していない。
 それに今回のような事態に陥った責任は、少なからずここに集まった奴らを含む社会全体にもあるのだ。そうした感情が、どうしてもぬぐい切れなかった。
弁護人による質問が始まった。
「これまで検察や証人の主張する、被告によって四人も殺害された根拠またはその背景に、特殊な環境が影響していた。そう考えてよろしいでしょうか」
「はい。全く関係が無かったとは言えません」
「あなた達が形成する集団が住んでいた街は、山塚と呼ばれているようですね。そこがどれほど世間の常識とかけ離れたものであったか、改めて」
 ここで検察官の鋭い声が法廷に響いた。
「意義があります! 被告や被害者が形成していたコミュニティーについては、これまでも十分に述べられてきました。今の質問は当該裁判の審議時間を不当に伸ばすものです」
 これに弁護人が反論した。
「いいえ。検察側が被告の犯行と断言する殺人事件は通常と違い、異常とも呼べる状況下で発生したものです。当該案件の全容を解明する上で、その背景をより明らかにすることは、避けて通れない必須の確認事項です」
 裁判長は首を振り、左右に座る陪席ばいせき裁判官と裁判員達の表情を確認してから告げた。
「意義を却下します。質問を続けてください」
「それでは改めて、山塚と呼ばれる街の特殊性をご説明下さい」
 事前に打ち合わせしていた内容だったが、徹は言葉を詰まらせた。
街の歴史は七十年以上と長い。しかも既に裁判で明らかにされている部分を除き、簡潔に答えなければならなかった。今回の事件が起こった背景を強調するには、余りにも難解な問いだ。
 それでも徹は、自分が幼かった頃の事を思い出しながら、なんとか口を開いた。
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