あなたに伝えたいこと

しまおか

文字の大きさ
上 下
10 / 14
第四章

三日目~②

しおりを挟む
 清達は電車で池袋まで移動してファーストフード店で朝食をとり、水族館の開く十時まで時間を潰すことにした。水族館など恵子が幼い時に連れて来て以来だった。確かここの水族館は恵子が生まれてしばらく経った年にできたはずだ。
 当時は都会の真ん中の高層ビルの中にできた水族館として有名であった。恵子が小学生になってから連れてきたことがある。もう五十年近くも前だ。池袋もそのビルもまたその当時とは雰囲気などは全く変わってしまっている。
 十時になると、待ってましたとばかりに一番で入場した清達は、水族館をぐるりとまわり、午前中タップリと楽しんだ。当然のことだが中身や展示されている規模など昔見たものとは全く異なる様子に清達は目を見張った。
 大きな水槽で泳ぐマイワシの群れからはじまり、美しいサンゴ礁とそこに泳ぐ色とりどりの小魚、アザラシにラッコ、熱帯雨林のフロアを通り、水族館だと言うのに動物園の様な広場で思った以上に可愛い顔をしているカワウソや毛並みのいいアリクイ、ペリカンがいるは、ペンギンは散歩しているは、アシカショーまで見ることができた。
 また大きなマンボウがゆったりと泳ぐ姿に癒され、まさしくゆっくりと流れる時間に、違った世界に迷い込んだかのような錯覚に陥る。まあ七十年もさかのぼった姿になっていること自体が異世界にきたようなものなのではあるが。
 その後清達は、色んな餃子などが集まったフードテーマパークの入ったキャラクターやゲームなどがある場所をぶらぶらと歩き、食事もしながら楽しんでいた。もちろん四十年前にはこんなものはなかった。まさしく十代の若い恋人同士に戻った清と和子は、存分に楽しむことができた。
「こんな食事もできて楽しめるところができていたんですね。子供が遊ぶところかと思ったら十分大人でも楽しめますね」
 オープンテラスの席に座って、餃子などを食べながら和子は興奮が収まらない様子で清に話しかける。
「ああ、そうだな」
 和子のテンションもすごかったが、清もまた一緒になって楽しんでいる自分に驚いていた。頭の中はそのままかと思ったが、体と一緒に考え方や感情までもが若返ったようで、心地よい高揚感があったが、清はなるだけそれを外に出さないように抑えている。
 そんな清に和子は
「何カッコつけてるのよ。さっき散々はしゃいでたくせに」
 と一言でばっさり斬られた。和子には何もかもお見通しだ。それでもやはり和子に対して落ち着いている振りを見せる癖は直らない。今更見栄を張ってもしょうがないのに、と清は思わず苦笑していた。
「あれ、ちょっと、ちょっと」
 向かい合ってテーブルを挟んで座っていた和子が、清の背後に何やら見つけたらしく、視線を遠くに見据えながら、手だけで清を呼んだ。
 清はゆっくりと和子が見ているらしき方向に首を向けると、そこには孫の翔太が女の子と歩いている姿を発見した。偶然にも十代の格好になった清達はまたしても翔太と会ってしまったのだ。
 清は考えた。何か理由があるのだろうか。このツアーは何か目的を持ってこういう運命を演出しているように感じられる。昨日は誠の服を着ていたら誠を偶然見かけ、恵子とも話をする機会ができた。今日は一日目と同様、翔太と出会う。今日は一日目には起こらなかった、翔太と語らう機会というものがあるとでもいうのだろうか。
 そんなことなど一切考えていない呑気な口ぶりで、目の前の和子は翔太を見ながら茶化していた。
「デートかしら。あの子、楽しそうに笑っているわ。あら相手の子、結構かわいらしい子じゃない。翔太もなかなか女の子を見る目があるわね。あの子もなかなかハンサムだから」
 確かに和子の言う通りで、最近は街中で思わず目をそむけたくなるような若い恋人同士を見かけることがあるが、翔太達には今どきらしくないといっていいのか、高校生らしい、健全なデートでもしているような初々しさが感じられた。女の子は清楚な感じで真面目そうに見える。一件、ちゃらちゃらとした翔太には似合わない気もした。
「そういえば、今翔太達の学校は、中間テスト時期で午後から授業が休みらしいから遊んでいるんだろ。いいじゃないか。今日はそっとしておいてやれよ」
 清は内心、孫の恋愛に無関心であったわけではない。ただ自分が心配しても始まらない。翔太や美咲のことは恵子や誠にまかせればいい、と言い聞かせてきた。それに贔屓目かもしれないが我が孫達は素直に育ってくれていると思う。
 服装や髪形や言葉遣いなどには思わず顔をしかめてしまう事があるが、自分達が若かった頃も、やはり多かれ少なかれ今の若い子は、と大人達からそうやって言われていたはずだ。
 人間として大事なところさえ守ってくれていれば、いずれそんな見た目などは落ち着くものだ、と清は考えている。ただ、親のことでいじめに遭っていることには心配だと思ったが、あの様子なら気にすることもないとも思っていた。
 清は前を向いて、もういいだろ、という顔を和子に向けると
「ねえねえ、今度は美咲がいるわ。こっちも男の子と一緒よ」
 その言葉に清も思わず振り向いてしまった。そこにいるのはたしかに美咲だった。翔太より間を置いて男の子と歩いている。翔太との距離からすると、一緒にデートしているようにも見えない。どちらかというと翔太達の後をこっそりつけているようにも見える。翔太だけでなく今度は美咲もか。やはりここであの二人にあったのは何か意味があるのかもしれない。
 一緒に歩いている男の子は、美咲とは少し不釣り合いの真面目そうな子だった。しかもその二人の視線は真っ直ぐ翔太達に向けられ、デートしているようには見えない。
「あの二人は翔太達と違ってデートの様には見えないわね。何しているのかしら、あの子は」
 和子もまた同じように感じたようだ。清は確信した。この十代の姿になって、一日目は翔太と美咲に出会い、二日目は三十代になって恵子と誠に出会った。そして三日目の今日は十代になってまた誠と美咲に偶然にも出くわしている。このおかしなツアーに参加して若返っているのは、自分の青春をもう一度、という他にも大きな意味があるようだ。
 特に二日目の誠と恵子の胸の内を聞くことができた意味合いは、清にとっては大きなものだった。余命があと半年程度の清がこの世を去る為に、何か心残りになるものを一つ一つ、神様が消してくれようとしているのかもしれない。ならば今日のこの出会いも何か意味があるものなのだろう。そう思うといてもたってもいられなくなった清は
「いくぞ」
 和子に声をかけ、美咲達の後を追った。慌てて清についてきた和子に、歩きながら清の考えを告げると、和子も頷いた。
「確かに気になるわね。何かあるのかもしれない」
 二人は翔太や美咲達に気づかれないようにこっそりと後をついていった。
「何かわくわくするわね。探偵みたい」
 はしゃぐ和子を黙らせて、清は前にいる二組の様子を探りながらゆっくりと歩いた。すると翔太達は水族館の中に入っていった。美咲達もその後に続く。
「あら、また水族館? 楽しかったけど一日に二回はちょっと」
 和子は愚痴りながらも二人分の入場券を買い、やむなく清達はもう一度水族館の中に入ることにした。
 水族館へは水槽などがあるフロアに入るまで長い通路がある。その通路の入り口で美咲達の様子を見ていた清は、前ばかり見ている美咲の様子からおそらく大丈夫だろうと通路に入り、五メートルほど間隔をとって歩き出した途端、美咲がふっと後ろを向いた。
 予想外の動きに、清と和子は不自然な形で立ち止まってしまった。
「あれ?」
 美咲が清と和子の顔を交互に見ている。完全に見つかってしまった。固まっている清達を見ている美咲に、一緒にいた男の子は不思議そうに眺め、美咲に声をかけた。
「誰? 知り合い?」
 美咲はその子の言葉を無視するかのように、清達に走り寄って来た。
「あ~! やっぱり! 一昨日の! え~と、マナブくんとケイちゃんだっけ? あれから大丈夫だった? 圭太達は逃げられた、とか言ってたけど」
 マナブとケイ? そういえば一昨日和子が咄嗟にそんな偽名を美咲達に名乗っていたっけ、と清は思い出す。圭太とは追いかけてきていた、清が投げ飛ばした男の子だ。
「あら、偶然ね。美咲ちゃんだったっけ。私達は大丈夫よ。あれから二人でホテルに隠れて泊まってたの」
「え~! 何それ! やっぱりホテルの中に逃げ込んだんだ! 圭太達もそうじゃないかっていってたけど、やだ~!」
 美咲は和子とじゃれ合いながらチラチラと清を見ている。は、恥ずかしい。孫娘からあんな意味ありげな目で見られるとは。何もやましいことはしていないのに、清は思わず赤面してしまった。
「田辺さん、この人達は? あんまりここでゆっくりしていると美紀たちを見失っちゃうよ」
 完全にほったらかしにされていた美咲と一緒にいた男の子が駆け寄ってきてそう言った。
「あっ、そうだ、ケイちゃん達も一緒に付き合ってよ」
 ちょっとした忘れ物を思い出したかのように美咲は強引に和子の手をひっぱり、先に進んだ翔太達を追いかける。有無を言わさぬ行動に、しょうがなく清も後を付いていく。
「あ、いた、いた」
 翔太達は最初のフロアのアザラシがいるところで立ち止まって見ていた。その様子を離れて美咲達は見ている。
「あの子って、こないだ一緒にいた翔太君だよね。あなた達何しているの?」
 和子が美咲に尋ねると、
「翔太が私の兄貴だっていうのはこないだ言ったよね? で、隣にいる女の子が美紀っていうんだけど」
 そう言って美咲は隣にいた男の子の顔を見た。この男の子は名前が透といって、美咲達の同級生だそうだ。あの美紀という子も同級生だという。
「この透がさ、あの子のこと好きだって知っているのに、あの馬鹿兄貴が美紀とデートなんかするもんだから心配で二人で後をつけてたの。おかしなことしないかと思ってさ」
 美紀という子も美咲の友達だという。
「でも翔太さんがあの子のことを好きで、美紀さんも翔太さんのことが好きならしょうがないんじゃないの? 美咲さんもお兄さんの恋路を邪魔するのはよくないわ」
 和子がそう諭す。しかし美咲は少し顔を歪め
「あの二人が本当に好きあっているかどうか、微妙なんだよね。だからそれも含めて確かめようと思ってさ」
 そう言っている所に
「あれ、やっぱり美咲じゃないか。透までいる。なんだよ~、ってあれ?」
 翔太がこちらに気づいたようでスタスタと歩いてくる。美咲達と話をしていたため、清達は翔太達の様子を伺うことがおろそかになっていた。
 翔太は美咲達と一緒にいた清と和子の顔を見てかなり驚いている。ただ最初に美咲を見つけてこちらに歩いてきた翔太に、清は不自然さを感じていた。
「あの、このあいだ会った人だよね? あの時は助けてくれてありがとう。二人には迷惑をかけたみたいで、すみません」
 翔太は清と和子に向かって頭を下げた。おお、こういう挨拶もできるのか、と妙に感心してしまった。
「あれ~ 翔太じゃないの。偶然ね。そうなの。透とちょっとデートしていたらマナブくんとケイちゃんに偶然会ってさ。なに、二人もデートなの?」
 美咲はわざとらしいセリフで、翔太と後ろから渋々と近づいてきた美紀という子に声をかけていた。美咲は清と和子のことを良く判っていない美紀と透に軽く説明し紹介してくれた。清達はしょうがなく、マナブです、ケイです、と偽名を名乗って挨拶する。
「せっかくだから一緒に水族館を回らない?」
 美咲がそう提案した。透と美紀の顔が一瞬曇った。
「ああ、そうだな。マナブくんとケイちゃんには俺も世話になったし、せっかくだから一緒に見ない?」
 翔太もそういって美咲に同調する。しょうが無く頷いた清達だったが、なんとなく自分達がだしに使われたような気がした。翔太と美咲のやり取りはあまりにも不自然だ。最初から打ち合わせをしていたような、棒読みのセリフを聞かされているようだった。
「いいよね、美紀、透君もいい?」
 美咲は躊躇する二人を強引に同意させ、結局六人で水族館を見て回ることになった。
 しばらく二組の様子を見ていた清達だったが、和子も何か気付いたようだ。そして何気なく翔太に近づき、他の人に聞こえないように何か耳打ちした。えっ、と驚いた翔太だったが、これも他の人に聞こえないように何やら和子に耳打ちしている。それを聞いてふんふんと頷いていた。そして、また何気なく翔太から離れ、和子がこちらに戻ってくると今度は清の耳元で囁いた。
「あの子達、やっぱり最初から仕組んでいたみたいね。あの美紀ちゃんと透くんをひっつけようとしているみたい」
 和子はそう言って笑う。やっぱり。そんな事だろうと思った。翔太の説明によると実は翔太は透が美紀のことが好きだという事を知っていてわざと彼女を誘い、態度のはっきりしない透が美紀に告白させるように仕向けるために今回、美咲と企んでこの水族館に来たらしい。
 まあ、なんて友達思いというかおせっかいな孫達だろう、と和子は言う。その通りだ。清は冥土の土産の一つとしてせっかく翔太の可愛い彼女が見られたかと思ったが、なんてことはない茶番劇を見せられた感じである。まあ、二人の企みを邪魔しないように、清達は少し距離を置いて二組の様子を見ることにした。
 水族館も終盤に差し掛かり、翔太達がペンギンの散歩を見て騒いでいる時に、美咲がすっと清達の方に近づいてきた。ちょうど透が美紀と話をしている時だった。すると翔太もすっと美紀から離れ、清達に近寄ってくる。
「今のうちに出よう」
 翔太が低い声で美咲と清達に話しかける。美咲も頷く。清達もその気配を悟って翔太の後に続き、美紀と透を置いて四人はこっそり気付かれないように水族館の出口に向かった。最初からいいタイミングで透と美紀を二人きりにさせる予定だったようだ。この平成の時代にこんな作戦を実行する孫達を清は微笑ましいと思った。
 急いで水族館から離れ、ビルから出た翔太達は、一組の恋を成就させた気で上機嫌である。そして二人は清と和子にお礼を言って、今から家へ遊びに来ないかと清達を誘ってきた。
「家の隣ってさ、俺達の爺ちゃん婆ちゃんが住んでいて、でも明日まで旅行中で留守だから広々とした一軒家でゆっくり遊べるんだよ」
「そうそう、明日は学校が休みだから、朝まで喋ろうよ!」
 翔太の誘いに美咲まで乗ってきた。人の家をそんな風に使っているのか、と思わず叱りたくなったが、清はぐっと我慢した。和子が気を使い、
「お爺さんとお婆さんがいない時、いつも呼んでいるわけじゃないわよね?」
 と聞くと、翔太はシラッと答えた。
「たま~に使わしてもらってる。でも汚すと怒られるから掃除はしっかりしているけどね」
 和子が苦笑いしている。どうやら気づいていたようだ。時々清達が旅行している時にこの二人が家に友達を連れ込んで遊んでいるらしい。
 家の合い鍵は恵子達に渡している。という事は、和子と恵子達の間では周知の事実のようだ。清は全く気がつかなかった。まあそういう所に気がつくような神経を清は残念ながら持ち合わせていない。タバコなど吸っていたら匂いで判るかも知れないが、ちょっとお酒を飲んだくらいじゃ気付かないだろう。
 和子も恵子も知っていることなら、度を越した遊びはしていないだろうと判断した清はもう何も言わなかった。
 翔太達の誘いを断るのもどうかと思い、和子と目配せして孫達とゆっくり話すのもいいかと清は思い直す。昨夜の誠や恵子の様に孫達の意外な心の声が聞けるかも知れない。それに誠のことで翔太達がからかわれていたことも気になる。清達は翔太達の後を付いていくことにした。 
 家に行く途中の電車の中で、美咲がまた和子の服に注目する。
「この間もそうだったけど、この服も私、持ってるんだよね~。こないだちょっと人に貸したんだけど……」
「そうだ、これ、俺も持ってる」
 美咲の話に翔太も気になったようで清の服をジロジロと眺めた。
「そうなんだ、趣味合うね」
 と清達は笑って誤魔化すしかない。首を傾げながらも美咲も翔太も偶然だと思うしかなかったようだ。
 まさか美咲も和子に貸した服を今着ているのが自分達だとは想像もつかないはずである。とは言うものの、早く他の話題に切り替わらないかなあ、と清は心の中でハラハラしていると、突然
「やり~! コクシ!」
 と大声を上げる女の子の声が電車内に響き渡った。清が思わず声がする方を見ると、携帯を持った女子高生であろう女の子を取り囲むように、同じ学校の制服を着た数人の女の子が騒いでいた。
「すげ~じゃん! しかもオヤだし!」
「相手の奴、一気にハコになってやがんの!」
「ミヨ、今月ヤクマン二回目じゃない?」
 と盛り上がっている。何だありゃ、電車の中で大声出してみっともない、と清が思わず睨んでいると、横にいた和子が気づき、まあまあ、と清を宥めた。
「ああ、マージャンやってんだな、あれ」
 翔太も騒いでいる女子高生を横目で見ながらそう言った。
「マージャン、ってあの麻雀?」
 清が手で麻雀牌を卓の上でかき回して積み上げるジェスチャーを翔太に見せると、
「何、マナブって麻雀やるの? いや、俺は実際の麻雀はやったことないから良く判んないけど、携帯とかのゲームではやったことがあるから、ルールはちょっとわかるんだよね」
 そう説明されて、何となく意味を理解した清は、もう一度騒いでいた女子高生の方を再び見ると、もうその集団は各々の持っている携帯を開き、口もきかず静かに一生懸命手を動かしている。
 要は先ほどの大きな声を出した女の子は携帯の麻雀ゲームをやっていて、そこで自分が”親”の時に、国士無双という役満の手を揃えることができたようだ。
 清も賭けごとの様なものは花札やサイコロ、麻雀に競馬など多少なりともやったことはあるため、言っている意味は理解できる。今はそういうものも相手がいなくても一人でゲームによって遊ぶことができると言う事を知識としては知っていた。それでも今、電車の中で友達が目の前にいるのに、それぞれが携帯を使ってそれぞれでゲームをやっていて、時々ああやって声をかけ合う仲間って何なんだろう、と清は唖然とするばかりだ。
 そう考えると我が孫達は、マシな部類に入るのか、と清は複雑な気持ちを持ちながら電車に揺られていた。
 
 家に着き、最初は美咲の部屋に招かれ、途中で抜けた翔太を除いて清達は三人でしばらく談笑し、(といってもほとんど和子が美咲と話をして清はただ頷いて時々笑っているだけだったが)夕食の時間になって誠に呼ばれ、一階のダイニングに降りて行くと、そこには四人分の料理が用意されていた。まだ恵子は仕事から帰っていないようで、それは誠が作った夕食のようだった。
 驚いたことに翔太も夕食作りを手伝っていたという。誠は軽く清達に会釈して、ごゆっくり、と一言残した後、奥の部屋に引っ込んだ。誠は酔っ払った昨日のような様子は全く感じられず、体調は良くなっていたようだった。もちろん彼は清達が昨日、一緒にお酒を飲んだ人と同一人物だとは思っていない。
「お父さんの分は?」
 和子が小声で美咲に聞くと、首を傾げ
「たぶん、別に用意してあると思うよ。お母さんはまだ仕事みたいだし、帰ってきたらその時にでも一緒に食べるんじゃないかな」
 美咲がいつものことの様に答える。なるほど、そうなのか。誠なりに気を使っているのかもしれない。
 それにしても誠と翔太が作った夕食を食べるのは清にとって初めての経験だった。恵子たち家族と清達が食事をする時は、恵子と和子が一緒に料理している。
 テーブルには、キャベツの千切りの上にトマトと豚の冷しゃぶのお皿と、刻んだ茗荷と大葉の乗せたカツオのたたきが一皿、大根とそぼろの煮物が一皿、エノキと油揚げの味噌汁、ご飯はタケノコご飯が茶碗によそわれている。主菜が二皿ある一汁三菜だが、旬のものを使い、暑くなってきたこの五月の時期にはバランスが良く出来た食事だ。
 清は箸を取り、おそるおそる味噌汁を飲んだ。美味しい。次にタケノコご飯を食べた。味も染みていてなかなかのものだ。大根のそぼろ煮も口にしたが、やや薄味だが旨い。清の好みの味付けかもしれない。カツオのたたきはおそらくスーパーで買ったものを切って茗荷と大葉を刻んで乗せただけだろうが、ポン酢につけたカツオがさっぱりして食欲を増進させる。豚の冷しゃぶもゴマだれにつけてキャベツとトマトの野菜つきであっさりと食べることができた。高校生の育ちざかりの子供に出すにはあっさりしすぎているかとも思ったが、健康的な夕食で清は妙に感動してしまった。
「こういう献立は、誰が考えて作っているの? お父さん?」
 和子が翔太に聞いた。将太はご飯を口いっぱい頬張りながら首を縦に振っていた。
「時々、翔太もこれ作ろうよ、とか言ってお父さんと献立の話し合いをしてる時もあるよね。私は皿洗いしかしないけど」
 美咲が冷しゃぶをつつきながら教えてくれた。美咲は料理の手伝いはしないようだが、洗い物などはやっているのか。感心、感心。
「料理ってやってみるとなかなか面白いんだよね。まだそんな本格的なもんは作ってないけど」
 と、翔太もまんざらじゃあなさそうだ。
 清達はお腹いっぱい食事をいただいた後は、しばらく四人はリビングでテレビを見ていると、恵子が帰ってきた。翔太が清達を紹介し、今日は隣のお爺ちゃん達の家で泊まっていく、というと、恵子もゆっくりしていってね、と笑顔で言っていた。やはり恵子も和子や翔太達と共犯のようだ。清達の留守中は隣の家で遊ぶことはいつものことらしい。まあしょうがない、と清はあきれながらも苦笑するしかなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

おねしょ合宿の秘密

カルラ アンジェリ
大衆娯楽
おねしょが治らない10人の中高生の少女10人の治療合宿を通じての友情を描く

声劇・シチュボ台本たち

ぐーすか
大衆娯楽
フリー台本たちです。 声劇、ボイスドラマ、シチュエーションボイス、朗読などにご使用ください。 使用許可不要です。(配信、商用、収益化などの際は 作者表記:ぐーすか を添えてください。できれば一報いただけると助かります) 自作発言・過度な改変は許可していません。

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...